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フランク・ロイド・ライトの有機的建築思想を肌で感じる

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2024年2月23日

フランク・ロイド・ライトの有機的建築思想を肌で感じる


フランク・ロイド・ライトの有機的建築思想を肌で感じる

 

20世紀を代表する建築の巨匠、フランク・ロイド・ライト(1867-1959)の回顧展「開館20周年記念展 帝国ホテル二代目本館100周年 フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築」が、東京・汐留のパナソニック汐留美術館で開催されている。ライトは、アメリカ近代建築の革新者として「カウフマン邸(落水荘)」や「グッゲンハイム美術館」を設計し、日本では「帝国ホテル二代目本館」や「自由学園」の設計を手掛けている。また、熱心な浮世絵のコレクターとしても知られ、日本文化との深い結びつきを持っていた。

 

ライトの建築は、単に美しい構造を生み出すだけでなく、その時代の文化、自然環境、そして人々の生活に深く根ざしたものであった。彼は建築を単なる機能的な空間以上のもの、人間の精神と生活を豊かにするものとしての可能性を探求したと言えるだろう。

ライト作品の特徴としてはその他に、浮世絵に触発された独特のドローイングスタイルが挙げられる。ライトは、伝統的なボザール様式の建築図面とは一線を画した新たな表現方法を生み出し、構想段階におけるそれらのドローイングは、時に実際に完成した建築以上にライトの思想を直接的に表現している。

 

 

2012年、そんなライトの広範な業績を網羅する5万点以上の資料が、フランク・ロイド・ライト財団からニューヨーク近代美術館とコロンビア大学エイヴリー建築美術図書館に移管され、これらを基にライトの多岐にわたる視野と知性を明らかにする研究が進められている。

本展は、その研究成果を踏まえ、芸術、デザイン、著述、造園、教育、技術革新、都市計画に至るまで、ライトが取り組んださまざまな分野の貴重な図面や日本初公開のドローイングなど約360点を展示し、ライトと日本との関わり、彼の生涯の仕事や芸術的才能を総合的に紹介している。フランク・ロイド・ライトの建築が、なぜ時代を超えて普遍的な魅力があるのか、ライトという人物が持つ多面性について、本展を通じて体感できる内容となっている。

 

 

ここからは、本展の7つの章のうち、1,4,5章について補足したい。

 

第1章「モダン誕生 シカゴ─東京、浮世絵的世界観」展示風景より

 

第1章「モダン誕生 シカゴ─東京、浮世絵的世界観」では、19世紀末から20世紀初頭にかけての東京とシカゴの変貌する都市風景とライトの初期の仕事、彼の浮世絵への深い関心を紹介している。

江戸から近代都市への転換期にあった東京と、大火後の復興時期にあったシカゴは、共に新たな都市計画が進行中であった。ライトはこの時期に建築家としてのキャリアをシカゴでスタート。

1893年のシカゴ万博で初めて日本のデザイン文化に触れ、浮世絵に魅了されてからは、たびたび日本へも足を運んでいる。ライトは建築家としての顔のみならず、浮世絵のコレクター、教師、日本から帰国後はディーラーとしても活動し、「日本美術への執念」と自称するほど日本文化に熱中していた。彼は数百点の広重作品をシカゴに持ち帰り、1906年3月にはシカゴ美術館で展覧会を開催。日本の版画に関する自身の解説を含む書籍も出版している。この強い関心が、ライトを熱心な浮世絵コレクターであるフレデリック・ウィリアム・グーキンとの出会いに導き、後に帝国ホテル設計の推薦に繋がったのは興味深い。シカゴ万博での日本パヴィリオン「鳳凰殿」は、平等院鳳凰堂を模したもので、ライトの後の帝国ホテル設計にも影響を与えており、ジャポニズムの時代において彼はアジア美術愛好家としても活動し、日本への想いを深めていた。

 

この章では、ライトの作品が日本文化から受けたインスピレーションを色濃く反映しており、その交差する文化的素養が彼の建築スタイルを形成したか、いかに多文化的な視点を持ち、それを自身の作品に融合させたかを知ることができる。

 

 

第4章「交差する世界に建つ帝国ホテル」展示風景より

 

第4章「交差する世界に建つ帝国ホテル」では、ライトが手掛けた歴史的な建築である帝国ホテル二代目本館を取り上げている。帝国ホテルは、外交官や政府職員、政治家など世界中の来訪者を迎えるために設計されたライトの初めての国際的プロジェクト。東京の中心に位置するその大規模な計画には、270室の客室、850人を収容する回り舞台付き演芸場、ダンスホールと宴会場、300人収容のキャバレー・レストラン、大食堂、そして90メートルの長いプロムナードなど、様々な施設が設けられた。

この章では、ライトがいかにして帝国ホテルの建物構造やデザインに、世界各地の文化的要素を取り入れたかを理解できる。たとえば、日本の宝形屋根やメソアメリカの階段型ピラミッドとった建物要素のほか、オリジナルの家具、絨毯、食器、壁画、石のレリーフ、建築装飾、テキスタイル・ブロック(すだれレンガ)などの細部に至るまで、多様な文化が反映されている。

 

第4章「交差する世界に建つ帝国ホテル」展示風景より

 

さらに興味深いのは、ライトが帝国ホテルの設計を通じて、シカゴと東京の都市的対話、アメリカ中西部のプレイリーから日本やイタリアへの景観との有機的な関わり方、進歩主義教育への取り組みなど、様々なテーマを探求していたことだ。極大と極小のスケールを橋渡しするコンクリート製テキスタイル・ブロックのダイナミクスや、高層建築と景観とのバランスを探る試みなど、ライトの建築におけるこれらのテーマは、21世紀においても変わらず重要であり、現代における建築の多くの課題と共鳴している。

 

この巨大な複合施設の設計は、ライトにとってこれまでで最大の仕事であり、東京の中に別の小さな街を作り上げるかのような壮大な計画であった。

 

 

また本展では、100年前にライトが京都帝国大学(現・京都大学)の武田五一教授に贈った帝国ホテルの模型の3Dプリントレプリカを公開されている。現在原型模型は京都大学が所蔵しているが、石膏で作られたオリジナルは時間の経過とともに状態が変化し、巡回展示が困難になったため、京都大学と京都工芸繊維大学が連携して、KYOTO Design Labの最新技術を用いて精巧な複製を制作。加えて、帝国ホテルを彩った家具やディナーウェア、テーブル、椅子などの実物が展示されている。

 

第5章「ミクロ/マクロのダイナミックな振幅」展示風景より

 

第5章「ミクロ/マクロのダイナミックな振幅」では、フランク・ロイド・ライトの建築における中空レンガやコンクリートのブロックシステムが取り上げられている。テキスタイル・ブロック・システムを用いたミラード夫人邸「ミニアトューラ」から、ドヘニー・ランチ宅地開発計画のようなコミュニティ全体の設計までを力強いドローイングで紹介。ユーソニアン住宅の原寸大モデルも展示されており、実際の空間を体験することができる。ライトがどのようにして建築、材料、空間に関する哲学を形にしたかを知ることができ、ユニット・システムやブロードエーカー・シティ構想など、ライトのビジョンが現代にも通じる普遍的な価値を持つことが示されている。

 

ライトの生涯にわたるコンクリートへの関心と、ユニバーサルな建築システムの追求、そしてそのシステムを用いた住宅の設計は、小さな単位から大規模な構造まで適用可能なユニット・システムとしての建築の考案であった。このライトの建築における全体と部分とのダイナミックな相互作用の思想は、幼少期に体験したフリードリヒ・フレーベルの教育ブロックにその起源があると言われている。

また、ライトは建築における素材にも強い関心を持ち、地域に根ざした材料を用いる一方で、コンクリートの持つ一体感に着目し、らせん状の回廊を有する名建築であるグッゲンハイム美術館のような壮大な作品を実現してきた。

 

第5章「ミクロ/マクロのダイナミックな振幅」展示風景より

 

もう1点ここで触れておきたいのは、1932年にアメリカの田園地域における居住と労働の根本的な再構築を目指してライトが発表したブロードエーカー・シティ構想だ。この構想は、現代の世界でも共感を呼んでおり、特にコロナ禍を経験した今日、距離を取り分散して暮らすという新たな課題に応えるものとなっている。1930年代に登場した遠隔通信や自動車、飛行機といった技術は、空間と時間の関係を再定義し、今日、インターネットやドローンが普及している中で、「生きている都市」を成り立たせる根本的な要素は何かという問いが、ライトの作品を通じて継続的に投げかけられている。

 

ライト自身も、「永遠の変化の法則」を受け入れ、「私たちが望んでやまない成長とは、人類の過去の文明が築いて私たちに残してくれた叡智を、最終的に理解することにある」と述べている。彼は、真理に沿ったとしても、逆らったとしても、それが等しく真理に貢献すると信じていた。

 

本展ではこの他にも、野心的な構造設計でつくられたジョンソン・ワックス・ビルや、ヴェネツィアの運河沿いに計画したマシエリ記念学生会館、大バグダッド計画など、フランク・ロイド・ライトの作品や思想を余すことなく総覧することができる。この機会にぜひ、フランク・ロイド・ライトの世界をその目で確かめていただきたい。

 

第6章「上昇する建築と環境の向上」より

 

 

文=鈴木隆一

写真=新井まる

 

 

【展示会概要】

開館20周年記念展 帝国ホテル二代目本館100周年 フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築

会期|2024年1月11日〜3月10日

会場|パナソニック汐留美術館

住所|東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル 4階

電話番号|050-5541-8600 (ハローダイヤル)

開館時間|10:00~18:00(2月2日、3月1日、8日、9日は〜20:00) ※入館は閉館の30分前まで

※2月17日(土)以降の土・日曜、祝日及び3月1日〜10日は日曜指定予約が必要になります。

休館日|水(3月6日は開館) 

料金|一般:1200円 / 大学・高校生 700円 / 中学生以下:無料

https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/24/240111/

 

 



Writer

鈴木 隆一

鈴木 隆一 - Ryuichi Suzuki -

静岡県出身、一級建築士。

大学時代は海外の超高層建築を研究していたが、いまは高さの低い団地に関する仕事に従事…。

コンセプチュアル・アートや悠久の時を感じられる、脳汁が溢れる作品が好き。個人ブログも徒然なるままに更新中。

 

ブログ:暮らしのデザインレビュー
Instagram:@mt.ryuichi

 

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