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アートオタクな天使のスパルタ鑑賞塾~東京国立近代美術館~

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2017年3月1日

アートオタクな天使のスパルタ鑑賞塾~東京国立近代美術館~


アートオタクな天使のスパルタ鑑賞塾~東京国立近代美術館~

 

まる
こんにちは、girls Artalk編集長のまるです!
メディアを立ち上げはしましたが、アートの世界は奥深いもの。

まる
「しっかり勉強しなくちゃ」と東京国立博物館に行ったとき、アートオタクの天使「ぷさ」に出会いました。

▼前回の記事はこちら▼
アートオタクな天使のスパルタ鑑賞塾~東京国立博物館編~

まる
ぷささんはアートが好きすぎるあまりに、ときどき口うるさいこともあるけど、

まる
色々教えてもらう中で、アートを見るのがますます楽しくなった私。

まる
今回はそんなぷささんと一緒に、竹橋にある東京国立近代美術館に来ました。
まる
ぷささん、今日は近代美術館でのレクチャーをよろしくお願いします!
ぷさ
任せておけ! でも俺、近代美術が好きすぎて早口になってしまわないかが不安だなぁ~。
まる
早口? それ、いつもじゃないですか?
ぷさ
う、うるさい……! まずは前回同様、建物の解説からだ!

元のほうがスタイリッシュだった? 東京国立近代美術館の外観

ぷさ
この建物を見て、何か気づかない?
まる
うーん……大きい?
ぷさ
そうだな(笑)。実はこの建物は改装されているんだよ。
まる
えぇっ、そうなんだ! 前の建物はどんな感じだったんですか?
ぷさ
こんな感じだよ。

まる
ん? あんまり変わってなくないですか?

ぷさ
まぁ外観はね。でもほら、内観がすごいでしょう?谷口吉郎という建築家の設計で、中も吹き抜けで中3階のようなものもあったんだって。すごくカッコよかったんだけど、展示スペースが狭いという理由で2002年に内装を中心に改築されたんだ。改築されてしまった美術館は他にもたくさんあるんだけど、どこだか知ってる?
まる
うーんと……国立西洋美術館?
ぷさ
正解!国立西洋美術館は、ル・コルビュジェの建築として世界遺産に登録されたんだけど、展示室を増やしたことで“コルビュジェらしさ”が消えてしまったんだよね。
まる
そうなんですね……ちょっと残念。
ぷさ
でも、建築物自体を残しただけでも良かったのかもしれない。たとえば、東京都美術館は1970年代に全部取り壊して建て直してしまっているから、「形を変えても残す」ことが大事なのかもしれないね。存続が危ぶまれている神奈川県立近代美術館鎌倉館(坂倉準三設計)はぜひ残してほしいね!

まずは“近代絵画の父”セザンヌを見よ


ポール・セザンヌ《大きな花束》1892-95頃

ぷさ
早速絵画を見ていくぞ。まる、これは誰の絵かわかるか?
まる
もちろん! セザンヌですよね!
ぷさ
そう、近代絵画の父、セザンヌの絵だ。人間が見たままを表現する技法を編み出した人で、キュビズムや印象派などの元になった人でもある。
まる
そんなにすごい人だったんですね!
ぷさ
うん。ルノワールに師事した梅原龍三郎も、セザンヌの影響を受けている。よく見ると、色と構図がセザンヌの絵によく似ているんだ。今回は紹介できないけど、同じ展示室にあるから、近代美術館に来たらぜひ見比べてみてほしい。

日本人はリアリズムが苦手?

荻原守衛《女》1910年

ぷさ
次は、荻原守衛(おぎわらもりえ)の作品だ。碌山(ろくざん)とも言う。まる、これを見て率直な感想を教えてくれ。
まる
うーん、随分とマッチョな女性ですね。
ぷさ
そう! でも、顔をよく見ると典型的な日本人顔でしょ? 実はこれ、相馬黒光(そうまこっこう)さんという女性がモデルなんだ。荻原守衛が愛した女性で、カレーで有名な新宿中村屋の創業者でもある。
まる
すごい! 新宿中村屋を創業するような女性は身体つきも違いますね!
ぷさ
バカ! 100年以上前の日本人女性がこんな体格なわけがないだろう!
まる
た、確かに……。じゃあどうしてこんなちぐはぐな身体になっちゃったんですか?
ぷさ
西洋の近代芸術をそのまま輸入してしまったからだね。西洋美術はあくまで西洋発祥のものだから、日本人はそっくりそのままマネするしかなかった。だから、日本の近代のリアリズムは“リアルじゃない”不自然なものが多いんだよね。
まる
リアリズムなのにリアルじゃないって不思議。日本人はリアリズムが苦手なんですね。

松本竣介《黒い花》1940年

ぷさ
そうも言えるな。あと、近代リアリズムの作家の特徴としては「伝説の作家」と呼ばれる人が多い。この松本竣介(まつもとしゅんすけ)も、戦中に反戦を訴えた数少ない作家として伝説になっている。
まる
ふ~ん……でも、どうして近代リアリズムの作家には「伝説の作家」が多いんですか?
ぷさ
松本竣介もそうだけど、若くして亡くなった作家のほうが伝説になりやすいというのは理由の1つだね。年を重ねると前線で活躍できなくなったり、新しい作風にチャレンジして失敗したりと、評価を下げる要素が増えてきちゃうから。
まる
若いときから死ぬまでずっと活躍し続けるって、本当にすごいことなんだなぁ。

ゴッホを目指した萬鉄五郎、「麗子像」の岸田劉生

萬鉄五郎《太陽の麦畑》1913年頃

ぷさ
日本人がいかに日本的リアリズムの実現に苦戦したかがわかる作品はまだあるぞ。次は、萬鉄五郎(よろずてつごろう)だ。
まる
え! この絵、ゴッホの絵かと思いました!
ぷさ
でしょ? 萬本人も相当にゴッホを意識している。でもよく考えてみてよ。こんな色使いで表現するような場所、日本のどこかにあると思う?
まる
確かに「The 西洋」な雰囲気ですね。
ぷさ
うん。西洋的風景画の手法で日本の風景を描いているから、違和感が出ちゃうんだよね。


萬鉄五郎 《裸体美人》 1912年  重要文化財

ぷさ
ただ、彼は構図がものすごく上手だよね。この絵なんかは、奥側から手前にかけて2つの画面を1つの絵に調停しているところは、萬の独自性だと思う。


岸田劉生《麗子六歳之像》1919年

ぷさ
次は、岸田劉生(きしだりゅうせい)ね。言わずもがな「麗子像」で有名な作家だ。彼は非常にうまい作家だよね。
まる
ぷささんからお褒めの言葉が出るなんて……岸田劉生、よほど上手なんですね!
ぷさ
うん、本物の麗子はもうちょっと可愛いんだけど(笑)、写実的だよね。ただ、“日本的”西洋画を実現しようとして、少し不気味な印象になってしまった感は拭えない。
まる
ぷささん、厳しいなぁ。もう少し優しくないと、女の子に嫌われますよ?
ぷさ
……まる、お前の言葉が一番厳しいぞ。

シュルレアリスムと戦争画がうまい日本人

北脇昇《最も静かなる時》1937年

まる
ねぇ、ぷささん。今回は厳しいコメントが多すぎますけど、日本近代絵画にポジティブなコメントはないんですか?
ぷさ
あるよ! まず、日本のシュルレアリストは世界的に見ても、かなりうまい。自分のイメージを率直に描くことができた。シュルレアリスムの背景である「無意識」に国家の別はないってことだね。
まる
お、完全に褒めた……! たとえば、誰の作品がありますか?

北脇昇《最も静かなる時》1937年

ぷさ
特にうまいのは北脇昇(きたわきのぼる)だね。どこがっていうと、空間の作り方が別格にうまいね。シュルレアリスムでは無意識や異世界を意味する「地平線」の描写がとても重要なんだけど、北脇は地平性を“線”ではなく“空気”として描いている。空間の奥行きを濃淡や構図だけで描くことができたのが素晴らしいんだ。仏教の影響が色濃く出ているのかもしれないね。

中村研一《コタ・バル》1942年 無期限貸与

ぷさ
あとね、リアリズムが苦手な日本人も戦争画だけはめちゃくちゃうまいんだよ。
まる
うっ……、リアルすぎて見るのが辛くなっちゃう……。
ぷさ
うん、筆が乗っているのがわかるよね。皮肉にも、日本リアリズム史上初にして最高の地位を与えられた「リアル」が戦争画だったんだ。
まる
何だか、悲しいですね……この時代の作家さんはみんな戦争画を描いたんですか?
ぷさ
戦前や戦中に、シュルレアリスムを描いた作家もいたんだけど、投獄されたりして表舞台に出ることが許されなかったんだ。だから歴史に名を残している人は戦争画を描いているね。有名なのは藤田嗣治なんだけど、二番目に多く描いたのが中村研一という作家なの。
ぷさ
でも戦後になって“美術家の節操論争”が起きたんだ。これは戦争画を描いていたのに、いきなり進駐軍向けに「慰安のための展覧会」を開催しようとしたことへの批判から始まったんだけど、このとき藤田は他の画家たちから1人だけ悪人に仕立てられて、追放され、フランスで帰化しちゃうんだ。
まる
えぇ!? 他の大勢も戦争画を描いていたのに!?
ぷさ
そう、可哀想だよね。で、この美術家の節操論争が発展して起こったリアリズム論争の後に出てきたのが、河原温(かわらおん)なんだ。グロテスクにも見える“壊れた人間”を描いた「浴室シリーズ」が有名だよ。
その後に、日付を描いた「DATE PAINTING」という宗教的なコンセプチュアルアートに移行したことにも、完成された身体や人間というリアルを描くことへの難しさが露呈しているよね。

おわりに

 

まる
日本の近代絵画のリアリズムには色々なドラマがあったんですね。勉強になりました……!
ぷさ
うん、今回お見せできなかった作品もたくさんあるから、読者の皆さんにはぜひとも近代美術館に足を運んでみてほしいね。

ぷさ
余談だけど、近くにある近代美術館の一部である工芸館もカッコいい建物なんだよなぁ。100年以上前に建てられたものなんだけど、元は天皇を守る近衛兵の庁舎だったんだよ。ところで、まるは『シン・ゴジラ』を最後まで観た?
まる
はい、観ましたけど。科学技術館からゴジラをやっつけますよね?
ぷさ
そう! 俺はあれにはものすごく納得が行っていないんだ!科学技術館からゴジラを倒すというのは、日本が科学技術立国だということの象徴だと思うのだが、やはりアートオタクとしては日本的な技術の象徴であり、天皇を守る建物でもあった工芸館からゴジラを倒すべきだったと思うんだよね!
まる
はぁ……。
ぷさ
何だよ! 文句あるのかよ! 俺よりもアートに詳しくないくせに! もう美術館に付いていってやらないからな! バーカ、バーカ!

 

まる
ぷささん、そんな言い方ひどい! 優しくない人はこっちから願い下げです! もう二度と美術館に付いてこないでくださいね!
ぷさ
えっ、まる……? ちょ、ちょっと待て、待って~!


まる
(ぷささん、これで少しは優しくしてくれるかな?)

ぷさ
……優しく教えるから、付いていかせて?

まるとアート天使ぷさの美術館巡りは続く。

 

 

文:佐々木ののか 写真:吉澤威一郎
出演:花房太一、新井まる

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花房太一 HANAFUSA Taichi

美術批評家、キュレーター。1983年岡山県生まれ、慶応義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院(文化資源学)修了。牛窓・亜細亜藝術交流祭・総合ディレクター、S-HOUSEミュージアム・アートディレクター。その他、108回の連続展示企画「失敗工房」、ネット番組「hanapusaTV」、飯盛希との批評家ユニット「東京不道徳批評」など、従来の美術批評家の枠にとどまらない多様な活動を展開。
ウェブサイト:hanpausa.com