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ミカ・ジョンソン監督が考えるVRの未来~カフカの『変身』をVRで体験~

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2018年7月10日


ミカ・ジョンソン監督が考えるVRの未来~カフカの『変身』をVRで体験~


 

ミカ・ジョンソン監督が考えるVRの未来~カフカの『変身』をVRで体験~

 

 

主人公、グレゴール・ザムザはある朝、目覚めたら虫に変身していた・・・。一度、耳にしたら忘れられない衝撃的な一文は、フランツ・カフカの小説『変身(Die Verwandlung)』の冒頭です。今回、カフカの『変身』をモチーフにしたVRインスタレーション「VRWandlung」が、ゲーテ∙インスティトゥート東京で展示されました。

 

本作は、虫に変身したザムザの視点が体験できるのです。

 

 

 

 

 

 

アーティスティック・ディレクターを務めるミカ・ジョンソン氏が来日し、6月29日(土)のオープニングイベントで講演を行いました。VR体験と講演の様子をレポートします。

 

 

 

カフカ『変身』のVRで、虫に変身!

 

 

 

ジョンソン氏率いるチェコのスタートアップチームが、プラハのプラハのゲーテ∙インスティトゥートの協力の元で制作し、2016年に発表された本作。大きな成功を収め、世界ツアーが実現しました。今回、東京での展示のために、入り口に漢字で「変身」と書かれた暖簾(のれん)をかけるなど、日本風のアレンジが施されていました。

 

 

 


インスタレーションの外観

 

 

 


体験中の様子

 

 

 

さっそく、VRインスタレーションを体験します。約4分間の本作は、頭にヘッドセット、両手にグローブ、両足にサンダルを装着し、部屋の中を自由に歩き回ることができます。ザムザの部屋は、引き出しの中やベッドの下に小物がたくさん置かれ、隅々まで作り込まれていました。ドアの外からは妹たちのザムザを呼ぶ声や、すすり泣きが聞こえてきます。

 

 

 

 

 

 

天井を見上げたり、窓に近寄ってみたりと動き回ってみたのですが、何より気になるのは自分の体。鏡の中に自分の変わり果てた姿を見つけた時は、思わず叫びそうになりました。小説を読むのとはまた違った形でザムザの視点に立つことができます。

 

会場の図書室にはカフカが愛した映画や『変身』の関連資料が展示されていました。ちなみに原作は青空文庫で読むことができます。 https://www.aozora.gr.jp/cards/001235/files/49866_41897.html

 

 

 

カフカ『変身』VR制作の裏側

 

 

 

プラハ在住のジョンソン氏は、VRやミュージックビデオ、映画のプロデュースを手がけ、映像制作者としてだけでなくフォトグラファー、作家としても活動しています。

 

今回のVR作品は、どのようにして生まれたのでしょうか?

 

まず、ジョンソン氏の元に、プロデューサーの友人から、HTC VIVEで体験できるVRプログラムを作って欲しいという依頼がありました。当時、再現可能だったバーチャル空間は3m×4m程度だったため、ザムザの部屋のモデルであるカフカ自身の部屋を使うというアイディアが浮かんだそう。その後、アニメーターを始めとするスタートアップチームと共に構想を膨らませていきました。

 

 

 


アニメーターのVojtěch Kiss氏(左)とOndřej Slavík氏(右) ©Mika Johnson

 

 

 

筆者が気になったのは、虫のデザインです。小説を読んでいるときは、芋虫のような丸みのあるフォルムを想像していたのですが、本作では以下の姿でした。

 

 

 


「VRWandlung」で変身したザムザの姿
©Ondrej Slavik

 

 

 

ジョンソン氏が持つイメージというよりは、アニメーターたちが作業を進める中でできあがった形で、顔は宇宙人のイメージを反映させています。生前のカフカが特定の虫を挙げず、挿絵にも虫の姿を描かないよう希望していたことから、実在しないものにしたかったそうです。 また、部屋は写真や映像を加工したのではなく、全て手作業で制作した模型をスキャンしたものが基となっています。スキャンしたイメージを使用することで、リアルに見えてどこか非現実的な世界になるとジョンソン氏は考えています。

 

 

 


「VRWandlung」英語の音声収録場面。左からFozhan Khamsehpour氏(妹グレーテ役)、Peter Hosking氏(父親役)、Mika Johnson氏(上司役)、Julie Josephson氏(母親役) ©Jonne Väisänen

 

 

 

驚きの体験ではありましたが、シュールな『変身』はVRにぴったりの物語ですよね。今後はどのような作品を構想しているのか伺ったところ、いつかミノタウルスの神話をモチーフにした大作を実現させたいと語ってくださいました。アテネに100㎡のガラスの迷宮を作り、体験者はVRの装備を着けてその中を歩いていき、どこかでミノタウルスに出会うという構想だそうです。

 

ジョンソン氏は文学や神話にインスピレーションを受けることが多く、安部公房の『箱男』をベースにした《箱男の告白》という映像作品を監督しています。三島由紀夫、谷崎潤一郎、芥川龍之介といった日本文学が大好きとのこと。ぜひまた日本で展示をして欲しいですね。

 

なお、「VRWandlung」のInstagramでは、メイキングの様子を知ることができます。
https://www.instagram.com/vrwandlung/?hl=en

 

 

 

VRの何が新しいのか?

 

 

 

ゲーテ∙インスティトゥート東京でのオープニングイベントでは、ジョンソン氏が映像監督として目指すところやVRの可能性について講演を行いました。

 

 

 


講演を行うミカ・ジョンソン氏

 

 

 

VRが他のメディアと異なる点として、ジョンソン氏は次の2点を挙げました。

 

ひとつは、VRは作品と鑑賞者の「距離」を前提としていないこと。映画や舞台演劇、絵画や彫刻といったこれまでのメディアは全て「距離」を前提としており、その物語の体験は受動的なものだったと言います。(以下、「」内はジョンソン氏の発言です)

 

「距離自体は悪いものではなく、むしろこれまでのメディアにはとても重要なものでした。しかしVRでは、さまざまな分野のアーティストたちが、鑑賞者を完全に主人公の空間に没入させることが可能になります」

 

もうひとつは、VRにおいては物語の構造が線的ではなく、どんどん立ち上がっていくものになるということ。参加型であるという特性こそが、VRの革新的な点だと述べました。

 

「体験者が選択することによって物語の構造が現れていくということです。たとえば私がVR作品を監督しても、体験中に私があなたにやって欲しいと思っていることを、必ずしもやる必要はない。代わりに、あなたがやりたいことをやることで、その選択の結果を体験することになる。つまり、監督ではなくあなた自身の物語になります。監督は世界をデザインし、その中の色々な可能性を用意していくという役割を持つのです」

 

 

 

「VR」という言葉の生みの親、A・アルトーの「残酷演劇」

 

 

 

ところで、VR(Virtual Reality=仮想現実)という言葉がどこで生まれたかご存じですか?1938年、フランス人のアントナン・アルトーが初めて使ったと言われています。作家であり、演出家、俳優でもあったアルトーを、ジョンソン氏は「先見の明を持った空想家」と表現し、アルトーが生んだ「残酷演劇」の理論に触れました。

 

 

 


アントナン・アルトー

 

 

 

シュルレアリスムに影響を受けたアルトーは、観客の感覚を攻撃することによって、無意識の奥深くに埋もれた感情を解放できると考えました。

 

「アルトーは演劇を私たちが目覚めるための実践として捉えていました。演劇によって、私たちの存在そのものについて再考するきっかけとなるほどの、パワフルな体験を生み出すことができるのではないかと。そのためには錯覚と現実を完全に一体にする必要がありました。つまり演劇はバーチャルかつリアリティを持つものでなければいけない、と考えたのです」

 

観客が没入できる体験を作ろうとしたアルトーは、役者と観客の境界をなくすために、ステージを取り払ったり、言語を排除するなど実験的な試みを行いましたが、残念ながら「残酷演劇」の実践が大きな成功を収めることはありませんでした。

 

「アルトーが現代に生きていたら、残酷演劇の理論を実践するうえで、VRこそがずば抜けて優れたメディアだと考えるでしょう。VRには人々の意識を完全に変容させるパワーがあると見抜くはずです」

 

 

 

VRの未来はどうなる?

 

 

 

 

 

 

「おそらく、ほとんどのVRが映画やビデオゲームと同じ道を歩むことになると思います。シューティングゲームやショーなどのエンターテインメントのために生産されることになるでしょう。しかし、私はあえて全く別の道を提案したいと思います」

 

ジョンソン氏は、無意識を「意識の外にある思考や感情の貯水池」のようなものと定義し、映像監督として、鑑賞者の無意識を操作することを目指していると語りました。

 

「VRは生まれて間もない新しいメディアなので、みんなで一緒に色々な問いかけをしていかなければなりません。1895年に発明された映画が、今このように発展したことを考えると、VRもどんどん変わっていくでしょう。色々な可能性に開かれているので、我々はとてもエキサイティングな瞬間に立ち会っていると思います」

 

 

 


「VRWandlung」でザムザの動きをファイナライズする様子
©4Each

 

 

 

最後に、ジョンソン氏から読者の皆さんに向けてメッセージを頂きました。

 

「日本のアーティストたち、そして世界中のアーティストたちが、VRという新しいメディアで素晴らしいアートを生み出し、VRを単なる娯楽やゲームとしてではなく、新たなレベルへ引き上げていくことを望んでいます」

 

VRが身近になったのは、わずか数年のこと。それほど遠くない未来には、5感の全てでバーチャルな世界を体験できるようになるかもしれません。広がり続けるアートと人間の可能性に改めて気づいた刺激的な展示と講演でした。

 

 

 

文・稲葉 詩音
写真・鈴木 佳恵

 

 

 

【アーティストプロフィール】
ミカ・ジョンソン(Mika Johnson)
ウェブサイト:https://mikajohnson.com/(英語)
映画製作者、フォトグラファー、作家であり、VRプロジェクトやミュージックビデオ、フィクションやドキュメンタリー映画のプロデューサーでもあります。最近の作品には、フランツ・カフカの「変身」をテーマとしたVRインスタレーションや安部公房の「箱男」に影響を受けて制作したシュールレアリズム映画「箱男の告白 (Geständnisse des Schachtelmannes)」、世界最大の音声時計のコレクションを持ち、時間に縛られた心理学者マーク・マッキンリーについての映画「永遠の教授 (Forever Professor)」などがあります。2011年から2013年までは、テレビシリーズ「アメリカン(The Amerikans)」の15話の監督を務めました。現在は、その長編映画も制作されています。プラハ在住のジョンソン氏は、VR をテーマとしたワークショップやドキュメンタリー映画の演出などを手がけ、またゲストスピーカーやアドバイザーとしても活躍しています。

 

 

 

【展示概要】
「VRWANDLUNG」
ウェブサイト:https://www.goethe.de/ins/jp/ja/sta/tok/ver.cfm?fuseaction=events.detail&event_id=21288822

 

 

 

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Writer

稲葉 詩音

稲葉 詩音 - Shion Inaba -

イタリア留学を経て、東京大学で表象文化論修士号取得。得意分野はヨーロッパ近代絵画。
10ヶ国語以上学んだ語学オタクでもあり、現在は海外映画・ドラマの字幕翻訳ディレクターを務める。

好きなものはアートと言葉。
好奇心を大切に、旅するように暮らしたい。
特別な思い入れのある芸術家は、美術ではセガンティーニ、文学では安部公房、音楽ではきのこ帝国。






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