feature

荒俣宏が読み解く ゲアダとリリのひみつ アールデコのパリに咲いた二輪の花 

NEWS

2016年4月2日

荒俣宏が読み解く ゲアダとリリのひみつ アールデコのパリに咲いた二輪の花 


アールデコ期のパリで活躍したデンマーク出身の女性挿絵画家 ゲアダ・ヴィーナ。

彼女は、20世紀前半にアーモンド形の眼と中性的な体つきの美女リリーをモデルとしたファッショナブルな風俗画で、

一世を風靡しました。しかし1930年代に入り、流行の先端がパリからアメリカに移り、風俗画が廃れピンナップ写真が

全盛を迎えるにつれその存在は、忘却の彼方へと追いやられました。同時に、彼女の美人画のモデルが夫であり、

後に女性への性転換手術を受けることとなる謎の美女「リリ」であったことも長らく歴史の表舞台から忘れ去られて

いましたがこの度数奇な運命の巡り合わせにより、21世紀の東京の街でその原画と評伝集そして二人をモデルにした

小説が原作となった映画が楽しめるという奇跡が起きていました!

現在、絶賛公開中の注目のトム・フーパー監督の映画、「リリーのすべて」(2015)で描かれているトランスジェン

ダーの夫と妻の物語モデルとなったカップルの実像に迫る荒俣宏氏による渾身の作品&評伝集「女流画家 ゲアダ・

ヴィーナと『謎のモデル』」(新書館)が先日刊行されました。

 

②表紙_「疲れたガルソリエール」(1916)

 

この新著刊行を記念して、荒俣氏が20年にわたりパリ、ロンドンなどで収集してきたゲアダの作品の展示「荒俣宏の

秘蔵アール・デコ画展 ー『リリーのすべて』夫婦の秘密ー」が3月21日(月)~3月26日(土)までの間1週間限定で

銀座モダンアートにて行われました。

 

③展示風景.JPG

 

オープン初日には、荒俣氏による作品解説およびトークイベントが開催され、ゲアダファンやアールデコファンらが

詰め掛け会場は大盛況となりました。会場には約27点(書籍3点)ほどの荒俣氏秘蔵のゲアダ作品が掲載された貴重な

雑誌やポスターが所狭しと展示され、またポストカートおよび複製原画のも販売されていました。

 

④販売風景

 

評伝集では、映画ではほとんど触れられていない、1910年代から1930年代の約20年の間、花の都パリにて「ラヴィ・

パリジェンヌ」や「ル・スーリール」となどの人気風俗雑誌で挿絵「アール・ガラン」の代表的な画家として活躍した

ゲアダと時には彼女の描く最先端ファッションに身を包んだモダンガールの「リリ」として、ある時には彼女の作品

の背景に精巧な建物を描く助手として共に過ごした夫アイナの素顔と足跡を作品群から辿ることが出来ます。

映画「リリーのすべて」は、2000年に故郷デンマークの作家デビット・エバショーフによって執筆されたベストセラー

小説「原題:The Danish Girl」が原作となっており、ひょんなきっかけから女装に目覚め、やがて自身の内面から

湧き出る女性としての人格と実際の肉体の男性性との相違に苦しみ、ついにはドイツで性転換手術を受けることに

なる夫アイナとそれを共に献身的かつ驚異的な包容力で支え共に戦った妻ゲアダの姿が情感豊かに極上の俳優陣に

よって演じられています。

 

⑤「若い女性の横顔」(1916)

 

 

映画は、本作品でアカデミー助演女優賞を受賞したアリシア・ヴィキャンデルの繊細な演技、時代考証に基づく色彩

豊かで華麗な衣装、そしてエディ・レッドメインの変幻自在な魅力を堪能できる見応えのある作品です。しかし、

本当にこんなに二人はつらい時ばかりを共に過ごしてきたのか?あらゆる才能が渦巻き、芸術や音楽の最先端だった

当時のパリという特殊な環境で女装の夫と先進的な芸術家の妻という立場で楽しく暮らすことはできなかったのか?

という疑問を抱いたのですが、それをこの荒俣さんの著書が解き明かしてくれます。同時に、優美かつ大胆なゲアダを

初めとする同時代の画家たちの作品の数々を通して、世界がモダンなライフスタイルを確立し、近代的な機械技術の

発展を信じ、都市生活を楽しんでいた人々の自由な精神に思いをはせることが出来ます。

 

ちなみに、評伝によると荒俣さんの本は、ニールス・ホヤーア著の「男になった女」(1933)という評伝風の書籍が

資料となっているとのことでした。そして、この書籍は、さらに元を辿るとリリの死後直後に出版された「女になった

男 -リリ・エルベの告白」(1931)というデンマーク人の女性ジャーナリスト、ルイーズ・ラッセンにより執筆され

た著書のドイツ語版の英訳が典拠となるということです。

 

荒俣さんは、トークイベントにて、著書を引用しながらゲアダ・ヴィーナ作品の人気の秘密に関して話していくつか

印象的なお話をしてくれました。

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

・美脚はデンマーク美人の誇りであり習慣 

ゲアダの描いた女性像が当時の人々を虜にしたのにはいくつかの理由がありました。特に初期の1910年代の挿絵では

ゲアダは、当時まだ女性が脚をあらわにする習慣がなかったにもかかわらず、大胆なストッキングに身を包み、その

脚線美を強調したものが多く見られます。男女問わず脚線美が自慢であったデンマーク人の中でもひときわ美しい

脚線美を誇っていた社交界の花リリの姿は、パリッ子を魅了しました。その時期のパリの雰囲気は日本から逗留して

いた藤田嗣治や蕗谷虹児らのエトランジェな画家たちを通じ、少なからず日本の美術にも影響を与えていたと考えら

れています。

 

20世紀初頭のヨーロッパでは、パリやロンドンで開催されていた万国博覧会が大変なブームであり、日本は茶屋の

ようなブースをパノラマ館で芸者と共に出展していました。また1900年前後にロンドンやパリで興行を行っていた

日本女優、川上 貞奴(かわかみ さだやっこ)も評判をとり、ジャポニズムなビューティーが熱狂的に迎えられて

いました。荒俣さんによると、1891年にロシアのニコライ皇太子が日本訪問中に、琵琶湖の近くで巡査に突如切り

付けられた大津事件の裏には、実はニコライがパリで人気を博した「ニッポンのムスメ」に会いたくて来日していた

のではないか、という説もある、ということでした。もしニコライが切りつけられるような事件がなければ、日本の

娘と恋に落ちていたかもしれません。

 

・アイナとゲアダとリリ 夫と妻と女になった夫との「3人暮らし」

女装を始めた当初、ゲアダは、謎の美女リリを「アイナの妹」だと紹介していたそうです。そして、女装したリリを

ゲアダはより美しさが際立つ形で肖像画や挿絵に描き、その少女のようでありながら艶めかしい美しさが「ゲアダが

描く一枚一枚の「リリ」がそのまま実際のリリ(アイナ)の魅力に追加されていく」ような変貌を遂げリリはさらに

魅力的な社交界の花となってパリの夜や避暑地で輝いたのでした。評伝によると、3人はパリのオスカー・ワイルド

が、かつて滞在していたというホテルに住んだこともあるとのことです。この生活を続けるにつれて、アイナに戻る

ことが次第に困難になり、またアイナを常にリリに変身させ苦しめているのでないか、とゲアダは罪の意識にさいな

まれ、やがて世間からは、アイナに戻ったリリが男装をした女性のように見え、好奇の視線にさらされるという悲し

い事態を迎えることになるのです。

 

⑦「ウエヌスの化粧」(1927)

 

・リリの受けた過酷なX線治療

性的倒錯が、深刻な精神病だと誤って考えられていた当時、自身の体に同居するアイナとリリの存在に苦しみ続けて

いたアイナは、医師よりX線治療を勧められます。映画「リリーのすべて」にも皮の拘束具を着せられたアイナが

ものものしい雰囲気の中、ビリビリのX線治療を受けるという場面がありますが、これは、大変な苦痛を伴う上に、

かつ無益な治療法だったようです。当時X線は皮膚を通して骨が見えるという奇術的な視覚効果が注目され、その

副作用に人々が気がつくまでは時間を要しました。事実、1901年ごろ開館した浅草の電気館という娯楽施設(後に

活動写真劇場となる)では、X線を使った実験ショーが行われていたそうです。現在の感覚では、信じがたい事実

ですが、この荒療治により繊細なリリが精神的にも肉体的にも深く傷ついたのは間違いなさそうです。評伝によると、

実際この出来事の後、アイナは自殺をほのめかすようになったそうです。

 

このほか、約1時間のトークの間荒俣さんは持参した展示には含まれていない図版も示しながら、ゲアナの画風が

リリとの関係が終焉を迎えるにつれ、ギリシア神話をモチーフに3人の女性像を描くようになり、ついには過激な

性的描写を描くなどの変化を遂げ、そしてリリの死後、マッチョなイタリア人と再婚もしてはみたものの、最後は

ナチス支配下にあったコペンハーゲンの安アパートででひっそりと孤独に亡くなったというお話を聞き、まさに耳で

ゲルダの一生を掘り下げた評伝を聞くことができました。

 

トーク終了後は荒俣さんによるサイン会が行われ、私自身もサインを頂戴することが出来ました。

 

⑧荒俣氏記念撮影

 

イサドラ・ダンカンや、コレット、ジョセフィン・ベーカーなどの憧れの女性ダンサーや小説家などと同時代を

鮮やかに駆け抜けた稀有な運命を辿ったゲアナの息吹を間近に感じられる素敵なイベントでした。

 

映画「リリーのすべて」でゲアダやリリ、そして彼らが生きた時代についてもっと知りたいと思った方には、

荒俣さんの著書「女流画家 ゲアダ・ヴィーナと『謎のモデル』」もぜひ、合わせて読んでみてください。

 

 

レポート:ソウダ ミオ 

 

 

【情報】

<展覧会>*会期終了

荒俣宏の秘蔵アール・デコ画展 ー『リリーのすべて』夫婦の秘密ー

会期:2016年3月21日(月・祝)〜26日(土) 12:00-20:00 最終日は19時まで

入場無料

会場:銀座モダンアート 

住所:〒104-0061東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル608 

公式サイト:http://ginzamodernart.com/ 

 

<荒俣さん著書>

荒俣宏『女流画家ゲアダ・ヴィーイナと「謎のモデル」〜アール・デコのうもれた美女画〜』

出版社:新書館

発売日:2016年3月8日
判型:A5判変型並製
本体価格:1800円(税抜)
ISBN:978-4-403-12025-1 

 

<映画>

「リリーのすべて」

原題:The Danish Girl

公開日:2016年3月18日(金)全国公開

監督:トム・フーパー

脚本:ルシンダ・コクソン

出演:エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィキャンデル、ベン・ウィショー、

公式サイト:http://lili-movie.jp/