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芸術に人生を捧げた天才彫刻家の半生 映画『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』

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2017年10月18日

芸術に人生を捧げた天才彫刻家の半生 映画『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』


芸術に人生を捧げた天才彫刻家の半生
映画『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』

 

 

詩的な映像と誠実な人間の描写で、国内外の映画ファンから根強い人気を誇るジャック・ドワイヨン監督。『ポネット』(1996年)では、母を失くした幼い少女が死を受け止めるまでの子細な心の動きを見事に描き切り、その名を轟かせた。そんなドワイヨン監督が近代彫刻の父であり、今年11月で没後100年を迎えるオーギュスト・ロダンに迫ったのが本作『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』である。今まで、才能豊かな弟子であり愛人であったカミーユ・クローデルとのセンセーショナルな恋愛模様が先行しがちだったのは事実だ。その為か、ロダンの生涯が映画化されたことは意外にもこれまで一本もなかったのである。この事に疑問を抱いたドワイヨン監督がメガホンのみならず脚本も担当し、ロダン役を『ティエリー・トグルドーの憂鬱』(2015年)でカンヌ国際映画祭、セザール賞の主演男優賞をW受賞したヴァンサン・ランドンが熱演。ジャニス・ジョップリンの再来と謳われる若き歌姫、イジア・イジュランがカミーユ役をアーティストらしい秘めた熱情で披露する。ドワイヨン監督渾身の、本年度カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』の魅力をお届けしたい。

 

【予告編】

 

 

【ストーリー】
オーギュスト・ロダンはダンテの『神曲』をモチーフとした『地獄の門』の前で思案していた。愛弟子であるカミーユ・クローデルは、『地獄の門』に対し「不道徳だ」と忌憚なく意見する。才能と美貌に溢れたカミーユに惹かれるロダン。二人が恋人同士になるのはごく、自然なことだった。アーティストとして刺激しあい、愛を育み、アトリエで共同作業をする二人の姿は順調に思えたが、ロダンには家庭的な内縁の妻であるローズがいた。カミーユとローズ、ロダンにとってどちらもかけがえのない存在であり、制作に欠かすことが出来ない。いがみ合う女たち。そんな折、友人であるゾラを経由して文豪・バルザックの記念像制作の依頼がロダンに舞い込む。ロダンは彫刻家としての全てを賭けるかの如く、バルザック記念像に7年間を費やし制作に励むが、性器を露出させ太った銅像など文豪に相応しくない、と猛烈なバッシングを受けてしまう…。

 

 

芸術に選ばれてしまったが故の天才の喜びと悲しみ

 

 

© Les Films du Lendemain / Shanna Besson

 

触れれば、溶けて漏れだしそうな女性のなだらかな曲線美、憤怒を具現したような猛々しい男性の筋肉。人体の肉体美だけではなく、魂までをロダンは彫刻に再現しようした。その試みはもはや狂気である。酷い批判にさらされながらも、美の探究者として己を貫く姿はあまりに痛ましく、そして美しい。芸術に魅せられ命を捧げざるを得なかったアーティストの愛と悲しみの姿を本作は映像をもって静かに、しかし積極的に語る。

 

 

カミーユ、ローズ…芸術の息子・ロダンを虜にした美しき女たち

 

 

© Les Films du Lendemain / Shanna Besson

 

 

沢山の女性たちが登場するのも本作品の特徴だ。ロダンが畏怖する程の才と激しさを持ったカミーユ。揺るぎない母性的な愛でロダンを包み込むローズ。そして彫刻家としての彼にインスピレーションを与える数々の愛人たち。官能もロダンの制作活動に置いて必要不可欠な要素だったのだろう。一方、激情に偏ることなく、あくまで淡々と群像劇を描いていくのがドワイヨン監督らしい。

 

また、劇中には、モネ、セザンヌ、ゾラ、リルケなど、アートファンならずとも一度は耳にしたことがある画家や詩人が登場する。アート全盛だった19世紀フランスに自身が立ち会ったかのような幸福な錯覚に陥ることができる。世間に認められず取り乱してしまうセザンヌにロダンが「自分は40歳まで世間に認められなかった、人の言うことなど聴くな」と優しく諭す場面も。”カミーユを利用した冷酷な男”といった従来のロダンのイメージが、ここでもまた、覆(くつがえ)される。

 

 

本作を成功に導いた、ロダンが乗り移ったかのようなヴァンサン・ランドンの演技

 

 

© Les Films du Lendemain / Shanna Besson

 

© Les Films du Lendemain / Shanna Besson

 

 

ヴァンサン・ランドン演じるロダンは、粘土をひねりながら、モデルを目で射貫く。その姿は一頭の粗野な動物を彷彿とさせる。ランドンはロダン美術館に毎週通い、彫刻を勉強するなど徹底した役作りに励んだ。ロダンはとても複雑な人格である。実は、口下手で内向的な面も持ち合わせていた。一方で芸術への烈火のような情熱も抱えている。矛盾した性質を持つ難しい役柄をランドンは見事、演じきった。彼の演技がなければ本作の成功はなかっただろう。

 

他にも着目して頂きたいのがドワイヨン監督による「逆光の演出」がある。重要なシーンはあえて逆光からカメラを回し、観客の目をスクリーンに釘づけにするのだ。仄暗い光の中で俳優たちの僅かな表情の揺らぎが、観る者に鮮烈な印象を残す。特に後半の『バルザック記念像』が月光を浴びるシーンは、連作の絵画を鑑賞しているかのように幻想的だ。

 

ロダンを不誠実な人間と切り捨てるのは容易い。しかし、芸術に取りつかれた悲運を嘆き、周囲の幸福を願っていたのは、紛れもなくロダン自身ではなかったのではなかろうか。芸術に運命を翻弄されながらも、己を信じ、切り開いていく様が胸を打つ本作は、11月11日(土)より新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマほか全国公開。至福の120分をお楽しみ頂きたい。

 

 

 

タイトル:『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』
■配給:松竹=コムストック・グループ
■11月11日(土)より新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマほか全国公開!

監督・脚本:ジャック・ドワイヨン
撮影:クリルトフ・ボーカルヌ
衣装:パスカリーヌ・シャヴァンヌ
出演:ヴァンサン・ランドン、イジア・イジュラン、セヴリーヌ・カネル
2017年/フランス/フランス語/カラー/シネスコ/120分
配給:松竹=コムストック・グループ © Les Films du Lendemain / Shanna Besson

 

文:鈴木 佳恵



Writer

鈴木 佳恵

鈴木 佳恵 - Yoshie Suzuki -

フリーランスの編集者。
広告代理店に勤務後、フリーランスに。
得意分野は映画と純文学。
タルコフスキーとベルイマンを敬愛し
谷崎潤一郎と駆け落ちすることが夢。

 

暇があれば名画座をハシゴしています。