feature

ヴィム・デルボアのアート《Tim》に触発された映画『皮膚を売った男』

NEWS

2021年11月11日

ヴィム・デルボアのアート《Tim》に触発された映画『皮膚を売った男』


ヴィム・デルボアのアート《Tim》に触発された映画『皮膚を売った男』

~恋人との再会のためにアートになった男の数奇な運命~

 

2021年11月12日より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて、映画『皮膚を売った男』が公開されます。

本作は、チュニジア出身のカウテール・ベン・ハニア監督の日本デビューを飾る作品で、チュニジア映画としても、そしてチュニジアの女性監督作としても、アカデミー国際長編映画賞に初めてノミネートされる快挙を果たした、記念すべき映画です。

ハニア監督は、1977年にチュニジア共和国で生まれ、チュニスと留学先のパリで映画を学び、ソルボンヌ大学に進学の後、映画学の修士を獲得しました。大学卒業後はアルジャジーラ放送局に勤務、アニメや短編、ドキュメンタリー映画の製作などの広い範囲で精力的に活躍、作品『Beauty and the Dogs』でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門音響賞を受賞しています。

(c)2020 – TANIT FILMS – CINETELEFILMS – TWENTY TWENTY VISION – KWASSA FILMS – LAIKA FILM & TELEVISION – METAFORA PRODUCTIONS – FILM I VAST – ISTIQLAL FILMS – A.R.T – VOO & BE TV

 

著名なアーティストのジェフリーと遭遇したサム
契約成立後の恋人との再会は……

 

『皮膚を売った男』の冒頭は、2011年のシリアが舞台です。主人公のサム・アリには、想い合っている恋人のアビールがいますが、彼女の親は裕福な外交官との縁談を進めていました。

サムはある誤解からシリア当局に過激思想の持ち主と見なされ、シリアの隣国であるレバノンのベイルートへ亡命します。そしてアビールは外交官と結ばれてベルギーへ移住、サムはベイルートでの潜伏生活の中でベルギーへの渡航を望みますが、希望を叶える手段は見つかりそうにありません。

 

サムとアビールは想い合っている仲でしたが……。
(c)2020 – TANIT FILMS – CINETELEFILMS – TWENTY TWENTY VISION – KWASSA FILMS – LAIKA FILM & TELEVISION – METAFORA PRODUCTIONS – FILM I VAST – ISTIQLAL FILMS – A.R.T – VOO & BE TV

 

 

不遇な日々を送っていたサムは、ギャラリーで著名な芸術家のジェフリーと知り合い、ある提案をされます。それはサムの背中にタトゥーを入れ、サム自身を美術館で芸術作品として展示すること。条件をのめばベルギーへの移動と大金を与えると言われたサムは承諾し、自らアートになることで渡航の夢と保障された生活が叶います。しかし、タトゥーの内容やサムの振舞い、恋人との関係性などのさまざまな要素が絡み合い、物語は予想外の方向に向かいます。

 

望み通りにベルギーへ渡航したサムですが、思わぬ事態に直面します。
(c)2020 – TANIT FILMS – CINETELEFILMS – TWENTY TWENTY VISION – KWASSA FILMS – LAIKA FILM & TELEVISION – METAFORA PRODUCTIONS – FILM I VAST – ISTIQLAL FILMS – A.R.T – VOO & BE TV

 

 

映画のインスピレーションの源となった美術作品《Tim》
アーティストのヴィム・デルボアが監督に与えた影響と作品の魅力

 

この映画はベルギーの現代美術のアーティスト、ヴィム・デルボアによる作品《Tim》(ハニア監督が鑑賞したのは、パリのルーブル美術館で開催されたヴィム・デルボアの回顧展における《Delvoye Tim,(2006-08)》)に触発されており、監督がオリジナル脚本として書き上げたものです。なお、ヴィム・デルボアは美術展での撮影協力や、現代アートのアプローチに関してアドバイスするなどの積極的な姿勢を見せ、映画を非常に気に入っているとのことです。

映画のインスピレーションの元となった《Tim》は、ヴィム・デルボアがデザインを請け負ったタトゥーを、タトゥーパーラーマネージャーであるティム・シュタイナーの背中に入れるというもの。そのタトゥーはドイツ人のアートコレクターが買い取っており、ティム・シュタイナーが死亡すると作品は額に入れて飾られ、所有者のアートコレクションに加えられる契約になっているそうです。

《Tim》には、『皮膚を売った男』のサムのような悲壮感は感じられません。それはスイス出身のティム・シュタイナーは、サムのように選択肢がなくて美術品になったのではなく、またサムは美術品になったことを恥じて恋人に隠す一方、ティムは生けるキャンバスとしての役割に納得しているためだと考えられます。

ヨーロッパ圏出身のティムが背を向けて座れば、観客や権威やアートそのものに背を向けて再考を促すという意味にも取れますが、難民のサムが背中を見せていると、顔ではないところばかりを見られ、人権をないがしろにされていると解釈されうるように思います。

 

サムが作品としてオークションにかけられている、衝撃的なシーン。
(c)2020 – TANIT FILMS – CINETELEFILMS – TWENTY TWENTY VISION – KWASSA FILMS – LAIKA FILM & TELEVISION – METAFORA PRODUCTIONS – FILM I VAST – ISTIQLAL FILMS – A.R.T – VOO & BE TV

 

 

ヴィム・デルボアは、1992年のドクメンタ(ドイツで開催される、五年に一度の芸術祭)にて、排泄物の画像を焼き付けたタイルをモザイク状に並べた《Mosaic》を発表し、注目を集めました。その他、タトゥーを豚の体にほどこした《Art Farm》など、物議を醸す作品を多く手掛けています。一方で、鉄やステンドグラスを素材とする、建物や乗り物を模した彫刻も制作しています。

日本との関わりで言えば、ヴィム・デルボアはヨコハマトリエンナーレ2014「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」の出展作家でもあります。ヨコハマトリエンナーレ2014を鑑賞した方は、横浜美術館の前に置かれた、ゴシック風の建築がトレーラーと合体したようなヴィム・デルボアの作品《低床トレーラー》を覚えている方も多いでしょう。《低床トレーラー》は、異質なものの取り合わせによって驚きを呼び起こすとともに、様式的で繊細な美をはらむ、不思議な魅力を持つ作品でした。

『皮膚を売った男』のサムのタトゥーも、美しいと形容されるシーンがあります。作中で垣間見えるサムのタトゥーは目を惹くものがあり、それは恐らくヴィム・デルボアの多くの作品に通じる魅力なのだと思います。

 

高名なカメラマンに撮影されるアーティストのジェフリーとサム。力関係が示されるシーンだが、サムの背中は美しい。
(c)2020 – TANIT FILMS – CINETELEFILMS – TWENTY TWENTY VISION – KWASSA FILMS – LAIKA FILM & TELEVISION – METAFORA PRODUCTIONS – FILM I VAST – ISTIQLAL FILMS – A.R.T – VOO & BE TV

 

エージェントのソラヤが撮影した背中を見るサム。
(c)2020 – TANIT FILMS – CINETELEFILMS – TWENTY TWENTY VISION – KWASSA FILMS – LAIKA FILM & TELEVISION – METAFORA PRODUCTIONS – FILM I VAST – ISTIQLAL FILMS – A.R.T – VOO & BE TV

 

 

現代アートと難民、人間の尊厳や自由……
さまざまな切り口で鑑賞できる、深く美しい物語

 

この映画は、センセーショナルなタイトルや社会的なテーマの深さに着目しても見ごたえがありますが、均整のとれた肉体美や緻密なタトゥー、美術館内の情景や全体的な色彩など、力強く美しい映像も魅力の一つ。主人公のサムや恋人のアビール、芸術家のジェフリーやエージェントのソラヤといった登場人物たちの行動にも逡巡や矛盾が見えて、監督のシニカルで繊細な視点を感じます。また、映画にインスピレーションを与えたヴィム・デルボアもキャストとして登場しており、作品に彩りを与えています。

 

 

自らが展示される美術館内を移動するサム。このショット自体が一枚の絵のよう。
(c)2020 – TANIT FILMS – CINETELEFILMS – TWENTY TWENTY VISION – KWASSA FILMS – LAIKA FILM & TELEVISION – METAFORA PRODUCTIONS – FILM I VAST – ISTIQLAL FILMS – A.R.T – VOO & BE TV

自らが展示される美術館内で、絵画に見入るサム。色彩のコントラストが鮮やか。
(c)2020 – TANIT FILMS – CINETELEFILMS – TWENTY TWENTY VISION – KWASSA FILMS – LAIKA FILM & TELEVISION – METAFORA PRODUCTIONS – FILM I VAST – ISTIQLAL FILMS – A.R.T – VOO & BE TV

 

 

西欧社会の論理と搾取される中東の構図、移民やアートの世界の問題といった深いテーマによって気づきと熟考を得られ、また美しい映像を堪能することもできる『皮膚を売った男』、この機会に是非お見逃しなく。


文=中野昭子

 


参考文献:

BBC News By Harry Low 発行日:2017年2月1日「The man who sold his back to an art dealer」<https://www.bbc.com/news/magazine-38601603> 閲覧日:2021年 10 月 28 日

The Guardian By Celina Ribeiro 発行日:2020年4月21日「Tim alone: Mona’s human artwork is still sitting in an empty gallery for six hours a day」<https://www.theguardian.com/artanddesign/2020/apr/22/tim-alone-monas-human-artwork-is-still-sitting-in-an-empty-gallery-for-six-hours-a-day> 閲覧日:2021年 10 月 28 日

 

 

【作品概要】

『皮膚を売った男』
(2020年/104分/チュニジア・フランス・ベルギー・スウェーデン・ドイツ・カタール・ サウジアラビア/アラビア語、英語、フランス語)
英題:The Man Who Sold His Skin 
仏題:L’Homme Qui Avait Vendu Sa Peau
監督:カウテール・ベン・ハニア(「Beauty and the Dogs(Aala Kaf Ifrit)」(17)第91回   アカデミー賞国際長編映画賞チュニジア代表)
キャスト:ヤヤ・マヘイニ、ディア・リアン、ケーン・デ・ボーウ、モニカ・ベルッチ、      ヴィム・デルボア
配給:クロックワークス

公式サイト:https://hifu-movie.com/

 



Writer

中野 昭子

中野 昭子 - Akiko Nakano -

美術・ITライター兼エンジニア。

アートの中でも特に現代アート、写真、建築が好き。

休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。

面白そうなものをどんどん発信していく予定。