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映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』で、奇才の頭の中を垣間見る

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2017年12月21日

映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』で、奇才の頭の中を垣間見る


映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』で、奇才の頭の中を垣間見る

 

 

2018年の1月27日から、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほかにて、ドキュメンタリー映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』が公開されます。

「カルトの帝王」の名を冠し、映画の難解さに加え、音楽やミュージックビデオの制作、コーヒーのプロデュースや瞑想の普及活動など活動が幅広く、本人像が見えないデヴィッド・リンチ監督。『デヴィッド・リンチ:アートライフ』が紹介するのは、そんなリンチが娘と共にアトリエで制作する姿と彼のアート作品であり、まさにアートライフそのもの。撮影に際し、リンチは1000枚もの写真を収めた家族のアルバムを提供しており、作中に登場する彼の絵画や彫刻、映像などは40年分の作品から厳選されています。以下、濃厚な88分間の中で、彼の世界を彩るキーワードをちらりと見せてくれる本作の見どころをご紹介します。

 

 

 

 

 

リンチの世界の核心に触れ、もっと知りたくなる

 

 

リンチの映像作品は、メタファーなのか、伏線なのか、それとも無意味なのかわからないエピソードやシーンで溢れています。理解しきれない部分が増殖していき、謎が謎を呼ぶため、観客は取り残されて当惑します。一方、混沌としたストーリーや、暗い幻想、ミステリアスな雰囲気は一定の層を惹き付け、リンチファンは国や世代を越えて根強く存在しています。

リンチは、自らの作品について多くを語りません。『デヴィッド・リンチ:アートライフ』の作中でも、リンチが自作を詳しく謎解きをするわけではなく、彼の幼少時の体験などから、その世界観や発想の源に触れることができるのです。

また、『デヴィッド・リンチ:アートライフ』は、リンチの語ったエピソードが、どの映画のどのシーンに影響した、といった具体的な指摘を注意深く避けています。それだけに、本作で初めてリンチに触れる人は、彼の映画に興味を抱くでしょうし、既にリンチが好きな人は、過去の映画を見返して作品の痕跡を確認したくなることでしょう。

 

 

©Duck Diver Films & Kong Gulerod Film 2016

 

リンチのアートワークをたっぷり堪能できる

 

『デヴィッド・リンチ:アートライフ』に登場するリンチの絵画は、強烈な狂気とユーモアを称えており、見る者を作品の内部に引きずりこむような魅力を湛えています。作品の多くには、作家本人の手による文字が書き込まれており、陰鬱で詩的な印象を付加しています。

 

 

©Duck Diver Films & Kong Gulerod Film 2016

 

また、リンチの手による写真作品も数多く登場します。シュルレアリスムの影響と共に、空虚でドライな制作当時のアメリカの感性も備えたそれらの写真は、彼の幼少時の経験やトラウマなど、一連の作品の核になる要素が濃縮されています。

 

 


©Duck Diver Films & Kong Gulerod Film 2016

 

 

日本では、彼の絵画を数点目にすることはありますが、写真やアニメーションも一緒に紹介されることはまだ少ないといえます。映画監督としてだけではなく、アーティストとしての彼の生き様を紹介した本作は、厳選された彼のアートワークをまとめて堪能できる数少ない機会です。

 

苦痛と創造性に満ちた人生を知る

 

『デヴィッド・リンチ:アートライフ』に出演しているリンチは、光溢れるアトリエで愛娘と共に作品づくりをしており、穏やかで満ち足りたアーティストという印象を与えます。しかし絵画や語っている内容は彼のダークな世界を示しており、「この幸せそうな紳士が、あんな陰惨極まりない作品をつくっているのだな」と思うと不思議な感じがします。しかし、そうしたズレや違和感も、彼に似つかわしいと言えるのかもしれません。

 

 


©Duck Diver Films & Kong Gulerod Film 2016

 

本作では、子供時代のリンチの写真や映像を見ることができます。その足取りを追うことで、繊細な一人の少年が、育ちの良さそうな外見とは裏腹に、闇に惹かれ、不安にさいなまれ、子供と大人の両方の要素を携えて成長していったことが分かります。そして消えることのない苦痛や不条理が、彼に創造性を与え続けていることを実感できるのです。

 

 

©Duck Diver Films & Kong Gulerod Film 2016                
リンチの家族写真。一番右がデヴィッド。

 

 

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本作でリンチは、刺激を受けたモチーフや好きな場所、得られた体験などを「美しい」と表現していました。英語の「beautiful」は、確かに日本語の「美しい」よりも気軽に使われる語ですが、彼の作品には見出しづらいように感じます。

リンチの作品において、最も醜悪で負の感情に満ちたキャラクターも、どこか純粋で毅然としていますし、威厳を備えていることすらあります。彼の映画を見ていると、醜さと美しさ、下品さと気高さは同居するのだと強烈に実感する瞬間があり、それは彼が、興味を持った対象全てを「美しい」と捉えている証なのだと思います。

この映画は、リンチ本人と、リンチが愛してやまないものと、恐らく彼が最も「美しい」と思っている孫娘を見せてくれると共に、スタイリッシュで世界観にぴったり合った音楽も魅力の一つ。『ツイン・ピークス』の続編、『ツイン・ピークス The Return』が観られるこのタイミングでぜひ味わってほしい作品です。

 

 

【概要】

映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』

監督:ジョン・グエン、リック・バーンズ、オリヴィア・ネールガード=ホルム(『ヴィクトリア』脚本)

出演:デヴィッド・リンチ

配給・宣伝:アップリンク

(2016年/アメリカ・デンマーク/88分/英語/DCP/1.85:1/原題:David Lynch: The Art Life)

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/artlife/

 

 

テキスト:中野昭子

 

 

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Writer

中野 昭子

中野 昭子 - Akiko Nakano -

美術・ITライター兼エンジニア。

アートの中でも特に現代アート、写真、建築が好き。

休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。

面白そうなものをどんどん発信していく予定。