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足を止めて、身体で見て、言葉にして 石内 都 「肌理(きめ)と写真」展

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2017年12月29日


足を止めて、身体で見て、言葉にして 石内 都 「肌理(きめ)と写真」展


 

足を止めて、身体で見て、言葉にして 石内 都 「肌理(きめ)と写真」展

 

 

写真家・石内都さんをご存知ですか。

 

ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家、アジア人女性として初めてハッセルブラッド国際写真賞を受賞、国内外で高く評価されている写真家の一人です。写真は独学で学び、一貫してフィルム・カメラで撮影するというこだわりを見せています。

 

2017年は石内さんにとって、デビューから40周年を迎える記念の年。横浜美術館では、初期の作品から未発表の新作を含む約240点を「石内 都 肌理と写真」展で公開しています。写真家としての軌跡を振り返る包括的な内容で、国内ではなんと8年ぶりの大規模個展。横浜美術館においては、日本人の女性写真家による個展は本展が初めての試みとなります。

 

 

 

 

展覧会タイトルの「肌理(きめ)」には、どういった意味があるのでしょうか。「皮膚や物の表面の細かいあや」と辞書では定義されています。石内さん自ら選ばれたこの言葉は展示全編を通してのキーワードとなります。来館者は、被写体の肌理に迫るような作品を数多く目にすることになるでしょう。

 

 

横浜と作品とのつながり

 

 

横浜という土地は、1862年に下岡蓮杖が日本初の商業写真館を開業し、日本の写真史上、重要視される場所の一つです。また、石内さんが初めて自宅に暗室を構えたのも横浜でした。

今回展示されている〈絹の夢〉シリーズはかつて絹織物業で興隆した群馬県桐生市に残された銘山を撮影した作品です。群馬などの関東甲信越や東北で生産された生糸を海外に輸出する貿易港でした。

 

展示の構成は、「横浜」「絹」「無垢」「遺されたもの」の4章立てで、全16シリーズの写真作品を見ることができます。

 

 

「横浜」

 

 

1975年より、横浜で撮影したモノクロームの初期の作品のシリーズから始まり、近年新たにカラーで撮影した作品で締めくくられます。この章では、横浜という土地の歴史、取り壊される建物、風化していく記憶を思わせる作品が並びます。グレーがかったブルーに統一した背景に白黒写真が映えます。

 

撮影を始めた当初、写真を撮ることはむしろ苦手で、暗室でのプリント作業がとても好きだったと石内さんは語ります。この章で展示される全てのモノクロの作品は、ご自身で現像したものだそうです。20メートルもあるロール印画紙を切り、何百メートルもプリントする工程は、染色の作業に近い感覚とおっしゃっていました。(石内さんは多摩美術大学で染織を学びました)

 

当時、焼かれた貴重なヴィンテージ・プリントの作品は、粒子が粗く、はっきりと黒と白の隙間が確認できます。石内さんは当時を振り返り、「暗室に篭もりながら粒子一つ一つを数えていたのかもしれない」と言います。写真を仕上げることへの職人的なこだわりを感じさせる一言です。なお、映像資料では、プリントする様子を撮影したドキュメンタリーを公開しています。

 

Bayside Courts
Bayside Courtsは横浜の接収地に建てられた米軍の居住施設だった場所。冷蔵庫やベッドが使われなくなった部屋にぽつんと置かれています。居住者がいなくなった部屋は、取り残された家具の侘しさと共に、役割を終えた場所の悲哀を感じさせました。

 

 


《Bayside Courts #67》 1988-89年 ©Ishiuchi Miyako

 

 


yokohama 互楽荘
互楽荘は関東大震災後に建てられたモダンな高級アパートでしたが、廃墟のような状態で最後を迎えた建物です。塗装が剥がれた天井や壁、物が散らかった室内の写真は、建物が解体される前の最後の一呼吸が聞こえてくるような作品です。ひび割れた壁面からは在りし日の時間が感じられ、まとわりついてきそうな濃厚な空気に満ちたイメージです。

 

 


《yokohama 互楽荘 #2》 1986-87年 ©Ishiuchi Miyako

 

 

〈金沢八景〉
初個展でのデビュー作〈絶唱、横須賀ストーリー〉以前に撮られたシリーズですが、過去に一度雑誌で発表されましたが今回はほとんどが初展示となる作品です。石内さんのアトリエ周辺を撮影しています。街角でおしゃべりする女性たち、住宅の軒先と洗濯物、雲の多い景色など日常の風景を捉えています。

 

 

左上から時計周りに《金沢八景 #4》《金沢八景 #3》《金沢八景 #7》 《金沢八景 #6》 いずれも 1975-76年 ©Ishiuchi Miyako

 

 

Apartment
六畳一間のアパートの外観、部屋と住民をとらえています。

 

〈連夜の街〉
全国の旧赤線跡地の建物を撮り歩くシリーズです。
(〈Apartment〉、〈連夜の街〉は横浜で撮影された写真のみの展示です)

 

1906 to the skin
保土ヶ谷に研究所を構えていた舞踏家の大野一雄氏の身体をクローズアップでとらえています。

 

Yokohama Days
近年カラーフィルムで撮影した作品。電車の車窓から見える景色や、自宅での日常を撮影しています。

 

 

「絹」

 

 

〈絹の夢〉
 石内さんが生まれ、6歳まで過ごした群馬県桐生市に残された絹織物や製糸産業にスポットを当てています。〈ひろしま〉(後述のシリーズ)撮影時、被爆遺品の婦人服に絹製のものがあり、何十年を経ても美しい状態で残っていたことに感銘を受けて制作が始まりました。

 

被写体となった銘仙(めいせん)とは、高級品には使えない絹糸を使用した、庶民用の廉価な着物で、柄は自由で色とりどり、西洋風でモダンなもの多くあります。薔薇を散らした柄や、抽象絵画のような柄は、今でも着たくなるような楽しいものばかり。

 

 


《絹の夢 #50 併用絣銘仙 桐生》2011年 アーツ前橋蔵 ©Ishiuchi Miyako

 

 

本展では銀色に塗った約7メートルの壁いっぱいに、カラフルな作品がリズミカルに配置されて、とても華やかです。石内さんご自身も気に入られたそうです。よく見ると、工場で繭を茹でて、生糸を紡ぎ、布を織る過程の写真もあります。

 

 

絹 展示会場 ©Ishiuchi Miyako

 

 

隣の展示室では古い、茶色くなったマシン、水の中で動く繭、銘仙の表面のクローズアップとが交互に映る映像作品が上映されています。絹を着るということは命を着ることなんだと改めて考えさせられました。

 

 

〈幼き衣へ〉
この作品に写るパッチワークの着物は「百徳きもの」といい、子どもが産まれた時に近所の人たちが布を持ち寄って作っていたものだそうです。原料から製品になるまで、多くの工程を経て作られていた布は、どんなに小さなピースになっても大切にされ、人から人へと受け継がれてきた歴史が見られます。

 

〈阿波人形浄瑠璃〉
戦前より徳島に伝わる阿波人形浄瑠璃の衣裳を撮影した新作のうち、絹の衣裳を撮影した作品のみを展示してます。

 

Rick Owens’ Kimono
著名ファッションデザイナー、リック・オウエンスの、今は亡き父親が進駐軍として日本滞在時に購入し、生涯大切にしていた着物を撮影した作品です。本展図録には、石内さんとリック・オウエンスが交換した手紙が掲載されています。

 

 

左から《Rick Owens’ Kimono N4 #4》《Rick Owens’ Kimono N1 #5》《Rick Owens’ Kimono N2 #3》いずれも 2017年 ©Ishiuchi Miyako

 

 

「無垢」

 

 

Innocence
20年近くにわたり人々の傷跡を撮ってきた石内さん。その中でも〈Innocence〉は女性の傷跡だけを集めたモノクロームの作品群です。淡いピンク色を背景に並んでいます。

 

傷の写真というと、被写体の人の痛みを想像してしまい、目を背けたくなってしまうものです。しかし、作品は奇をてらうような感じや、無理に誇張する感じはなく、ひたすらに穏やかで柔らかさを感じさせ、視線を引きつける力があります。その傷跡の一つ一つが、被写体となった人の人生を語る印のように思えてくるような、あたたかい眼差しを感じるのです。

 

〈不知火の指〉
小説『苦海浄土』の著者であり詩人でもある石牟礼道子さんの手足を撮影した作品です。90年の歳月を刻んだ肌を接写で捉えています。

 

 


《不知火の指 #1》 2014年 ©Ishiuchi Miyako

 

 

「遺されたもの」

 

 

Mother’s

石内さんの母親が亡くなった後、大量に遺された母の洋服などを前にし、「遺品というよりは日用品に近いものを撮影すれば捨てられるかもしれない」と思われ、撮りはじめられたのが〈Mother’s 〉のシリーズです。石内さんの作品がモノクロからカラーになる分岐点ともなった作品です。それまでモノクロームの作品しか撮ってこなかった石内さん。今までと同様に口紅を白黒で撮影しました。赤くない口紅に違和感を覚え、それ以降はカラーフィルムを使用するようになったそうです。

 

本作は第51回ヴェネチア・ビエンナーレに日本館代表として紹介され、海外での石内さんの知名度を一気に高めた作品です。私自身は2017年夏にパリ市立ヨーロッパ写真館(Maison Européenne de la Photographie)で開催された「DNP寄贈コレクション展」で初めて鑑賞しました。使いかけの口紅や、下着は、確かに石内さんのお母様のものに間違いないのですが、眺めているとどうしても自分の母のことを思わずにはいられませんでした。作品の普遍性に驚いたことを覚えています。国外で鑑賞したこともあり「ものにも魂が宿る」という古来の日本的な思想も感じられました。

 

 


《Mother’s #35》 2002年 ©Ishiuchi Miyako

 

 

Frida by Ishiuchi〉〈Frida Love and Pain

フリーダ・カーロ財団からの依頼で、2012年に画家フリーダ・カーロの元住居で現在はフリーダ・カーロ博物館となっている青い家で、フリーダの遺品の撮影を行いました。昨年の夏、銀座の資生堂ギャラリーで開かれた展覧会「Frida is」も記憶に新しく、ご覧になられた方も多いのではないでしょうか。

 

ネイビーに、少し紫がかったリボンがついた靴の写真は、左右のサイズが違って見えますが、そうではなく高さが違うのでした。フリーダは幼い頃に小児マヒを患い、右足の成長が遅れてしまったゆえ、ヒールによる補正を必要としていました。

 

交通事故に遭った身体を支えたコルセットを撮影した作品もありますが、靴という誰にとっても身近なアイテムは、彼女が毎日の中で突きつけられていた現実を、より鮮明に浮かび上がらせているように感じました。心細くなったであろう瞬間、身なりを綺麗にしていたい思いなどを察し、フリーダに寄せていた強く、情熱的な女性アーティストというイメージは何処かに消えていきました。

 

 


左から《Frida Love and Pain #10》《Frida Love and Pain #5》《Frida Love and Pain #40》 《Frida by Ishiuchi #107》いずれも2012年 ©Ishiuchi Miyako

 

 

〈ひろしま〉

 

 

〈ひろしま〉は広島平和記念資料館に収蔵されている、被爆者の遺品を撮影したシリーズです。約1万9000点に及ぶ収蔵品の中から、肌身に触れていた衣服を主に撮影しています。2007年に撮影を開始して以来、石内さんは毎年広島を訪れ新しく寄贈された遺品を撮影しています。驚くべきことに、戦後70年以上経過した現在でも毎年新しい遺品が寄贈されているそうです。

 

 


《ひろしま #106 Donor: Hashimoto, H.》 2016年 ©Ishiuchi Miyako

 

 

国内外で展示されている本作ですが、広島県立美術館では戦後70年の2015年に「広島・長崎被爆70周年 戦争と平和」展が開催され、私はそこで〈ひろしま〉に初めて出会いました。数々の画家による戦争、原爆、平和がテーマの作品が並ぶ中、最後の展示室にあった写真を前に、身動きがとれなくなりました。

 

白地に細かなドット柄のブラウスが一枚だけ写ったその写真は、明るく光る背景の上を羽ばたいているかのように美しく、そのブラウスを着ていたであろう女性の想いまで写り込んでいるようで、思わず手を合わせたくなりました。あの悲劇が起こった日に、あの場所で息をしていた人の「生」を石内さんの写真から感じたのです。

 

「彼女の肉体は原爆に焼かれ、跡形もなくなってしまったのか、はっきりわからない。いまだに行方不明の少女は自分の着ていたセーラー服やスカートやワンピースを決して忘れていない。私がもう一度、美しい仕立ておろしの時のように写し取り、彼女の喜ぶ姿を想いうかべる。」

(石内都『写真関係』2016年 筑摩書房 p57より)

 

時が経つにつれ、原爆投下の史実は忘れなくとも、亡くなった個人個人の方のことに想いを巡らせる機会は少なくなっていってしまうかもしれません。石内さんの作品には、遺された原爆遺品と共に、個人の姿を蘇らせながら、供養をしているように私の目には映りました。

 

「写真は記録するためにあり、社会に伝える使命を負わされているのだ。」

(石内都『写真関係』2016年 筑摩書房 p55より)

 

 

終わりに

 

 

記者会見で、石内さんは「写真を見て、自分の言葉で何かを感じてほしい」と話されました。本展は、それぞれの章の冒頭に短いテキストあるだけで、作品リストを刷りもので見ることはできますが展示にはキャプションさえも付けていません。

鑑賞者各自が、色んなことを感じられるように、言葉で限定されないよう、あえて付けない意図だそうです。視覚だけではなく、身体全体で写真を感じてほしいという気持ちから、写真のサイズや、並べ方、背景の色、額にも、強いこだわりが見られました。

 

現在、目にするイメージの数は凄まじいスピードで増え続けていますが、被写体が過ごした時間や歴史、被写体の肌理から内面までもが浮かび上がってくるイメージは、どれほど存在するのでしょうか。その中で、100年後の世界で思わず立ち止まって何かを感じられるような写真はどれほどあるのでしょうか。

 

ぜひ、ご自身の目で直接ご覧になっていただきたい作品ばかりの、この冬、おすすめの展覧会です。

着物で来館すると観覧料が100円割引になります。プレスプレビュー当日は、石内さん、横浜美術館館長・逢坂恵理子さん、本展担当学芸員・大澤紗蓉子さんを始め、スタッフの皆さんが着物で出迎えて下さいました。

 

 

石内都さん「絹」の展示室にて ©Ishiuchi Miyako

 

 

コレクション展の写真展示室でも、初個展作品〈絶唱、横須賀ストーリー〉のヴィンテージプリント55点を公開しています。石内さんが6歳から19歳まで住みながらも、決して馴染むことのなかった土地、横須賀への複雑な想いが感じられます。

 

同時開催の「横浜美術館コレクション展 全部みせます!シュールな作品 シュルレアリスムの美術と写真」展では、国内外約50作家による300点あまりの作品が展示されています。

作家の名前を見ると、マン・レイ、瑛九、ブラッサイ、ウジェーヌ・アジェ、ルネ・マグリット、ポール・デルヴォー、ジョアン・ミロ、ジョルジュ・デ・キリコ、パブロ・ピカソと大御所が並び、シュルレアリスムを知りたい方には学びの絶好の機会に、通な方も知らない作家と出会えるチャンスとなりそうです。企画展と同チケットで見られますが、ボリュームのある展示なので、来館時間にはご注意下さい。

 

 

石内都(いしうちみやこ) 来歴 

1947年群馬県桐生市生まれ。

神奈川県横須賀市で育つ。

1979年「Apartment」で女性写真家として初めて第4回木村伊兵衛写真賞を受賞。

2005年、母親の遺品を撮影した「Mother’s」で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。

2007年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」も国際的に評価され、近年は国内各地の美術館のほか、アメリカ、オーストラリア、イタリアなど海外で作品を発表している。

2013年紫綬褒章受章。

2014年には「写真界のノーベル賞」と呼ばれるハッセルブラッド国際写真賞を受賞。作品は、横浜美術館をはじめ、東京国立近代美術館、東京都写真美術館など国内主要美術館、ニューヨーク近代美術館、ポール・ゲティ美術館、テート・モダンなど世界各地の美術館に収蔵されている。
(横浜美術館資料より引用)

写真・文:Ryoco Foujii

画像提供:横浜美術館

参考文献:石内都『写真関係』2016年 筑摩書房

     展覧会カタログ「石内 都 肌理と写真」 2017年 求龍堂

 

 

 

 

【展覧会情報】石内 都 肌理と写真

会場:横浜美術館

住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1

会期:2017 年 12 月 9 日(土)~2018 年 3 月 4 日(日)

休館日:木曜日 (2018 年 3 月 1 日(木)は開館 )

開館時間 :10:00~18:00 入館は閉館の 30 分前まで

 (2018 年 3 月 1 日(木)は 16:00 まで、3 月 3 日(土)は 20:30 まで)

観覧料:一般 1,500 円、大学・高校生 900 円、中学生 600 円、小学生以下無料、65 歳以上 1,400 円

美術館サイト:http://yokohama.art.museum

展覧会特設サイト:http://yokohama.art.museum/special/2017/ishiuchimiyako/

 

 

【石内都さんの過去の展示を取り上げた記事はこちらから】

石内都が撮るフリーダ・カーロの軌跡

メキシコを代表する画家・フリーダ・カーロの遺品 石内都展 Frida is 【今週のおすすめアート】



Writer

Foujii Ryoco

Foujii Ryoco - Foujii Ryoco  -

学習院大学文学部哲学科(日本美術史専攻)卒業・学芸員資格取得後、アパレル会社にて勤務。
フランス、レンヌ第二大学で博物館学やミュージアムマネージメントを学び、インターンを経験。
パリ滞在中は通訳、翻訳者、コーディネーターとして勤務。
日頃の関心はジャポニスム、日仏の美術を通しての交流。
フランスかぶれ。自称、半分フランセーズ。
アートは心の拠りどころ。アーティストの想いを伝えられるような記事をお届けしていきたいです。
Contact:Facebook・Foujii Ryoco#Instagram・coco.r.f






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