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大竹伸朗の圧倒的な密度を体感できる、16年ぶりの展覧会

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2023年1月7日

大竹伸朗の圧倒的な密度を体感できる、16年ぶりの展覧会


大竹伸朗の圧倒的な密度を体感できる、16年ぶりの展覧会

 

80年代初めから現在まで第一線で活躍し続けるアーティスト、大竹伸朗の16年ぶりとなる大回顧展「大竹伸朗展」が、東京国立近代美術館で開催されている。大竹が“今までにない展覧会”を目指したと語る本展では、最初期の作品から近年の海外発表作、コロナ禍で制作された最新作まで、大竹の半世紀近くの作家活動を、およそ500点の圧倒的なボリュームと密度で振り返るもの。

膨大な作品群は、7つのテーマ(「自/他」「記憶」「時間」「移行」「夢/網膜」「層」「音」)に基づいてセクションが構成されている。各テーマは本展に合わせて作家本人が選定したキーワードであり、それぞれの作品はテーマに沿って作られたものではなく、複数のテーマに跨るものも多い。なかでも2019年以降取り組む「残景」シリーズの最新作《残景0》(2022)は今回が初めての展示となる。

 

手前:《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》2012年

 

大竹伸朗は、1955年東京都生まれ。ニュー・ペインティング(新表現主義)やトランス・アバンギャルドなどが台頭していた1980年代初めにデビューし、絵画や版画、映像、インスタレーション、巨大な建造物など、多様なメディウムと、時にダダ、シュルレアリスム、ポップといった美術史上の文脈との接続も試みながら作品を展開してきた。近年では、5年毎に開催される世界最大級の国際美術展ドクメンタ(2012年)やアート界のオリンピックともいわれる芸術祭ヴェネチア・ビエンナーレ(2013年)の二大国際展に出展。国内では「東京2020 公式アートポスター展」への参加、国指定重要文化財「道後温泉本館」の保存修理工事現場を覆う巨大なテント幕作品《熱景/NETSU-KEI》など、精力的な活動を続けている。

本展覧会場では大竹自ら語る作品全体に通じるテーマ“既にそこにあるもの”の圧倒的な量と密度、気配、雰囲気を味わえるだろう。さっそくセクション毎にご紹介していこう。

 

 

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「全く0の地点、何もないところから何か作品をつくり出すことに昔から興味がなかった」と語る大竹伸朗。冒頭を飾るセクションは、文字通り自画像や大竹の化身(アバター)、自己を形成してきたイメージがひしめいている。最初期(9歳の頃の制作)のコラージュ・ワーク「黒い」「紫電改」》をはじめ、近年の大作モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像まで、大竹のおよそ60年が凝縮されている。本展全体が収集された「自/他」の積層であり、このセクションはその目次、あるいは大竹の略歴紹介のような役割を担っている。

 

 

 

記憶

 

他者によってゆらぎ、変容していく自己をつなぎとめるのは記憶。このセクションに並ぶ作品のタイトルにある「残景」「時憶」「憶景」「憶片」といった独特の造語からも分かるとおり、大竹は外部の刺激を取り込み、それが保存され、必要に応じて再生される“記憶”に強い関心を抱いてきた。印刷物やゴミとされるようなものまで、ありとあらゆるものを貼り付け、作品の中にとどめていく制作方法は、それ自体が忘却に抗う記憶術であるといってもよいだろう。縦横に編まれた作品の上の図像や筆跡から想起させる光景は、大竹個人の記憶ですらない。「未来を記憶する」ことはできるのか、と問う大竹は、物質に刻まれた記憶の可能性を投げかける。

 

 

 

時間

 

大竹伸朗にとって、時間は流れていくのみならず、形を持ち、手触りがあり、あるいは音や匂いを伴う素材のひとつだ。様々なものに貯蔵された時間を拾い集め、貼り合わせ、重ねていく。素材を長時間放置して劣化させて使うこともある。「網膜」シリーズは約30年間に渡り取り組んでおり、驚くほど長い時間の流れが作品の中に収められているのだ。気泡の入った膜で覆われた作品は、夢や思い出を凝固させたかのようにも見える。また、4つのチャンス》《赤いへビ、緑のヘビ》(ともに 1984年)の2作品は、30分という制限時間をあらかじめ設定し、裏返したキャンバスを表に返してから、まったく無計画に描き始め仕上げられた作品だ。ここで時間は、不確定な偶然を呼び寄せてくれる素材として利用されている。

 

 

 

移行

 

18歳の頃住み込みで働いた北海道に始まり、多大な霊感を与えられたロンドン、ニューヨーク、ナイロビや、日本の津々浦々へと旅を繰り返してきた大竹伸朗。「移行」は、作者が身体的に場所を移すことだけでなく、様々なものを模写や切り貼りにより、元あった場から転移させる制作方法でもある。本展の会期中だけ美術館に設置される《宇和島駅》(1997年)は、その最たる例。制作の拠点を東京から宇和島に移してからしばらく経った90年代前半に、宇和島駅が全面改築される際に初めて意識した、旧駅舎屋根に付いていた駅名看板にネオン管を入れた作品だ。本展では美術館のエントランスの屋根に設置することで、駅名看板としての機能を変えることなく、美術館のサインとのコラボレーション、さらに建物丸ごと新しい駅として作品化している。

 

 

 

夢/網膜

 

ものの切り貼りによる制作方法としての「移行」を、物質的でない方法で試みたのが「網膜」シリーズだ。東京から宇和島に拠点を移して間もない1988年、大竹は露光ミスで捨てられたポラロイド写真が「当時漠然と頭の中に描いていたイメージをあまりに忠実に再現していること」を発見する。さらにこれを傷つけたり引き伸ばしたりした後に透明なプラスチック樹脂をかぶせた。樹脂と、写真が、それぞれ独立したまま重なり合った絵画作品だ。こうして再現された大竹の夢や思い出といった「頭の中のイメージ」もまた、“既にそこにあるもの”として収集対象のひとつになっている。

 

 

 

 

印刷製本技術の粋を凝らした豪華本と、主に既製印刷物のカラーコピーを編集して綴じた手製本が展示されている。あるイメージがコピーされ、その上から描画が加わり、切り取られ、貼り付けられ、またコピーされて、増殖していく。ときに膨大な時間が費やされる積み重ねは、物質的な、あるいは視覚的な層をなし、厚みや重さとなって、大竹が愛着を抱く「景」を形成する。大竹は、かつてロンドンの街頭で見たポスター貼りの職人を見て興奮した記憶について語っている。ポスターが貼られた壁の上からそのまま次のポスターを貼っていくと、時間の経過が蓄積されるとともに、覆われた下層が消えていきながらも気配を残す。その下層の気配こそ重要だと大竹はいう。本展では、大竹がライフワークとしてほぼ毎日制作している、紙の塊としてのスクラップブックを一挙に公開。1977年の1冊目から最新作の71冊目まですべて展示されており、見どころのひとつだ。

 

 

 

 

大竹伸朗は1982年に開催された初個展以前に、ロンドンでサウンド・パフォーマンスに参加したり、東京でバンドを結成してライブも行っていた。そんな大竹にとって音は最も重要な要素であり続けてきた。「音楽」という言葉をあえて使わず、徹底して「音」という言葉を用いるのは、ジャンルではなく、あくまで紙や廃物と同じく身の回りから採集される素材のひとつであるということを示す。独特の響きを持った作品個々のタイトルもまた、「音」のひとつであるといえるかもしれない。このセクションでは、ステージそのものを作品化した大作 ≪ダブ平&ニューシャネル≫(1999 年)ほか、音にまつわる作品が集められている。そして最後は、小型エレキ・ギターの付属したスクラップ・ブックと、最新作《残景0》(2022年)で締めくくられる。

 

 

小さな手製本から巨大な小屋型のインスタレーション、作品が発する音など、ものと音が空間を埋め尽くす、大竹伸朗展。時代順にこだわることなく、ゆるやかにつながるテーマで展示を構成し、大竹の作品世界に没入できる場をつくり出している。どの作品にも、どの素材にも豊富なエピソードが付随するが、無数に散りばめられた物質と意味の物語を参照すれば、私たちはいかようにも、いくらでも、語ることができる。これまで大竹にはことごとく、「全〇〇」「無〇〇」「大〇〇」「多〇〇」「あらゆる」「すべての」といった形容が充てられてきた。すべてがここにある。そして、あらゆる解釈に開かれているがゆえに、それは同時に解釈不能の塊でもある。80年代からの作品を振り返るものとして、3年前から準備されてきた本展。展示のみなならず、カタログやTシャツなどのグッズにも注目したい。作らずにいられない衝動に突き動かされ続けている大竹伸朗の創作エネルギーを、ぜひ現地で感じていただきたい。

 

《残景0》2022年 

 

 

文=鈴木隆一

写真=新井まる

 

 

【アーティスト プロフィール】

大竹伸朗(Shinro Ohtake)

1955年東京都生まれ。主な個展に熊本市現代美術館/水戸芸術館現代美術ギャラリー (2019)、パラソルユニット現代美術財団(2014)、高松市美術館 (2013)、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 (2013)、アートソンジェセンター (2012)、広島市現代美術館/福岡市美術館 (2007)、東京都現代美術館 (2006)など。また国立国際美術館(2018)、ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート(2016)、バービカン・センター(2016)などの企画展に出展。ハワイ・トリエンナーレ(2022)、アジア・パシフィック・トリエンナーレ(2018)、横浜トリエンナーレ(2014)、ヴェネチア・ビエンナーレ(2013)、ドクメンタ(2012)、光州ビエンナーレ(2010)、瀬戸内国際芸術祭(2010、13、16、19、22) など多数の国際展に参加。また「アゲインスト・ネイチャー」(1989)、「キャビネット・オブ・サインズ」(1991)など歴史的に重要な展覧会にも多く参加している。

▶作家サイト https://www.ohtakeshinro.com

 

 

【展覧会情報】

大竹伸朗展

会期|2022年11月1日〜2023年2月5日

会場|東京国立近代美術館1F 企画展ギャラリー、2F ギャラリー4

住所|東京都千代田区北の丸公園3-1

電話番号|050-5541-8600 

開館時間|10:00〜17:00(金土〜20:00)※入館は閉館の30分前まで 

休館日:月(1月2日、1月9日は開館)、年末年始(12月28 日〜1月1日)、1月10日

料金|一般 1500円 /  大学生 1000円 / 高校生以下無料

https://www.takeninagawa.com/ohtakeshinroten/