食からアートの感性を切り開く。「春のとなり、の宴」アフターレポート
神奈川県・箱根の人気温泉旅館「強羅花扇」で2018年3月11日、日本酒×酒器×料理を選定し語りあう『春のとなり、の宴』が開催されました。
話し手に、各地の蔵元巡りをライフワークとするライターの藤田恵子さん、聞き手・音響演出に、プロデューサーであり音楽評論家の立川直樹さんを迎え、約20名の宿泊客が一夜限りの宴に参加。
春の料理と新酒のマリアージュを楽しむため、春らしい酒器の選定、テーブルコーディネート、音楽やアートによる空間演出が一体となり、参加者をアーティスティックな気分へ導きました。
本イベントを通して、食(日本酒)がどのように感性を切り開いていったのかをレポートします。
「おいしい」という感動は乾杯前から紡がれる
箱根の森の中、隠れ家のようにたたずむ「円かの杜」。館内は木の温もりに包まれ、客室も自然と一体化するような開放感のある設計が魅力です。客室露天風呂と大浴場の異なる2種の泉質の温泉を楽しむため、浴衣に着替え、さっそく露天風呂へ。
夕日に赤く色づいた山際を眺めながら、ほっと一息。芯から温まり、肩に入っていた力が抜けていくのを感じます。
日々の緊張から解き放たれ、五感が軽やかに働く状態で食事会場へ。春の夜にぴったりのロマンティックな音楽に心躍らせながら、テーブルにつくと、目に飛び込むのが、色とりどりの器に盛り付けられた先付。参加者の中から「わぁ!おいしそう」という声が聞こえてきます。
会場前方の大胆に活けられた杏の木と、描かれた植物の色が透き通る屏風は、造園家でありアートディレクターの増田量一さんによるもの。露天風呂から眺めた箱根の森の景色を彷彿とさせます。
藤田さんと立川さんによる軽妙な日本酒トークから始まり、春の生命力を感じられる食前酒として出て来たのが、山口県の『雁木 スパークリング 純米 発泡にごり生原酒』。
「後味にほろ苦さがくるのが春のお酒の特徴なんです。それが春の食材のほろ苦さと合わせました」と藤田さん。乾杯とともに口に運ぶと、華やかな香りがふわりと香り「あ、おいしい」という言葉が自然とこぼれ落ちます。山梨県の『七賢 スパークリング 山ノ霞』というまた趣の違ったスパークリングも加わり、その美味しさに、テーブルでも会話も弾みます。
日本酒の奥深さを五感で知る
食のプロフェッショナルのトークも逃せない今回のイベント。マリアージュのための料理の選定に、美食家のセンスを寄与した立川さんと、日本酒への造詣が深い藤田さんの語り。コンテクストの理解が必要なアートがあるように、日本酒もどのように作られてきたお酒なのか、その歴史を抑えることで、より深く楽しむことができるのです。
「今年の冬は寒かったですね」という立川さんの言葉に応えて「寒い冬に作られたお酒は、微生物が生命力を発揮していい仕事をしてくれます。じわりじわりと発酵した今年の新酒の味を楽しんでください」と藤田さん。今回「お酒に永遠はない」という名言も出た通り、原料、気候、作る人、保存や運搬の環境などによって日本酒の状態も変わるそう。必ずしも同じ味ではない日本酒との出会いは、まさに一期一会。出会いの新鮮な感覚を記憶に留めておけば、再会の感動もひとしおでしょう。
特にマリアージュの感動が得られたのは、鮪漬けのお造りと『田酒 特別純米』の組み合わせ。白身のお造りが“きれいな味”が特徴の『純米しぼりたて生酒 直汲み 角右衛門』との組み合わせだったのに対して、お燗でいただく田酒の“仕上がった大人の味”が、味の濃い赤身にはまります。自分にピッタリとはまる作品との出会いが、えも言われぬ恍惚を生んでくれるのと同じように、マリアージュの悦びが深い感動を呼びます。
今回の宴で登場した11種類の日本酒は、酒器もお酒に合うように選定されています。香りの広がり方や、唇への当たり方を考慮した形状、春らしい材質、そして美しい見た目。最適な状態で口に運ばれるように選定された酒器の美しさにも心が奪われます。
宴の場を作る空間演出
お酒の物語とための演出は、食と日本酒のペアリングという微細なところから、テーブルに繋がります。そのテーブルにつく人と人を結び、空間の中で愉悦がこだまするようなひととき。ただ食事とお酒を楽しむだけではなく、アートと音楽による演出も見逃せません。
会場の景色を作る増田さんのオブジェに、立川さんによる選曲。開始前はLOS TRES DIAMANTESの曲で春の夜の夢心地な雰囲気を、食事中はHarold Buddの無限に続いていくようなミニマルな音楽で会場のテンションを作り、最後はBillie Holidayの囁くような歌声で、ロマンティックさとデカダンスな雰囲気で送り出してくれました。
女性の参加者からは「ワインは今まで何度も経験してきたけれど、日本酒で最初から最後までマリアージュして出てくるというのは新鮮ですね。これだけの種類を飲んだのは初めてです。春の食材とマッチさせながら、女性的な華やかさで始まって、間はじっくりと食事とお酒に集中させてくれて。そして最後も花火のように華やかに終わって。春を感じましたね」との声が。
空間作りが、集った人々との特別な時間と場の共有に大きな役割を果たしていました。
完成度の高いマリアージュ。今後のイベントに期待
今回のイベントに関し「専門家がしっかりと組み合わせを考えたものを口にすると、これが合うんだという実感を得られてよかったですね」という感想も。食の経験は蓄積され、コンテクストの共有がさらなる愉悦へと導いてくれる。五感全ての感覚が混ざり合い、1つの芸術的な体験へと昇華させてくれます。そこには、食のクリエイティビティの可能性がありました。
ポーラ美術館や彫刻の森美術館がある箱根。円かの杜は、今後もこのようなイベントを開催する予定です。アートの感覚を広げ、味覚を拡張する旅。今後の企画からも目が離せません。
テキスト 宇治田エリ
写真 宇治田エリ、新井まる
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