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静寂<サイレント>に寄り添うピアノの魅力。 サイレント映画ピアニスト・柳下美恵さんに聞く

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2014年7月7日

静寂<サイレント>に寄り添うピアノの魅力。  サイレント映画ピアニスト・柳下美恵さんに聞く


Interviewこの人に会いたい!

静寂<サイレント>に寄り添うピアノの魅力。

サイレント映画ピアニスト・柳下美恵さんに聞く

 

 

 

 

映像のデジタル化が進展し、フィルム制作される映画があまり見られなくなりつつあるが、16mmフィルムでの映像にこだわる映画人も少なからずいて、同様にフィルムを大事にするシアターも存在する。

そうしたフィルム上映本来の魅力を余さず堪能できるのが無声映画だ。その無声映画に欠かせない存在であり、映画の誕生と共に発展してきた<生演奏の世界>には見直されるべき良さがある。

先日、日本で最初の欧米式のサイレント映画専門のピアニストである柳下美恵さんが主催した「ピアノdeシネマ」(企画:渋谷UPLINK)に出演し、同じ映画作品を柳下さんとピアノで弾き比べるという幾会をいただいた。柳下さんに生演奏付き無声映画の魅力についてうかがった。

 

 

 

——無声映画の生演奏付き上映というものを、もう随分前にはなりますが柳下さんのフライヤーを拝見したのがきっかけで初めて知りました。この世界はめずらしいものなのでしょうか?

 

柳下:欧米ではめずらしくないですね。映画と生演奏、今の感覚からするととても新しい試みに感じられるのですが、映画はもともと音声がないものでした。1895年に映画が生まれ、それから約40年間は無声映画の時代が続き、その時期の音楽はピアノソロから中編成、そしてオーケストラまで、いろいろな形で生演奏が展開されていました。日本でも音楽と共に活動弁士が映画の解説をしていました。

 

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 写真:南部智則

 

 

——当時はどのようなかたちで映画に音をつけていたのでしょうか?

 

柳下:昔はDVDのような機器はありませんから、フィルムで試写をして、音を付けていたようです。かつてはロシアの作曲家ショスタコーヴィチも無声映画の演奏をしていました。演奏家によって毎回違う音楽が演奏されたり、時には映像にあまり合っていなくても既存の作品を組み合わせていたりしました。あとは即興演奏が多かったのではないでしょうか。

 

 

——映画館ではどんな無声映画が上映されていたのでしょうか?

 

柳下:無声映画の初期は、欧米では「キリスト教」を題材にしたもの、日本では「忠臣蔵」のような、つまり誰でも知っているようなストーリーの映画が上映されていました。お客さんもストーリーをすでに知っていながら、あえて映画館に足を運ぶ、というものだったようです。

 

 

 

 

——影響を受けた無声映画の演奏家はいますか?

 

柳下:イタリアで開催されている「ポルデノーネ無声映画祭」の招待演奏家の常連なのですが、イギリスのピアニストでニール・ブランド(Neil Brand)という方がいて、そのピアニストからは映像に対する抑揚の付け方について影響を受け、学びましたね。

写真2

 写真:南部智則

 

写真3 

 写真:南部智則 

 

——以前に、柳下さんはあくまでも映画が主役でピアノ演奏は伴奏、とおっしゃっていた記事を拝見したことがありますが、いつもどのようなコンセプトで演奏されているのでしょうか?

 

柳下:その通りです。私にとっては映画が主役で、映画が楽譜だと思っています。いつも映画の文法通りに音の速さ・リズム・音の選びを考えて演奏しています。そこが音楽家として活動している演奏家とはっきり違う点です。また、お客さんは気づかれていないと思いますが、会場の雰囲気も一つの音楽の要素と考えていて、一つの空間が共鳴しあうことを理想と考えています。

 

 

 

 

——ジョン・ケージが「4分33秒」を発表した時に強く訴えていた「周囲のどんな音でさえも音楽なんだ」ということを思い出します。柳下さんのお考えは現代音楽に通じる部分があるのですね。たとえば、ケージが発案したプリペアド・ピアノ(ピアノの弦にゴムや木、鉄くぎなどを挟み、通常鳴らない音をピアノで鳴らす演奏法)が生まれたきっかけが、スタジオが小さくてオーケストラが収容できず、苦肉の策として生まれたようですし。

 

柳下:その背景って面白いですね。プリペアド・ピアノが生まれるまでにはすでに無声映画があるし、映画の生演奏付き上映というものは盛んに行われていた背景があります。ケージもその社会的な影響を少なくとも受けていたのではないかと思います。実際にどこまでの影響を受けたかはもちろんわかりませんが……。

 

写真4

 

 

 

——音が全くない状態で映画をみていると、音なんていらないのではないかと思えるくらい映像の動きがリズムや音楽を奏でていると思える時があります。柳下さんは映画に音は必要だと思いますか?

 

柳下:映画監督の黒沢清さんは「映像と比較して音楽はとても強い」と語っていて、映画に音楽を入れることに慎重になっています。逆に現在のハリウッド映画は、映画が音で埋まっているものがほとんどです。そんな映画が流行る一方で、音が香辛料として考えられた映画も少なくありません。私の場合は後者の考えで、映画に対して過分にならない量と音で演奏しています。

 

写真5

 写真:南部智則 

 

 

——日本ではどんなところで無声映画と生演奏を同時に楽しめますか?

 

柳下:神保町シアター、シネマヴェーラ渋谷、京橋にあるフィルムセンターなどでしょうか。それらの会場でも、特別な期間を設けてその間だけ開催されるという感じで、無声映画に生演奏という上映スタイルが日常ではありません。ちなみに、ベルギーのフィルムアーカイブには無声映画専門館があります。日本にも、イベントではなく無声映画がごく普通に上映される、専門館が出来ればいいなと思っています。

 

 

 

 

 

「ピアノdeシネマ」に出演させていただき、リアリティを持って実感したことがある。柳下さんの演奏はとても安定していて、映画に対して自然に寄り添っている。映画に対する思いを演奏から感じた。ぜひ、多くの方に無声映画と生演奏を体験し、その魅力を知っていただきいと思うし、日常的に上映される映画館が少しでも増えることを願っている。

写真6

 

 

 

 

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柳下美恵:7月公演スケジュール

シネマヴェーラ渋谷

7月12日(金)11時開演(上映)

特集「映画史上の名作11」より、『陽気な巴里っ子』(エルンスト・ルビッチ監督による艶笑喜劇 67分/仏/1926/DVD)

入場料:1,000円

 

渋谷UPLINK FACTORY

7月18日(金)20時開演(上映)

柳下美恵のピアノdeシネマ 最終回『熱砂の舞』The Son of the Sheik(ジョージ・フィッツモーリス監督 74分/米/1926/8mm)

ゲスト aco(ベリーダンサー)

入場料:2,300円(1ドリンク付き)

 

 

 

 

柳下美恵(やなした みえ) サイレント映画ピアニスト

武蔵野音楽大学器楽学科卒業。1995年、朝日新聞社主催の映画生誕100年記念上映会「光の誕生リュミエール!」でデビュー。東京国立近代美術館フィルムセンターをはじめ各地の映画祭、美術館、映画祭で公演多数。海外はポルデノーネ無声映画祭やボローニャ復元映画祭(伊)、ボン無声映画祭(独)、韓国映像資料院、タイ映画博物等で公演。ジャンルを問わず600本以上の作品に伴奏。ユリイカレーベル(英)からBlu-ray『裁かるるジャンヌ』、(株)紀伊國屋書店からDVD『裁かるるジャンヌ』『魔女』、(株)ブロードウェイからDVD『日曜日の人々』で音楽を担当。2006年日本映画ペンクラブ奨励賞受賞。新作映画の音楽も手掛け『映画館にピアノを!』『ロスト・フィルム・プロジェクト』など多角的にサイレント映画の普及に努めている。“ピアノdeシネマ”“聖なる夜の上映会”“モボ・モガ計画”の企画立案。“巨匠たちのサイレント映画”の企画協力。映画に集中できる伴奏が信条。

 

 

 

聞き手:寒川晶子/記事監修:チバヒデトシ



Writer

寒川 晶子

寒川 晶子 - Akiko Samukawa -

ピアニスト

フェリス女学院大学音楽学部器楽学科を卒業。
神奈川県民ホール主催「アート・コンプレックス (塩田千春〜沈黙から〜展) 」でデビュー。
エルメス特別エキシビジョン「レザー・フォーエバー」(東京国立博物館表慶館) レセプションやファッションショー、美術館、プラネタリウム、寺院、イルフ童画館などでコラボレーションや記念演奏会に多数出演。
ピアノを中心とした作曲や即興演奏も行う。

オフィシャルホームページ http://akiko-samukawa.com