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ベストセラーの本が美術展に!話題の「怖い絵」展

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2017年10月17日

ベストセラーの本が美術展に!話題の「怖い絵」展


 

ベストセラーの本が美術展に!話題の「怖い絵」展

 

 

 

 

絵画に込められたメッセージを時代背景とともに読み解きいたとき、そこには「恐怖」という新しい一面が立ち現れる―。
作家・ドイツ文学者の中野京子氏が特別監修した「怖い絵」展が2017年10月7日から上野の森美術館(東京都台東区)で開催され、大きな反響を呼んでいる。

 

本展はベストセラー「怖い絵」シリーズの刊行10周年を記念し、同著で紹介された作品を筆頭に約80点の西洋絵画・版画を展示する。
とくに初来日となるロンドン・ナショナルギャラリーの至宝《レディ・ジェーン・グレイの処刑》は見逃せない。

 

すでに開催された兵庫県立美術館(会期2017年7月22日〜9月18日)では27万人の動員を記録しており、今回の上野の森美術館でも開幕日から多くの来場者で賑わっている。

 

 


フランソワ=グザヴィエ・ファーブル 《スザンナと長老たち》 1791年 油彩・カンヴァス ファーブル美術館蔵
© Musée Fabre de Montpellier Méditerranée Métropole, France – Photographie Frédéric Jaulmes – Reproduction interdite sans autorisation

 

 

隠された背景を知ることで生まれる「恐怖」

 

 

ひとくちに「怖い絵」と言っても、幽霊画などの怖さとは鑑賞のポイントが違う。この展覧会には、一見少しも怖くない華やかな色彩の絵が意外に多い。しかし、その背景やエピソードを知ったときに見え方が反転する。
それこそが「怖い絵」展の醍醐味である。

 

 


チャールズ・シムズ《小さな牧神》1905-06年 ケンブリッジ大学、フィッツウィリアム美術館蔵

 


左:ジャック=エドゥアール・ジャビオ 《メデューズ号の筏(テオドール・ジェリコー作品の模写)》 1854年 油彩・カンヴァス ボルドー美術館蔵  右:オラース・ヴェルネ《死せるナポレオン》19世紀 ファーブル美術館

 


 

神話や聖書を「恐怖」から読み解く

 

 

ギリシャ・ローマ神話や聖書では、悲劇的な結末を迎えたり人間に理不尽な苦難を強いるものが少なくない。これらを題材とした絵画は、その知識がないと作品に込められた意味がわからないまま「古典的で綺麗なよくわからない絵」で終わってしまうのではないだろうか。神や聖人にまつわるエピソードも馴染みがないため、解説を読んでもピンとこないことが多い。
しかし、恐怖を伴うエピソードは興味を持ちやすい。なぜ怖いのか?そのストーリーを知ることで神話や聖書を深く読み解くことができる。

 

 


ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 《オデュッセウスに杯を差し出すキルケー》 1891年 油彩・カンヴァス オールダム美術館蔵 © Image courtesy of Gallery Oldham

 

 

魅惑的な身体を薄い布から透かし見せ、魔法の杖を掲げる淫靡な女性は、魔女キルケー。ルビー色の酒を差し出し、目の前に現れた古代ギリシャの英雄オデュッセウスを誘惑している。背後の鏡には部下たちを探しに来た彼の姿が映っている。部下はといえば、キルケーの美貌の虜となり魔酒を飲まされてすでに豚に変えられてしまっている(彼女の足元に寝そべっている)
この後、なんとキルケーとオデュッセウスは恋に落ち、1年も共に暮らすというのだから面白い。

 

別れ際、航海にでるオデュッセウスにキルケーは忠告をする。「セイレーンの歌声には心を狂わせる魔力がある。歌が聞こえないように耳に蜜蝋をつめて身を守るように」と。

 

そして、この神話の展開は隣の展示作品へと続いていく。

 

 


ハーバート・ジェイムス・ドレイパー《オデュッセウスとセイレーン》1909年 リーズ美術館蔵

 

 

なんと魅惑的なセイレーンであろうか。
大海原の真ん中で、麗しい裸の美女たちが船べりから這い上がってくる。この世のものとは思えない美しさである。
しかし、キルケーの忠告通りに蜜蝋を耳に詰めた船乗り達には見えていない。一方、船のマストに身をくくりつけたオデュッセウスは、セイレーンの歌声に恍惚の表情を浮かべ、海へ飛び込まんばかりに身をよじっている。

 

 


「強い風の音、波のうねる音、セイレーンの歌声…この絵からはいろんな音が聞こえてきますね」報道内覧会にて解説する中野京子氏

 

 

海の魔女セイレーンは、半人半鳥、または半人半魚の姿と考えられ、美声によって船乗りたちを惑乱させ、船を沈めたという。
英雄オデュッセウスでさえその歌声には抗えない。
本展では作品解説のほかに、中野氏による解説「中野京子’s eye」が作品横に添えられ、より深く鑑賞できる手引きとなっている。

 

 

中野京子’s eye
「恐怖は伝染する。(中略)ファム・ファタール(男を破滅させる運命の女)の正体は、人間ならざる異界のものだといわんばかりだ。この頃は、セイレーンという言葉が娼婦の代名詞として使われていた。」

 


 

かわいいけどゾクッとする異界の生きもの

 

 

 


チャールズ・シムズ《そして妖精たちは服を持って逃げた》1918-19年頃 リーズ美術館蔵

 

 

一見、穏やかで幸せそうな母子の日向ぼっこのシーン。かわいい子供と若い母親の白い肌が森の木漏れ日に照らし出され、柔らかく輝いている。
しかし、ふと母親の差し出す手の先を見ると、そこには現実ならざる者が描かれている。身長10cmほどの小人たちがわらわらと群がり、母子の洋服をどこかへ(おそらくは異界へ)持ち去ろうとしているのである。
目を転じると、背景は暗く鬱蒼と茂る深い森。鑑賞者は一転して、この絵が醸し出す不気味な違和感に戸惑うことになる。

 

中野京子’s eye
「イギリスのヴィクトリア朝時代には、産業革命による急激な都市化や功利主義のいわば反動で、超自然主義なものへの憧れが高まった。(中略)順調な画家生活を送っていたシムズは、第一次世界大戦で長男を失い、自身も戦争画家として戦地で悲惨な状況を目の当たりにした。帰郷同年に描いたのが本作なのだ。この後徐々に精神を病んでゆき、53歳で入水自殺する。」

 


 

ポール・セザンヌが描いた狂気

 

 


ポール・セザンヌ《殺人》 1867年 リバプール国立美術館蔵

 

 

生々しい殺人事件の現場である。暗雲が立ち込める夜中の海辺で、二人の共犯者が、金髪の女性を今まさに刺し殺そうとしている。

 

この作品の最大の驚きは、作者があのポール・セザンヌだということだ。
彼の最初の10年間は暗鬱とした模索の時期であったという。近代絵画の父と言われる画風からは想像できないほど、エロス(性)とタナトス(死)、暴力や激情に溢れていたそうだ。
本作は、セザンヌの心の葛藤を跡付ける一枚である。

 

中野京子’s eye
「セザンヌは20代後半から30代前半にかけて、こうした暴力的でエロティックな作品をかなりの点数描いていた。多くは後年になって自ら破棄し、またセザンヌのイメージと合致しないからと意識的に触れずにきた美術評論家たちのせいで、これらの作品群は一般にはあまり知られていない。だが凶暴さ剥き出しの本作は、むしろセザンヌの新たな魅力を教えてくれる。」

 


 


オーブリー・ビアズリー  ワイルド『サロメ』より《踊り手の褒美》 1894年 ラインブロック・紙 個人蔵

 


ウィリアム・ホガース  『ビール街とジン横丁』より《ジン横丁》  1750-51年 エッチング、エングレーヴィング・紙 郡山市立美術館蔵 © Koriyama City Museum of Art

 


 

見逃せない!ロンドン・ナショナルギャラリーの至宝《レディ・ジェーン・グレイの処刑》が初来日

 

 

縦2.5m、幅3mの大画面にドラマティックに描かれたイングランド初の女王の斬首直前の場面である。女王と言っても玉座に座ったのはたったの9日間。政治の波に飲まれ、反逆罪で16歳の若さで処刑されてしまう。
プロテスタントからカトリックへの改宗を条件に処刑を免れることができたが、ジェーンはそれを拒む。信仰心の強い女性だった。

 

 


ポール・ドラローシュ 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》 1833年 油彩・カンヴァス ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵
Paul Delaroche, The Execution of Lady Jane Grey, © The National Gallery, London. Bequeathed by the Second Lord Cheylesmore, 1902

 

 

目隠しをされたジェーンはサテンの艶やかな純白のドレスを着ており、その肌は透けるように白く柔らかい。可憐な指には真新しい結婚指輪が光っている。司祭がその手を首切り台まで導く。
後ろには、背中を見せて泣く侍女と失神しかける侍女(斬首の邪魔になる豪華なマントやネックレスは脱がされ、この次女が持っている)。

 

まだギロチンが開発される前、斬首は処刑係が斧で行っていたが、失敗することも多かった。(到底思いが及ばないが、ギロチンはスパッと切れる人道的な処刑方法のために開発されたのだ。) 画面右には鈍い光を放つ斧を持った処刑係が苦渋の表情を浮かべている。

 

中野京子’s eye
「……若々しく清楚な白い肌のこの少女は、一瞬後には血まみれの首なし死体となって、長々と横たわっているのだ。そこまで想像させて、この残酷な絵は美しく戦慄的である」

 

この作品は1928年のテムズ川の大洪水により失われたと考えられていたが、1973年に研究熱心な学芸員により奇跡的に発見された。その後ナショナルギャラリーで再公開されるやいなや、絵の前の床が磨り減るほどの観客が詰めかけ人気作に返り咲くことになった。

 

中野氏は「この作品が額付きで借りられなければ展覧会はやめようと思っていた」と作品への強い想いを話した。

 

名画の「違う顔」を探しに、上野の森美術館へ足を運んでみてはいかがだろうか。会期は2017年12月27日(日)まで。

 

 

文:五十嵐 絵里子
写真:丸山 順一郎

 

 

「怖い絵」展 開催概要

会期:2017年10月7日(土)~12月17日(日) ※会期中無休
会場:上野の森美術館
住所:東京都台東区上野公園1-2
時間:10:00~17:00
ただし、土曜日=9:00〜20:00 日曜日=9:00〜18:00
※入場は閉館の30分前まで。
料金:一般 1,600(1,400)円、大学生・高校生 1,200(1,000)円、中学生・小学生 600(500)円
※( )内は20名以上の団体料金。
※小学生未満は無料。
※障がい者手帳の提示、およびその介護者1名は無料。
問い合わせ先:03-5777-8600(ハローダイヤル)

 

 



Writer

五十嵐 絵里子

五十嵐 絵里子 - Eriko Igarashi -

大阪藝術大学芸術学部文芸学科卒業。
2015年に美術検定1級取得。都内で会社員をしながら、現在アートナビゲーターとして活動中。
山形県出身、東京都在住。