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ほとんど人の限界を超えた!?  超絶技巧の作品たち

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2017年10月25日

ほとんど人の限界を超えた!?  超絶技巧の作品たち


 

ほとんど人の限界を超えた!?  超絶技巧の作品たち

 

 

 今、三井記念美術館で開催されている展示のチラシには、胡瓜が掲載されています。なぜ美術館に野菜? と考えるところですが、実はこちら、素材は象牙なのです。あまりにも本物そっくりで、八百屋さんやスーパーの店頭に並んでいたら、何の疑問もなく手にとってしまいそう。

 本展「特別展 驚異の超絶技巧!」に並ぶ作品は全て、途方もなく緻密だったり、比類なく美しかったり、中には「何故こんなものを?」と意表を突かれるなど理由は様々ですが、とにかく驚かされる工芸品ばかりです。

 多くが海外に輸出され、今まで評価されることの少なかった明治工芸は、2014年に開催された当館の「超絶技巧! 明治工芸の粋」展により世間の目に触れ、高度な手わざを披露することになりました。本展は好評を得た2014年の展示の第二弾にあたり、明治工芸と現代作家の作品を並べているのが特徴となります。以下、絶品ばかりの作品の中でも、特に見逃したくないものをお届けします。

 

 

 会場に入ってまず目に入るのは、淡い銀灰色が儚い印象を与える髑髏(どくろ)と、大振りで華やかな陶磁器の花瓶。側面の猫が特徴的な花瓶は宮川香山の「猫二花細工花瓶」で、猫が手を舐める姿勢や舌の様子などが今にも動き出すかのように再現され、猫好きにはたまらない逸品です。

 

 髑髏は現代の工芸作家、髙橋賢悟によるもの。ガールズアートークでも取材させていただいた髙橋さんの作品は、無数に繋がるアルミニウムのワスレナグサによって構成されています。型を取るのに使われた花々は灰になり、金属として形が再現されることで永遠の命を与えられます。全てをデジタル化されてしまう現代社会への危機感が根底にあるというこの作品は、全てのものは死や消失を免れないが、大切な想いとして何かの形で残すことは可能であることを示すようにも思います。

 

宮川香山≪猫二花細工花瓶≫眞葛ミュージアム蔵

 

髙橋賢悟≪origin as a human≫2015年/アルミニウム/個人蔵

 

 稲崎栄利子は陶芸好きの間では既に有名な人気作家ですが、今回出品されている「Arcadia」も目が離せません。無数のイソギンチャクが付着したような繊細きわまりないこの作品は、加湿器をつけながら制作し、成形に八ヵ月、乾燥に八ヵ月かかるそうです。細かいパーツを組み合わせ、ガラスをかけて数回にわたり焼成し、気の遠くなるような手間と時間が結実してやっと完成に至るのです。陶器の地肌のとろみにガラスの煌めきをまとい、異界の風景を思わせるミステリアスな雰囲気を高めています。

 

稲崎栄利子≪Arcadia≫2016年/陶土、磁土、ガラス/個人蔵

 

 作者によれば、陶磁器の超絶技巧とは、細工だけではなく、湿度管理や焼成のプロセスも併せて捉えるべきとのこと。人がコントロールできない部分も技とするのならば、超絶技巧は人智を超えた力も含まれることになりますが、見る者の目を奪う「Arcadia」は、確かに神がかり的な力を有しているようでした。

 

稲崎栄利子≪Arcadia≫2016年/陶土、磁土、ガラス/個人蔵

 

 今回注目すべきはやはり、チラシにも掲載されている胡瓜の作家、安藤緑山。明治工芸の中では最も知られている作家の一人ですが、自分の名を残したいという気持ちがなかったようで、詳細がほとんどわからない、謎の作家です。制作方法を残さず後継者を取らなかったため、非常にもったいないことに、卓越した技法は伝承されていないのです。

 

安藤緑山≪胡瓜≫個人蔵

 

 そのストイックな生き様にも痺れると共に、他の追随を許さぬ完璧な仕事ぶりに圧倒されます。ケースに並べられた胡瓜や筍、柿や茄子、茸や葡萄などは、象牙などでつくられていることが信じられないリアルさ。虫食いや薄皮、傷や斑点など、通常であれば見落としてしまうような特徴も、緑山の鋭い観察眼は見逃さず、作品を彩る要素として組み込んでいます。

 

安藤緑山≪柿≫個人蔵

 

 一見写真のように見える二枚の高速道路の絵は、現代作家の山口英紀の手によるもの。いかにも現代風なモチーフを描いたこの作品は、実は絹に施された水墨画。山口英紀は中国に留学した本格派で、タイトル「右心房左心房」は心臓から由来し、車が走っている様子を血管に血液が流れているさまに見立てています。細かい手わざを堪能しつつ、また「今」をモチーフにした新鮮さを楽しむことができる作品です。

 

山口英紀≪右心房左心房≫2008年/個人蔵

 

 展示を彩る七宝でひときわ華やかなのは、並河靖之と濤川惣助という、二人のナミカワの作品。並河靖之は京都で活動し、細い線状の金属を境界にして釉を焼きつけた有線七宝で有名な作家。一方、濤川惣助は東京で活動し、途中まで有線七宝と同様の工程を経ながら、最終的に金属の輪郭を取り払い、釉が溶け合いぼかしが入る無線七宝を採用しています。

 この二人は同年に帝室技芸員に任命されており、多くの受賞歴があり、海外からの評価も高く、まさに花形作家といえるでしょう。

 

並河靖之≪蝶に花の丸唐草文花瓶≫清水三年坂美術館蔵

 

 暗い空間で光っているのは、実は刺繍。現代作家の青山悟は刺繍により表現を行う作家で、今回は紫外線を蓄える蓄光糸で世界地図や模様を描き出します。光のある状態だと白く清楚な印象を与える作品は、周囲の光がなくなると鮮やかな光を発します。植物のような可憐な模様は、ウィリアム・モリスからインスピレーションを得たパターン。過去と現代の手法をミックスさせ、刺繍という伝統的な工芸に新たな表現を与える作品です。

 

青山悟≪Map of the World(Dedicated to Unknown Embroiderers)≫

 

青山悟≪Light and Patterns≫髙橋コレクション

 

 甲冑などをつくっていた職人たちは、江戸中期あたりから発注が減ったため、刀の鍔や火箸、甲冑の技術を生かした置物、自在などをつくりました。自在は言わば可動式のフィギュアで、鳥や蛇、昆虫などを金属で写実的に再現し、手や足を動かせるようにしたものです。この「蛇」は、室町時代から続く甲冑の家、明珍の作品で、約260個の細かいパーツが連なって蛇の動きを忠実に再現します。

 

明珍≪蛇≫清水三年坂美術館

 

 一方、現代作家の満田晴穂による「自在蛇骨格」は、なんと500もの部品でつくられ、背骨は0.1ミリ単位で調節されています。

 

満田晴穂≪自在蛇骨格≫

 

 技術を別のジャンルに転用することで伝承を図るのは理想的な事例ですが、自在置物が認められたのは、見る者を納得させる力があってのことでしょう。リアルな金属製の置物が、まるで命を得たかのように動く様は恐らく、圧倒的な迫力をもって見る者を魅了しただろうと思います。

 

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 日常の中で日本のことを意識することは少ないですが、これら超絶技巧の美術品を目にすると、手先の器用さとたゆまぬ努力、鋭い観察眼と妥協のない作品づくり、素材の研究と分析は、元来日本人の得意とするところなのだと実感しました。過去の美術史の中であまり着目されてこなかったのだとすれば、注目を浴びている今、じっくりと見ることができるのは幸運といえるでしょう。この機会を逃さずに目に焼き付けておきたい展示の数々、どうかお見逃しなく。

テキスト 中野 昭子
写真 新井 まる

 

 

【展覧会概要】

「驚異の超絶技巧!-明治工芸から現代アートへ-」

開催期間:2017年9月16日(土)~12月3日(日)

時間 毎週金曜日 19:00まで開館(入館は18:30まで)
電話番号:03-5777-8600 ハローダイヤル

休館日:月曜日

入場料:1300円

会場:三井記念美術館

住所:東京都中央区日本橋室町二丁目1番1号 三井本館7階

HP:http://www.mitsui-museum.jp

 

 

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Writer

中野 昭子

中野 昭子 - Akiko Nakano -

美術・ITライター兼エンジニア。

アートの中でも特に現代アート、写真、建築が好き。

休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。

面白そうなものをどんどん発信していく予定。