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〜ぷさ天使のアートなささやき〜 くらもちふさこ・いくえみ綾 二人展「“あたしの好きな人”へ」

NEWS

2018年2月23日

〜ぷさ天使のアートなささやき〜 くらもちふさこ・いくえみ綾 二人展「“あたしの好きな人”へ」


 

〜ぷさ天使のアートなささやき〜 くらもちふさこ・いくえみ綾 二人展「“あたしの好きな人”へ」

 

 

girlsArtalkの名物企画「アートオタクな天使のスパルタ鑑賞塾」のぷさ天使が、気になった展示を紹介する新コーナー「ぷさ天使のアートなささやき」。 ぷさ天使が今回注目するのは少女漫画。アートオタクが少女漫画!?意外な組み合わせのコラムをお楽しみ下さい。…え?ぷさ天使が男じゃないかって?天使だから性別は必要ないんです!では、早速コラムスタート!

 

 

 

 

 

 

わたしの家にはマンガがない。正確に言うとほとんどない。壁を専有している本棚に収まっている唯一のマンガは手塚治虫の『ブッダ』のみである。そんなわたしがマンガについて、それも少女マンガの展覧会について何かを書くなどというおこがましいことをしてよいのか不安である。

 

そもそも、今回取り上げる『くらもちふさこ・いくえみ綾 二人展「“あたしの好きな人”へ」』に足を運んだものひょんなことがきかっけだった。青山スパイラルで開催されていた中国人アーティスト、ルー・ヤンのイベントでサエボーグさんの手伝いをしたあとの打ち上げで、たまたまパルコギャラリーのスタッフと同席したのだ。そして、この展覧会にお誘いいただいた。恥ずかしながら、くらもちふさこ先生もいくえみ綾先生も名前すら聞いたことがなかったのだが、無条件に見に行くことにした。自ら見に行くことが普段はないからこそ、誘われたら、その機会を逃さないようにしているのだ。

 

 

 


「バラ色の明日」(いくえみ綾)※展示作品イメージ

 

 

 

 

 

 

前述の通り、わたしは普段まったくマンガを読まない。しかし、興味がないわけではない。1983年生まれのわたしは、マンガ雑誌の全盛期の最後を知っている。いまではまったくマンガを読まないわたしですら、井上雄彦『スラムダンク』は全巻持っていたし、浦沢直樹は大好きだったし、毎週『少年マガジン』を購入していた。(『はじめの一歩』の引退には涙している。)また、3つ年上の姉が持っている少女マンガを借りて読んだり、当時付き合っていた彼女から、ほとんど無理やりのように矢沢あい先生のマンガ(天使なんかじゃない!)を読まされたりもした。そして、わたしは全てのマンガを面白いと感じた。だから、マンガを読むのをやめた。いまわたしが専門としている美術については、怒りを覚えるまでに面白くない作品に出会うことがある。しかし、わたしはマンガに怒りを覚えることがない。つまり、わたしにはマンガを「判断」する能力がないのだ。だから、マンガは読まなくなってしまった。したがって、ここでわたしはくらもちふさこ先生といくえみ綾先生の作品について、何かを述べることはできない。

 

それでも、二人の漫画家の仕事を「ミュージアム」という場所で、「展覧会」という形式で見せているという現象については語ることができる。

 

会場に到着し、チケットカウンターでいただいた招待券を出す。◯◯さんはいらっしゃいますか?とルー・ヤン展(の打ち上げ)でお会いしたスタッフの名前を告げるが、ここにはおりませんとすげなくあしらわれる。アート関係者っぽい雰囲気を出しまくって話しかけたのだが、伝わらなかったらしい。それもまた新鮮だ。一人でじっくりと鑑賞しよう。

 

 

 


公式図録表紙 イメージ

 

 

 

会場は漫画家志望と見える若者や、二人の漫画家のファンでいっぱいだ。なんとなくベレー帽を被っている人が多いように感じるのは、わたしの偏見ゆえである。いつもどおりの調子で会場を見渡す。作品ごとに原画が並べられており、そのあいだに対談の中でお二人が発言されたことがキャプションのごとく展示されている。ふむふむ、こういう展示か、などとプロっぽい足取りで見ていたのだが、何か違和感がある。異様に作品が見づらいのだ。そして、気づいた。鑑賞者はみな、展示されている原画に食いつかんばかりの近距離から鑑賞していたのだ。それでは、作品の全体像が掴めないではないか!と思うのだが、間違っているのはわたしのほうだ。なぜなら、これはマンガの展覧会なのだから。

 

昔からの持論として、日本人は世界で一番、鑑賞距離が短いと思っている。実証的研究データを見たことがないので確証はできないのだが、海外のミュージアムでは、作品の全体像を把握できる距離から鑑賞することが一般的なようだ。それに比べて日本の鑑賞距離は非常に短い。これは、美術教育から鑑賞教育が欠如しており、制作教育に偏っていることに原因があるのではないかと見立てている。

 

美術展での鑑賞距離にも驚くのだが、今回のマンガ展での鑑賞距離の短さには驚くべきものがあった。おそらく鑑賞者の多くがマンガを日常的に描いているのだろう。そうであれば、その描き方を細かく観察することには頷ける。しかし、同時にわたしは気づいた。そもそも、マンガは近くから見ることを前提として描かれた絵なのだ。

 

あまりにも当然のことだと思われるかもしれない。しかし、単純なことに過剰に驚いて見せることに観賞の醍醐味がある。マンガは近くから見るべき絵画作品なのだ。より具体的には、わたしの手が届く範囲で見られるものだ。なぜなら、マンガは雑誌や、単行本や、スマートフォンを手に持って見るものだからだ。

 

このことは昨今のマンガを巡る話題と深く関係している。書籍だけでなく、マンガ市場の落ち込みが衝撃をもって報じられた。(参照:出版、最後の砦マンガ沈む 海賊版横行で販売2ケタ減(日本経済新聞)

)その原因として、「海賊版サイトの横行」があげられる。しかし、マンガの海賊版サイトなどずっと前からあった。それにも拘らず、販売数に大きな影響を及ぼしてこなかった(ように見えた)。なぜ、いまになってこれほど海賊版サイトが問題になりはじめたのか。それは、スマートフォンが少年・少女マンガの読者層である中高生にまで広がったからではないだろうか。スマートフォン以前は、デスクトップやラップトップのディスプレイを通してマンガを読むしかなかった。ディスプレイとの距離は、マンガにとっては、あまりに長い。しかし、世界最高のポインティング・デバイスとしての指で操作するスマートフォンの距離は、文字通りマンガにぴったりの距離なのだ。

 

とは言え、それがわかったところで、マンガ・リテラシーの欠如したわたしにはどうしようもない。だから、展覧会に合わせて期間限定で無料公開されていた、くらもちふさこ先生といくえみ綾先生のマンガを全てKindleにダウンロードしてみた。そして、全てを読んでみて、、、はまった。

 

 

 


「天然コケッコー」(くらもちふさこ)※展示作品イメージ

 

 

 

 

 

 

特に、くらもちふさこ先生の『天然コケッコー』にはまり、全巻購入してしまった。島根の田舎にある学校に転校してきた大沢くんとそよちゃんの恋の話である。それだけだ。それにはまった。特に大きな事件が起こるわけではない。二人の恋は、大恋愛でもない。三角関係らしきものがないこともないが、ふわっとした日常のありふれた恋と、愛が描かれていく。なぜ、わたしはこの物語にはまったのだろう。わたしが岡山出身だからかもしれない。そよちゃんをはじめ、村の人々はゴリゴリの島根弁を話す。島根から斜向いの岡山弁の使い手であるわたしにも懐かしい言葉がたくさん出てくる。しかし、時折、馴染みのない言葉も出てくる。そういうときには、ちゃんとくらもち先生が註で言葉を説明してくれる。九州や東北ほど離れていないけれど、お隣でもない、斜向かいの島根弁。わたしは、その「距離」にはまったのだと思う。

 

そして、わたしはKindleのページを捲るスライド・タッチがとまらなくなった。登場人物に共感することは多くなかった。でも、とまらなかった。わたしは、Kindleのページを捲りながら、彼女に借りたあの少女マンガの手触りを追憶していたのかもしれない。そんな気がする。それはもう永遠に触れることができないけれど、確実にわたしの近距離にあった。

 

これからもわたしはマンガを日常的に読むことはないだろうし、マンガについて何かを書くこともないだろう。でも、それはいつでもわたしの斜向い、手の届く距離に、存在している。

 

 

 

展覧会タイトル:くらもちふさこ・いくえみ綾二人展「〝あたしの好きな人”へ」
会期:2018年2月9日(金)~2018年2月25日(日)
場所:パルコミュージアム(池袋パルコ 本館7階) 10:00~21:00 ※入場は30分前まで ※最終日は18時閉場
入場料:700円/学生600円 主催:パルコ
企画制作:パルコ/シュークリーム 協力:集英社/幻冬舎コミックス・小学館・祥伝社・ホーム社
HP:http://www.parco-art.com ■公式インスタグラム:アカウント名 kuramochixikuemi

 

 

 


テキスト内で触れた作品

 

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花房太一 HANAFUSA Taichi

美術批評家、キュレーター。1983年岡山県生まれ、慶応義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院(文化資源学)修了。牛窓・亜細亜藝術交流祭・総合ディレクター、S-HOUSEミュージアム・アートディレクター。その他、108回の連続展示企画「失敗工房」、ネット番組「hanapusaTV」、飯盛希との批評家ユニット「東京不道徳批評」など、従来の美術批評家の枠にとどまらない多様な活動を展開。 ウェブサイト:hanpausa.com