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伝説的写真家:ユージーン・スミスが過ごした音楽空間の貴重な記録を一挙公開『ジャズ・ロフト』

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2021年11月2日

伝説的写真家:ユージーン・スミスが過ごした音楽空間の貴重な記録を一挙公開『ジャズ・ロフト』


伝説的写真家:ユージーン・スミスが過ごした音楽空間の貴重な記録を一挙公開『ジャズ・ロフト』

 

1015日(金)より、渋谷のBunkamuraル・シネマ他にて、『ジャズ・ロフト』が公開されています。この作品は、1950年代半ば、ニューヨークのマンハッタンのロフトでジャズ・ミュージシャンたちが行っていたセッションを、写真家のユージーン・スミスが密かに記録した録音テープと写真を元に構成されたドキュメンタリー映画です。

 

 

©1999,2015 The Heirs of W. Eugene Smith.

 

 

伝説的写真家ユージーン・スミスの人物像
実はさまざまなトラブルを抱える不器用な人

 

さて、ユージーン・スミスという名を耳にした時、どんな人物が思い浮かぶでしょうか。もしも名前と作品が結びつかなくても、光の中を二人の子供が歩いていく希望に満ちた写真や、サイパン島の戦場で瀕死の赤ん坊を抱える兵士の姿を捉えた写真など、スミスの名作を見たことがある人は多いと思います。
また、ジョニー・デップが製作・主演を務め、ユージーン・スミスとアイリーン・美緒子・スミスの写真集「MINAMATA」が題材となっている伝記ドラマ映画『MINAMATA ミナマタ』が20219月に日本にて公開され、話題になりました。

 生涯において一貫してヒューマニズムを追求し、倫理観と道徳観に裏打ちされた作品を発表し続けたスミスは、生前に写真家として頂点に立ったばかりではなく、現在の写真史の教科書にも必ず登場する名フォトグラファーです。

しかし『ジャズ・ロフト』に登場するスミスは、締め切りを守らず、『ライフ』誌編集部と揉め、大きなプロジェクトを完遂できず、家族を愛していたにも関わらず離婚するなど、かなり不器用な人だったことが分かります。

 

ジャズ・ロフトの部屋で6番街を見下ろすユージーン・スミスのセルフ・ポートレート。窓を額縁舞台としていた。

©1999,2015 The Heirs of W. Eugene Smith.

 

 

気鋭のアーティストたちが集結した建物、ジャズ・ロフト
都会的で混沌とした芸術空間

 

離婚後のスミスは、1957年、39歳の時にマンハッタンの花屋の問屋街にある5階建てのロフトに移り住みます。その建物が映画のタイトルであるジャズ・ロフトで、もともと画家のデヴィッド・ヤングに見出された物件でした。ヤングがロフトに古いピアノを運び込んで演奏場所にすると、建物全体にクリエイティブな空気が流れるようになります。

やがてジャズ・ロフトは、画家のサルバドール・ダリやウォーホルの愛人だったウルトラ・ヴァイオレットなどが演奏を聴くために訪れ、若かりし頃のラリー・クラークやなどの写真家がスミスのもとを来訪するなど、芸術家の溜まり場になりました。都会的で混沌としたロフトに、気鋭のアーティストたちが集結している様子を見ていると、この時代のニューヨークの熱気と勢いが伝わってくるようです。

 

身振り手振りを交えて語るサルバドール・ダリ。手前にはウルトラ・ヴァイオレットの姿も。

©1999,2015 The Heirs of W. Eugene Smith.

 

 

やがてこのロフトはミュージシャンたちの巣窟となり、ジャズ・ピアニストでビバップ(ジャズの一形態で、モダン・ジャズの起源)のパイオニアとされるセロニアス・モンクや、作曲家・ピアニストとして有名になる前のカーラ・ブレイ、ズート・シムズ、ロニー・フリーといった名だたるミュージシャンたちが集結、毎日のようにジャムセッションが行われるようになります。

そんな中、スミスは1958年から1965年まで、この刺激的な環境を写真や音声テープにおさめます。もともと25000枚ものレコードを持つ音楽マニアだったスミスは、壁や天井にドリルで穴をあけ、配信を施してマイクを仕掛けて音を収集しました。テープには、音楽だけではなく、会話や自分の独り言、猫の鳴き声までも記録されています。写真も撮影しており、このロフトを舞台に4万カット近い写真が撮影されました。

 

サクソフォーンを演奏するズート・シムズ。シムズはスミスのお気に入りのミュージシャンだった。

©1999,2015 The Heirs of W. Eugene Smith.

 

 

スミスは、ロフトの住人で作曲家のホール・オーヴァトンと親しくなります。ある時オーヴァトンは、セロニアス・モンクの音楽を演奏するビッグ・バンドの編曲を依頼されました。既に絶頂期を迎えていたモンクとオーヴァトンは、10人編成のバンドのリハーサルをロフトで実施します。そしてこのリハーサルは名盤「セロニアス・モンク・オーケストラ・アット・タウン・ホール」として結実するのです。

 

セロニアス・モンクとホール・オーヴァトン。

©1999,2015 The Heirs of W. Eugene Smith.

 

 

 

195060年代のニューヨークの活気を感じる映画『ジャズ・ロフト』ユージーン・スミスとミュージシャンのクリエイティビティを伝える貴重な映像

 

本作『ジャズ・ロフト』は、当時のニューヨークのジャズシーンの記録として、またスミスのキャリアの中ではあまり取り上げられてこなかった部分を紹介しているという意味でも価値がありますが、195060年代のニューヨークの活気や、ジャズ・ロフトという当時の大らかなクリエイティビティを体現する場所の魅力を伝えるという点でも貴重であると思います。

そして、ユージーン・スミスという写真界のレジェンドが、実は孤独で神経質な性格でありつつ、ユーモラスで魅力的な人物だったと実感できるのもこの映画の見どころです。映画に登場する人々が語るエピソードから、スミスが深く愛されていたことが分かります。そして、スミスが人生に苦悩しながらも他種多様な人々と親しく交わっていたことや、彼の写真の根底には人間への深い共感があることが伝わってくるのです。

 

 

©1999,2015 The Heirs of W. Eugene Smith.

 

 

ユージーン・スミスという名フォトグラファーの作品と、彼がロフトで過ごした濃密な時間と空間をたっぷり味わえる『ジャズ・ロフト』、この機会に是非お見逃しなく。なお、このロフトはニューヨークに現存する(202110月時点)とのことですので、近くに行く機会があれば、外観だけでも見てみたいですね。

 

文=中野昭子

 

 

【作品概要】

『ジャズ・ロフト』(原題:The Jazz Loft According to W. Eugene Smith)

出演/サム・スティーブンソン、カーラ・ブレイ、スティーヴ・ライヒ、ビル・クロウ、
デイヴィッド・アムラム、ジェイソン・ モラン、ビル・ピアース、
(以下、写真/声のみ)セロニアス・モンク、ズート・シムズ、
 ホール・オーヴァトン
プロデューサー/カルヴィン・スキャッグス、サム・スティーブンソン
編集/ジョナサン・J・ジョンソン
撮影/トム・ハーウィッツ
録音/ピーター・ミラー
脚本・プロデューサー・監督/サラ・フィシュコ
2015年/87分/イギリス/英語/B&W、カラー/ヴィスタサイズ/5.1ch
日本公開/20211015()より、Bunkamuraル・シネマ他にて全国順次公開
配給/マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム
公式サイト https://jazzloft-movie.jp/
©1999,2015 The Heirs of W. Eugene Smith.

 

 



Writer

中野 昭子

中野 昭子 - Akiko Nakano -

美術・ITライター兼エンジニア。

アートの中でも特に現代アート、写真、建築が好き。

休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。

面白そうなものをどんどん発信していく予定。