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絵から紐解く2人の物語 ゴッホとゴーギャン展〜リアリティとイマジネーション〜

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2016年10月20日


絵から紐解く2人の物語 ゴッホとゴーギャン展〜リアリティとイマジネーション〜


絵から紐解く2人の物語 
ゴッホとゴーギャン展〜リアリティとイマジネーション〜

 

「ど、どうしよう、明日とうとう会えるんだ……。」

取材の前日から、胸が高鳴り高揚する私。駅の看板、チラシ、ウェブで展覧会の案内をみるたび!そしてそこに映し出されているゴッホの作品をみるたび!この展覧会が楽しみで仕方ありませんでした!

私は、ゴッホがとても大好きで、ゴッホの絵を見ると反射的に胸がしめつけられてしまうのです。

 

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そうです!待ちに待ちに待ち望んでいたゴッホとゴーギャン展がついにやってきたのです!

ゴッホとゴーギャンの関係は有名なエピソードが沢山あり、そして諸説ある彼らの人生は、文献をあたれば私が知らないエピソードもきっとあることでしょう。その量は膨大でどんなことをここで織り交ぜようか、とても迷いました。しかし、その中でもこの展覧会だからこその見どころの3点を中心にしてレポートしていきたいと思っています。

さあ、ゴッホとゴーギャン、二人の物語のはじまりです。

 

第1章は、ゴッホ、ゴーギャンそれぞれが画業を始めた頃の作品です。さらに、バルビゾン派のミレーや印象派のモネ、ピサロらも飾られています。2人が生きた時代のどのような絵画から感銘を受け自分のスタイルに取り込んでいったのかがとてもわかりやく、彼らの目線からその時代に存在していた絵画を楽しめるという魅力的な展示となります。2人とも独創的なスタート、というよりも、その頃の絵画をしっかりと彼らなりに咀嚼していたのでしょう。後に異端児扱いされていたゴーギャンや狂気のゴッホという印象が強い方は意外に思うかもしれません。

 

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そして、2人に最も共通していたことは、近代的な生活とは無縁の農民たちや素朴な社会に心を動かされ絵画にしていたということです。

 

第2章では、ゴッホがパリに移り住んだ頃の作品が並びます。

この頃ゴッホは、暗い色調による描き方から色彩豊かな絵画に変わっていきます。印象派と日本の浮世絵から影響を受けたのです。さらに、色彩理論を学んでいき、補色の並置や光りの効果など科学的な表現様式も取り入れていきます。ここに、見どころの1つ目であるゴッホの自画像があります。パリに来た後、1年ほどの間で描かれた自画像3点が並んで展示されており、その違いは一目瞭然です。

 

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パリに出てきた頃描いていた暗い印象のものから、印象派の影響を受けて明るく自由な筆さばきへの変化を楽しめます。

一方、ゴーギャンは原始的な生活を求めブルターニュやマルティニク島に滞在し、牧歌的な光景を絵画にしています。彼も同様に他の画家から影響を受け色調に変化が生まれていきます。

 

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そして、1887年の終わり、2人は出会います。

 

第3章は、アルル時代の作品です。パリから先にアルルに到着したのはゴッホ。その後ゴーギャンを誘い、2人の共同生活が始まります。ゴッホは、ここで芸術家のコミュニティを作り上げることが夢だったのです。ゴッホはゴーギャンを迎えるために、彼に喜んでもらおうとひまわりの絵を描き部屋に飾りました。ゴッホの輝くほどの純粋さから描かれた絵画だったのでしょう。しかし、その純粋さが悲劇の道へといざないます。2人の芸術に対する意見が次第にかみ合わなくなっていきます。

 

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ゴッホは、芸術のもつ人の慰めとなる性質を重要と捉え、自身が描く作品の目標としました。そして、絵画を制作する上で大切にしたことは、現実を見つめ、ひたすらに観察を重ねてリアリティを追求して描くことです。しかし、一方ゴーギャンは、記憶や想像から描くことを重要と考え、象徴主義的・抽象的な要素が大きくなっていったのです。それがわかる「収穫」の作品を紹介しましょう。これが見どころの2つ目と言えるでしょう。ゴッホの麦の収穫とゴーギャンの葡萄の収穫です。

 

imgp1396ポール・ゴーギャン<ブドウの収穫 人間の悲惨> 1888年  オードロップゴー美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ <収穫> 1888年 ファン・ゴッホ美術館

 

左側にあるゴーギャンの絵は、アルルの葡萄畑にもかかわらず、ブルターニュの民族衣装をきた女の子が手前に描かれているなど、記憶を組み合わせた独自の作品になっているのです。ゴッホもこのような手法を試みたり、彼の影響なのか色が厚く塗られるようになったりしましたが、やはり彼の追求することは本質的なリアリティだったのです。

 

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こうした違いから諍いが増えた2人。最終的にゴッホは耳の一部を切り落とし、その後精神病院に入院します。ゴーギャンは、ゴッホに顔を見せることなくそのままパリに帰ったといいます。

2人が一緒に住んだのは、ほんの、2ヶ月でした。

 

第4章は、共同生活後のゴッホとゴーギャンの作品が並びます。

ゴッホは、サン-レミの療養院に2週間入院、その後、パリから電車で北上して1時間ほどの田舎町オーベルシュルオワーズに移り住み、ここで最期を迎えます。彼は、生涯通して苦しい人々の生活に気持ちを寄せ続け絵のモチーフとしていました。そこに彼は共感と人々の美しさを見出していたのではないでしょうか。

 

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一方ゴーギャンは、ブルターニュに戻り、宗教的な意味合いの強い象徴的な作品が生まれていきます。彼のモチーフは、より原始的な生活であり、そこに神秘さを見出していたように感じ取れました。

 

imgp1411ポール・ゴーギャン<紡ぐブルターニュの少女> 1889年 ファン・ゴッホ美術館
ポール・ゴーギャン<家畜番の少女> 1889年 静岡県立美術館

 

実は、彼らは別離の道を歩んでいたこの間にも、お互いに関心を持ち続け芸術について熱く手紙のやり取り交わしていたのでした。ゴッホはゴーギャンの記憶から制作する手法にも再び挑戦もしていたようなのです。もちろん、2人の描く絵画を見ると、お互いに響き合いながらもそれぞれが自身の芸術スタイルを確固たるものにしていったことがわかります。

 

第5章は、ゴッホの死後にゴーギャンがタヒチ島、ヒヴァ・オア島で描いた作品が並びます。3章に展示されていたゴッホの描いたゴーギャンの椅子の対になるように、ここではゴーギャンが終焉で描いたひまわりの絵が飾られています。これが見どころの3つ目と言えるでしょう。「お互いを想って」というこの展覧会の背景にあるテーマが感じられます。ゴーギャンは、わざわざひまわりの種をフランスからタヒチ島に取り寄せたといいます。ゴッホが自分のために飾ってくれたひまわりの絵を、今度はゴーギャンが彼を想って描いたのでしょうか。

 

imgp1402フィンセント・ファン・ゴッホ <ゴーギャンの椅子> 1888年 ファン・ゴッホ美術館

 

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ポール・ゴーギャン<肘掛け椅子のひまわり>1901年  E. G.ビュール・コレクション財団

 

ゴッホが亡くなって11年たった後も、ゴーギャンは彼から刺激を受け表現活動を続けていたのです。さらに、彼ら2人ともただ情熱のままに突っ走っていたのではなく、自分が表現したいことを表現するために、1つ1つ技術の向上に力を注ぎ続けた実直で誠実な勉強家、努力家であったことが作品の移り変わりからもわかります。

 

これはゴッホとゴーギャンが自分と相手との間に揺れ動く2人の物語です。2人が関心を寄せるモチーフにある種の共通点があり、つまりそれは人生で何に魅かれるのかという感性が響き合う部分があったのかもしれません。自身の価値を誰にもわかってもらえなかった彼ら。自分の作品を深く理解してくれる仲間と出会うのです。身を焦がすような強い情熱で絵画と向き合う各々の姿勢は仲間として申し分ありません。孤独が強かった分、喜びは大きかったはずです。私たちは切磋琢磨しながら自分のスタイルを作り上げていける、そう信じていたのでしょう。しかし、喜びが大きい分、違いが生まれることに激しい憤りが生まれます。お互いを尊敬しているからこそ、同じでありたい、わかり合いたい。それを強く願いすぎてしまう脆さ。好きなのに同じではない、そんな相反するような感情に持ちこたえられなかったのか。はたまた、『君は僕の絵を認めてくれていたはずなのに、僕が求めているものとは違う絵を描く。』そんな相手を許せなかったのかもしれない。破綻してしまった2人の関係。しかし、破綻したことで、本来の自分を取り戻していけたのかもしれません。それでもなお2人はそれぞれ描き続けます。終わらない2人の関係。きっと彼らは単純に、相手の作品が本当に好きだったのでしょう。2人のアルルでの生活は、決して悲劇的な結末を迎えて終わり、ではないのです。2人が出会ったことで生まれた何かを、彼らはその後意味のあるものへの変えていき、絵画を通して永遠となっています。それは人生における物語性というものを示唆してくれているように感じます。ほんの2ヶ月のようで、それは永遠なのです。

 

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いかがでしょうか。ゴッホとゴーギャン2人の息吹を少しは感じていただけましたか。

今回の展覧会では、このように、関係の上にそれぞれが画家として成長し続けていったこと。そして、作品の性格が移り変わる様子を主流に構成されています。

しかし、まだまだ身体で彼らを感じきれてはいないはず。絵を生で見た時の、そのツヤ感、ぬめり感、輝きへの身震いや、2人の人生が動画のように頭の中を駆け巡る鼓動の驚愕を。

 

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フィンセント・ファン・ゴッホ <刈り入れをする人のいる麦畑> 1889年 ファン・ゴッホ美術館

 

ゴッホは「麦の一生は僕らの生涯のようなものだ」と弟テオへの手紙に書いていたそうです。彼が追求した「リアリティー」の中にも、私はしっかり「イマジネーション」を感じます。彼が尊敬していたゴーギャンが大切にしていた「イマジネーション」です。

文・Yoshiko

 

【情報】

ゴッホとゴーギャン展〜リアリティとイマジネーション〜

会場:東京都美術館 企画展示室
会期:2016年10月8日 – 2016年12月18日
開室時間:9:30~17:30 ※入室は閉室の30分前まで
(金曜日、10月22日(土)、11月2日(水)、11月3日(木)、11月5日(土)は20:00まで)
休室日:月曜日、10月11日(火)
※ただし10月10日(月・祝)は開室
観覧料:一般1600円、大高生1300円
HP:http://www.g-g2016.com

 

 



Writer

Yoshiko

Yoshiko - Yoshiko -

東京都出身。中高は演劇部に所属。大学、大学院と心理学を専攻し、現在は臨床心理士(カウンセラー)として、「こころ」に向き合い、寄り添っている。専門は、子どもへの心理療法と家族療法、トラウマや発達に関することなど教育相談全般。

子どもの頃から読書や空想、考えることが大好きで、その頃から目に見えない「こころ」に関心があり、アートや哲学にも興味をもつ。

内的エネルギーをアウトプットしているアートと沢山携わりたいとgirlsartalkに参加した。昨年はゴッホ終焉の地であったオーベルシュルオワーズを訪れるため、パリに一人旅をし、様々なアートを見てまわる。






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