『ルーヴル美術館展 肖像芸術ー人は人をどう表現してきたか』~人類にとって、肖像を残す意味とは~
勝利(Victoria)。それは、いつ時代も、どの民族も宗教や国境を越え、誰もが望むもの。戦争から戻り、その勝利をもたらした軍の兵士たちは誇らしく凱旋門を通り、自らの勝利を讃え、犠牲となった者たちを弔(とむら)う。サモトラケのニケは、勝利の女神のニケとして、ルーヴル美術館のダリュの階段の踊り場に展示され、人々を見守り続けている。とりわけ、権力・富・永遠の愛・名声・成功・美・子孫の繁栄は、人類の長い歴史の中で勝利を象徴する重要なテーマとなっていることが多く、そのことは芸術作品から見て取れることです。
現在、国立新美術館にて『ルーヴル美術館展 肖像芸術ー人は人をどう表現してきたか』が開催中です。本展覧会の主要な作品をご紹介しながら、人類にとっての肖像を残すこと、勝利の意味について、芸術作品と一緒に考えていきたいと思います。
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
《フランス王太子、オルレアン公フェルディナン=フィリップ・ド・ブルボン=オルレアンの肖像》 1842年
Photo © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand
Palais / Angèle Dequier /distributed by AMF-DNPartcom
芸術を通して考える、人類にとっての勝利の意味
西洋文化にとって、肖像画は重要な芸術分野でした。政治的・宗教的権力や富を有する者が、その社会的地位の証として、肖像画を残し、姿形を理想化させ、絵画に残したのです。また、肖像の役割は、その者の身体的特徴を正確に描くだけではなく、内面的な心情を表現し、後世に型やコード(決まった表現の仕方・表現上のルール)に沿って表現し、伝えられたメディアでもありました。
今回の『ルーヴル美術館展 肖像芸術ー人は人をどう表現してきたか』では、美術館の全8部門が誇るコレクションが展示されています。古代メソポタミアから19世紀ヨーロッパに至るまでの多種多様な肖像作品が紹介されています。
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン
1657年頃
《ヴィーナスとキューピッド》
フランチェスコ・マリア・スキアッフィーノ(1668−1763)
《リシェリュー公爵ルイ・フランソワ・アルマン・デュ・プレシ》
伝説に残る大王の筆跡をコードとして韻を踏み、後世に残す権利者の顔
《アレクサンドロス大王の肖像》、通称《アザラのヘルメス柱》
(リュシッポスにより制作されたブロンズの原作に基づく)
2世紀前半、リュシッポスによる原作(前340-前330年頃)に基づきイタリアで制作
イタリア、ティヴォリ出土
現在のギリシャ北部にあるマケドニア王国を治めたアレクサンドロス3世、通称・アレクサンドロス大王(在位:前336−323)は、自身の肖像をギリシャのクラシック期を代表する彫刻家であるリュシッポスに依頼しました。この作品は、彼が制作したブロンズ像《槍を持つアレクサンドロス》(前330年)の頭部をローマ時代に模刻したものです。残念ながら、オリジナルのブロンズ像は現存していませんが、古代の叙述家が残す言葉によると、オリジナルの作品はモデルの姿を理想的に表現しつつ、個性と魅力を引き出し、より生き生きとした姿をしていたそうです。
《アレクサンドロス大王の肖像》、通称《アザラのヘルメス柱》
(リュシッポスにより制作されたブロンズの原作に基づく)
2世紀前半、リュシッポスによる原作(前340-前330年頃)に基づきイタリアで制作
イタリア、ティヴォリ出土
Photo © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand
Palais / Daniel Lebée / Carine Déambrosis/distributed by AMF-DNPartcom
アレクサンドロス大王は、インダス川まで領地を広げ、数々の戦いに勝利し、生前から大王として「伝説」となっていた統治者でした。ちなみに、彼の家庭教師はアリストテレスだったそう。肖像の彼の表情は威勢があり、前向きかつ情熱的に表現されています。荒々しい髪型は勇気ある人物の特徴として描かれている一方で、洗礼された知的な面も表現されています。征服者として、表現されたこの作品のコード・特徴(頭部を少し傾けている)は、以後、他のアーティストの作品にも取り入れられ、権威ある高貴な主君を示すコード・特徴として反復的に使用されています。
権力者の死が訪れても、数千年もの時間を語り継がれるコードと征服者としてのストーリーは、かつてアレクサンドロス大王が権威と威厳ある者として存在した、というメッセージを伝えるメディアです。それが今なお、伝説として、芸術作品を通して、残り語られ続けることは、人類にとってある意味「勝利の形」なのかもしれません。
絵画を通して洞察するフランスの英雄ナポレオンの内なる情熱とは
「余の辞書に不可能ということばはない。」
(小学館 学習まんが人物館 ナポレオンより引用)
コルシカ島の貧しい貴族出身のナポレオン・ボナパルトが自らの力で軍人、司令官、そして皇帝までのし上がり、彼の人生そのものが伝説となったことはとても有名ですね。ワーテルローの戦いに敗れた彼の晩年は、セント=ヘレナ島へと流され、孤独なものでした。それでも、彼の人生はフランスの歴史を語る上で、欠かせません。1821年、51歳で亡くなった彼は、遺言書で以下の言葉を残しています。
「私はセーヌ河のほとり、私があんなにも愛したフランス国民に取り囲まれて眠りたいと願う…。」
(小学館 学習まんが人物館 ナポレオンより引用)
皇帝まで登りつめた彼が求めた勝利の意味とは何だったのでしょうか?
オーストリアでの勝利を収めた後、27歳のナポレオンの姿を表現した作品です。戦いに勝利したナポレオンに興奮した画家・アントワーヌ=ジャングロですが、ナポレオンは肖像画のモデルをした時、わずかな時間しかポーズをとりませんでした。歴史的な勝利を勝ち取った英雄の作品として、旗を片手に体を捻じ曲げて、荒々しい髪がナポレオンの威勢を強調しています。赤、青、白とフランス国旗の色を用いています。
アントワーヌ=ジャングロ
《アルコレ橋のボラパルト》(1796年11月17日)
Photo © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand
Palais / Philippe Fuzeau /distributed by AMF-DNPartcom
通常、このような肖像画の背後には戦場を描きますが、ジャングロはあえて戦場を描かず、ナポレオンの姿のみ描くことで、彼の存在感を強調しました。ナポレオン自身、この肖像画の中に自身の伝説を形成する要素を見出し、この作品を版画化しました。
《アルコレ橋のボラパルト》は、ナポレオンの内面を写実的に表現しているように感じました。まっすぐ先を見つめる瞳に宿る情熱的な野心と向上心。フランスの行く末を心配し、苦悩する情熱的な一人のリーダーシップある若者として描かれています。こう見ると、なんだか、ナポレオンが近い存在に思えてきませんか?
手前(アンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾンの工房
《戴冠式の正装のナポレオン1世の肖像》)
戴冠式のナポレオンの様子です。こちらの作品はより、凛々しい姿となっています。
彼の内面的な心情は表現されず、権力者としての優雅なナポレオンを描いた作品です。
《アルコレ橋のボラパルト》と《戴冠式の正装のナポレオン1世の肖像》を比較してみましょう。《アルコレ橋のボラパルト》は、英雄を一人の苦悩ある若者として描き、《戴冠式の正装のナポレオン1世の肖像》は一人の成熟した偉大な権力者(古代ローマ皇帝を自らの手本とした)として描き、英雄となったナポレオンの人生を多面的な面から垣間見ることができます。二つの作品の共通のテーマは、勝利のために突き進む勇敢な姿が描かれている点です。いつかは、ナポレオン法典をじっくりと拝読してみたいものです。
クロード・ラメ
《戴冠式の正装のナポレオン1世》
1813年
絵画が語る、精神の美徳を体現する母親と妻のいつの時代も変わらない理想像
ヴェロネーゼは、ティツィアーノ、ティントレットと並ぶ、16世紀ヴェネチア・ルネサンスの3代巨匠の一人として数えられています。16世紀後半のヴェネチアを代表するヴェロネーゼによる《女性の肖像》、通称《美しきナーニ》は1914年にルーヴル美術館に来てから、ルネサンスの肖像の最高傑作の一作として大切にされてきました。
ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアーリ)
《女性の肖像》、通称《美しきナーニ》
1560年頃
Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) /Michel Urtado /distributed by AMF-DNPartcom
この作品は、モナリザと同じ部屋に展示されていますが、あまりにもモナリザが有名であるため、美術館に訪れる観客はそちらに注目がいくようです。しかし、せっかく日本に来日した《美しきナーニ》。彼女の魅力に注目してみましょう。
彼女は、左手の薬指に指輪をしていることから、まず既婚者であることが分かります。 肩には、透明なベールを覆っており、美しい宝石を身につけ、トルコ産の生地で作られた上質なビロードのドレスを着ています。当時、ヴェネチアでは女性はブロンドに髪を染めることが流行だったそうです。ルーヴル美術館 絵画部門学芸員 コーム・ファーブル氏は、おそらく彼女は、妊娠をしていて、手を胸に当てる仕草は、伴侶への忠実さを示すポーズとして解釈しています。
この作品に関して、様々な説があります。この作品が発見され、研究し始められたのが19世紀のこと。それ以前の歴史は未だにわからない点が多くあります。美術史家エミール・ガリションがこの作品について、いくつかの論文を書きました。その論文では、17世紀の著述家マルコ・ボスキーニが1660年の著作の中で言及された作品がこの作品と同一だと仮定しました。ボスキーニは、ヴェネチアの名門貴族であるナーニ家の邸宅で女性の肖像を目にしたと記し、それがこの作品だと考えたガリションは、初めて「美しきナーニ」の名をつけました。後に、この作品がナーニ家と無関係であることが20世紀後半に判明してからも、名前は変わっていません。
彼女の美しい姿と神秘的な表情、それにどこを向いているか分からない視線は、彼女の存在をより一層、魅力的で、奥ゆかしい女性といった印象を観る者にもたらします。伴侶への忠実を示す、彼女の姿は理想の貴族の既婚女性像、そして母親の姿を映しています。
いつの時代も理想的な婚約女性の理想像があると思いますが、彼女の姿や表情を見てみると、16世紀でも理想的な母親の姿は変わりはないのかと思います。
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス
《第2代メングラーナ男爵、ルイス・マリア・デ・シストゥエ・イ・マルティネスの肖像》
1791年
Photo © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand
Palais / Philippe Fuzeau /distributed by AMF-DNPartcom
亡くなった者たちが忘れ去られることなく、伝説あるいはストーリーとして語られ続けられること。どの時代も、権力や富や名声ある者たちが示す、社会的な役割を果たしながら生きる姿勢や威厳を表すシンボルというのは、数千年経っても、さほど変わらないことが、この展示会の肖像画からわかることだと思います。
時間というのは、唯一平等に用意された宝物です。
未来という時間のみ託されている私たち、これから未来に向かって、22世紀の人類のストーリーを夢みて、語るのは我々の役目。大事なことは糸を紡ぐように、ストーリーを語り続けていくこと。社会的な役割を含め、自らの姿を社会的な枠組みの中でいかに尊厳を持って投影していくのかも、今を生きる人々に与えられた問いかけなのではないでしょうか。
ナポレオンが眠る フランス パリ オテル・デ・ザンヴァリッド
最後に、ルーヴル美術館 絵画部門学芸員 コーム・ファーブル氏に質問をしました。
girlsArtalk:
東京に来てみると、色々な風景が広がっていますよね。そして、この街は常に、変化しています。そんな東京の様子を見て、この展覧会にいらっしゃる現代的な日本人のアイデンティティを持つ方達にどんな反応を期待しますか?
コーム・ファーブル氏:
確かに、東京には様々な景色が広がっています。この展覧会には、様々な時代の作品が展示してあります。例えば、第一章のテーマは死と記憶。時代も違えば、場所もテーマも様々なものが展示してあります。しかし、どの作品にも何かしら、メッセージがあります。
それぞれの作品のメッセージやコードを鑑賞し、自分自身と絵画が一体になるように、自分の考え・感想を大切にしながら、作品と対話するように、自身のアイデンティティを再形成して欲しいです。
この展覧会を通して、過去に生きた人々に対して尊敬の念を持ちながら、これから自分自身が生きる人生の筆跡を、愛を通して、智を通して、仕事を通して、戦いを通して、美を通して残し、後世に語り継がれていこうと思うようになれば幸いです。人類にとっての、勝利。 それは、人類(Human Being)が今を生き、生きた証や筆跡を後世に芸術として残し、未来の世代にもずっと語り継がれていくことなのかもしれません。
Merci beau coup!
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テキスト:吉田ゆりあ
写真:新井まる
【展覧会概要】
ルーヴル美術館展 肖像芸術 ―人は人をどう表現してきたか
会期:開催中~2018年9月3日(月) 毎週火曜日休館 ※ただし8/14(火)は開館
開館時間:10:00~18:00
※金・土曜日は、6月は20:00まで、7・8・9月は21:00まで
※入場は閉館時間の30分前まで
会場:国立新美術館 企画展示室1E
住所:〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
観覧料(税込み):一般 ¥1,600、大学生 ¥1,200、高校生 ¥800
*中学生以下無料
*団体券は国立新美術館のみ販売(団体料金の適用は20名以上)
*障害者手帳をご持参の方(付き添いの方1名を含む)は無料
*7月14日(土)~29日(日)は高校生無料観覧日(学生証の提示が必要)
展覧会ホームページ:http://www.ntv.co.jp/louvre2018
【参考文献】
『小学館版 学習まんが人物館 ナポレオン』小宮 正弘(監修)小学館 2008年
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