鈴木康広さんインタビュー 鈴木さんは、何で構成されているの?
Vol.3 ~過去から現在、そして未来に繋がる魅力~
三回にわたってお届けする、アーティスト・鈴木康広さんのインタビュー。最終回となる今回は、東京大学先端科学技術研究センターにある鈴木さんの展示スペースと、アトリエ兼研究室をご案内いただきます。鈴木さんが使っている部屋は、歴史ある建物の一角で、壁や柱、調度品に至るまで趣があり、室内にはゆったりとした時間が流れていました。
◇「いつもと違う視点」をくれる作品たち
まずは今までの作品や最新作の一部が展示されているスペースへ。鈴木さんの生い立ちや感じてきたこと、アーティストとしての活動の源泉となる大学時代の経験や思いつきが、すべての作品に現れているさまを見て取ることができます。
girlsArtalk(以下、gA):鈴木さんが地球の上で鉄棒をしていますね。
鈴木康広(以下、鈴木):そう、これ、僕です。昔よくあった、鉄棒でくるくる回る人のおもちゃを元に改造しています。でも、最近見なくなってしまいましたね。
gA:ずっと動き続けるのでしょうか?
鈴木:電磁石が入っているので電池が切れるまで回り続けます。太陽光発電を使えば昼間は回り続けられます。
gA:バランスが難しそうです。
鈴木:あと、この作品は、顔を描いていなくて、前後がないのも特徴ですね。元は帽子をかぶった人だったのですが、帽子をけずったら体操しなくなってしまいました。頭の中に少し重りを入れて調整できました。地球の部分も極力軽くしてギリギリの重さで成立しました。絶妙なバランスでできていることがわかりました。
鈴木:これは《軽さを測る天秤》で、昨年度、箱根にある彫刻の森美術館で開催された「鈴木康広 始まりの庭」で展示した新作です。
gA:さかさまになった天秤のお皿に、どんどん泡がたまっていきます。
鈴木:空気が一定量になると、お皿がひっくり返ります。お客さんがいろんな反応をしてくれる作品で、旅行中の時間に、お皿から泡が飛び出す瞬間のために20分くらいずっと見ていてくれる人もいました。
gA:貴重な時間を使っても、目が離せないのですね。
鈴木:ずっと見ていたのに、空気が溢れる瞬間だけ、目を離してしまう人もいて。
gA:それは、悔しいでしょうね。
鈴木:すごく残念そうでしたが、場内に笑いがうまれてました。時間を圧縮せずにずっと見つめていた時間を共有していたからです。
gA:お皿が均等になる瞬間がありました。自然現象に任せているからか、いろんな状態を見ることができます。
鈴木:釣り合ったり、逆転したり、お皿のひっくり返り方もいつも微妙に違います。
gA:虫眼鏡の真ん中に穴があいていますね。ルーペの中にルーペがあるみたいです。
鈴木:中心から見ると、ものが大きく見えます。周囲が凹レンズで景色を小さく見せているのですが、真ん中にはレンズが入っていないので、そこから見ると大きく見えるんです。
gA:覗いている人の目も大きく見えますね。それが実際の大きさだと思うと不思議です。
鈴木:二つの視点を同居させることで、フィルターのかかっていない等身大のものがよく見えてきます。視覚そのものにはスケール感はないんです。よく見るってどういうことなのかを考えるきっかけになりました。
gA:地球儀ですか?ファスナーがついています。
鈴木:これは《地球展開儀》といって、ファスナーで地球を開くことができるんです。
gA:新しい世界が開けそうで、わくわくしますね。
◇鈴木さんの素がつまった空間~アトリエ兼研究室~
次はアトリエ兼研究室に伺いました。今までの作品のかけらや、それらをつくりだす道具、鈴木さんの頭の中にあるもの、アイデアを呼び起こす物が溢れ出しそうな空間は、理科の実験室と美術室を混ぜたような雰囲気でどこか懐かしく、これから何かが生まれそうなクリエイティブな空気に満ちています。
gA:この部屋の見取り図、とってもかわいらしいですね。
鈴木:このスケッチは、美術館での展示の際に公開したものです。
作品集 鈴木康広『近所の地球』(青幻舎)より
gA:すごい数のノートがあります。
鈴木:今までのアイデアのノートです。普段はここで仕事をしていますね。
gA:すごく恵まれた仕事環境ですね。
鈴木:本当に。ここは緑が豊かで、植物と建物のバランスが良くて好きです。ずっとここに居られたら最高ですけどね(笑)。
gA:最後に、girlsArtalk読者にメッセージをお願いします。
鈴木:最近、気づいたうれしいことは、僕の作品を見て思い出した何げないことを楽しそうに話してくれることです。ふだんは思い出すこともなく自分の中に眠っている記憶が呼び起される瞬間がとても興味深く、一人一人にとって大切なことなのではないかと思いました。アートに触れることで思い出したことを人に話してみてください。
終わりに
鈴木さんの作品は、シンプルで洗練された美しさを持ちながら、環境に寄り添うやさしさがあり、見る側に強制しない形で気づきを促します。どの作品も、個々に主張し過ぎることはないのですが、すべて鈴木さんの手によるものだと分かる一貫性と芯の強さがありました。
今回のお話で、鈴木さんの作品には、幼少時代から大学時代に至るまでの時間の中に種があり、すべて相互に関連しあっているのだと実感しました。そして、作品は時間とともに変化し、また鑑賞者によって変化する余地を残しているので、見る側は意味を規定しきらずに静かに見守ることができるのだとも思いました。
鈴木さんはまた、「現実とその奥にある世界の、中間のような場所に惹かれる」ともおっしゃっていました。鈴木さんご自身が、アーティストでありながら、現実とアートの間の見えない存在であり、媒介者でもあるのだと思います。ガールズアートークも、読者の皆さんと関わりながら、アートという無限に豊かな世界を紹介できる媒介者でありたいという思いがますます強まりました。
テキスト:中野昭子
取材:新井まる、中野昭子
撮影:武本淳美
【プロフィール】
鈴木康広
1979年、静岡県浜松市に生まれる。2001年に東京造形大学デザイン学科卒。
2014年に水戸芸術館にて個展を開催、金沢21世紀美術館で「鈴木康広『見立て』の実験室」を開催。 2016年「第1回ロンドン・デザイン・ビエンナーレ2016」に日本代表として公式参加する。作品集に『まばたきとはばたき』『近所の地球』(ともに青幻舎)、絵本『ぼくのにゃんた』『りんごとけんだま』(ブロンズ新社)がある。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科准教授、東京大学先端科学技術研究センター中邑研究室客員研究員。
国内外の展覧会や国際展をはじめ、パブリックスペースのコミッションワークや大学の研究機関・企業とのコラボレーションにも取り組んでいる。代表作に《まばたきの葉》《ファスナーの船》《空気の人》など。
【鈴木康広さんのインタビュー記事はこちら】
鈴木康広さんインタビュー 鈴木さんは、何で構成されているの? Vol.1 ~アーティストに「なる」過程~
鈴木康広さんインタビュー 鈴木さんは、何で構成されているの?Vol.2 ~種の力を可視化する~