ピカソにモネ、ルノワール、ゴーギャン・・・・
右を見ても左を見てもとても有名画家たちの氏名が並び、これだけのコレクションを集めるのには、
どれだけの情熱と行動力を持って世界中を駆け巡ったのだろうか、と想像してため息が出た。
また、それが岡山県の美観地域の中にある美術館に所蔵されていたとは・・・。
展覧会の順路を進むにつれて、日本に住んでいるのにも関わらず、今まで知らなかったことに、
強く後悔の念を持った。
大原美術館 本館 外観
皆さんは大原美術館をご存じだろうか。
岡山県倉敷で親の代から紡績業を営む名家に生まれた実業家・大原孫三郎氏が、パトロンとして援助していた
洋画家・児島虎次郎氏の目を信じて収集させた西洋美術、エジプト・中近東美術、中国美術など幅広い作品を
展示している。
西洋・近代美術を展示する美術館としては日本初の美術館として1930年に開館。
世界を視野に入れた場合、ニューヨーク近代美術館が1929年に開館したことから、
大原氏が時代の最先端にいたと言えるだろう。
2人の関係については展示の途中にある映像でも簡潔に紹介されているが、海外で素晴らしい作品に出会った
ときに小島氏が大原氏に「日本の芸術界のために」と宛てた手紙や、エピソードで読みとることができる。
パトロンと画家という関係以上に、1つしか歳が離れていない2人の友情を垣間見ることができて胸が熱くなる。
また、本展覧会は作品を購入した者の好みに偏ることなく、様々なジャンルや思想を持った画家の絵画や
造形が並ぶ。「日本の美術界」の発展を夢見て信じた2人の想いが感じ取れるだろう。
中国の古美術や紀元前・エジプトの立像や食器が展示されている『古代への憧憬』という第一章では、
想像できないほどの長い歴史を経ているとは思えない、鮮やかな色彩や形状を保って凛として並んでいる。
中国のコレクションは1918年から4度中国を訪問した児島氏の個人コレクションと書かれていた。
大正の時代に・・・と考えるとその訪問がどれだけの情熱をもった行動であるかわかるだろう。
当時の人々はこのコレクションを見たとき、どれほどの衝撃を受けたのだろうと想像してしまう。
《女神イシスまたはネフティス像》 エジプト・プトレマイオス朝(紀元前305 / 04 – 紀元前30年頃)/
h.34.5cm, 8.5 × 22.0 cm / 木製彩色
そして、展示室の壁が紺色一色で覆われ、ずっしりとした雰囲気のなか、本展覧会の目玉とされる
エル・グレゴの「受胎告知」が異様な存在感を放っていた。
天使・ガブリエルが左下にいる聖母・マリアに子供を宿していることを伝えている絵画作品。
その筆遣いは太く、強く。
その事実が世界に大きな影響を与えることを感じさせる。
「この絵が日本にあることは奇跡」といわれている作品なので、貴重な絵画が数多く展示されている中でも、
必ず足を止めて欲しい1枚だ。
エル・グレコ 《受胎告知》 1590年頃 – 1603年 / 109.1 × 80.2 cm / 油彩・カンヴァス
次の展示室では記念すべき大原美術館第一号収蔵作品、エドモン=フランソワ・アマン= ジャンの「髪」が、
柔らかい光をまとい私たちを安心させてくれる。
この絵画作品がどのような点で児島氏の目に留まったのかを考えながらじっくり見てほしい。
この2章では上記の作品以外にも、海外の有名画家が手がけた作品とオーギュスト・ロダンのブロンズが並ぶ。
どういった経緯でその絵を手に入れたのかということが書かれている解説では、「クロード・モネが
アンリ・ マティスを紹介した」など、なんとも豪華な登場人物のエピソードで、画家同士互いに架け橋と
なっていたことがわかる。
これらを読んでいると徐々に、児島氏の情熱が海外でも通用し、信頼されていたことが伺えるだろう。
とても有名な画家の作品ばかりで展覧会の全てを紹介したくなってしまうが、
是非実際に行ってほしいので控えようと思う。
ただ本展は”有名画家を象徴する1枚”とは一味違うチョイスがされていることにも注目してほしい。
例えば印象派を貫いたことで知られるカミーユ・ピサロ。
一時、印象派から少し離れて光学的な色彩理論に基づいた新印象主義の点描技法 を取り入れた貴重な
時期の作品である「りんご採り」は、孫三郎の長男として生まれた総一郎が大変高額だったが苦心して
買った一枚である。
「今まで見たことがない」一面を知れるだろう。
カミーユ・ピサロ 《りんご採り》 1886年 / 125.8 × 127.4 cm / 油彩・カンヴァス
「日本の近代絵画」の第3章では、国内の有名画家たちの作品が展示されている。
こちらも安井曾太郎氏以外は1作品ずつの展示で、視界に個性の違う作品が同時に入り込んでくるのが面白い。
その中に一際色鮮やかで目を引く絵画があった。
「和服を着たベルギーの少女」はなんと児島虎太郎氏の作品である。
エミール・クラウスという ベルギー印象派として有名な画家の影響を強く受けていると説明されている
その絵画は、様々な技法が用いられ、発色が力強く、少女の時期に放つ眩しさが表現されている。
和洋のモチーフが混交した画面からは、多くの美術を見て感性を磨き、東西文化の架け橋として生きる
児島氏の気概が伝わってくる。
児島虎次郎 《和服を着たベルギーの少女》 1911年 / 116.0 × 89.0 cm / 油彩・カンヴァス
4章で紹介されている「民芸運動ゆかりの作家たち」では、これまでの展示とは一転して陶器などの
作品が並ぶ。
各章を進んでいくとあっという間に時代を駆け抜けるような感覚を味わえて面白い。
5章と6章ではそれぞれ戦争中と戦後のコレクションが並ぶ。戦争中のコレクションは重々しい雰囲気がある。
ピカソの『頭蓋骨のある静物』など色合いだけではなく、描かれている対象から世の中の不安が伝わってくる
作品も紹介されている。
6章からは戦後のコレクションになり、21世紀に突入すると明るい色が増え、幻想的な作品が多くなる。
特に最後の部屋は大きなパネル作品がダイナミックに視界を埋める。
アートから時代の背景や、生きてた人びとの感情を読み取れることが出来るのも、この展示方ならではだと
思う。
児島虎次郎氏が47歳という若さでこの世を去った翌1930年に設立された大原美術館は、多くの美術品が
来る物を出迎える岡山県の観光名所へと成長した。
この美術館は単なる資産家のコレクションではなく、美術という切り口から”日本の未来”を考えた熱い
二人の男の友情から始まっている。
それを「歴史館」にすることなく新しい風を吹き込み、後を継ぐ者たちも現代にその情熱引き継いでいる
といえるだろう。
会場に入ったときは紀元前2000年頃なのに、出る時には2014年の作品が並ぶ。
ジャンルと時代のボーダーを越えた大規模な展示を見て、芸術に「食わず嫌い」な人もこれを機に
自分の好みを拡げるきっかけにしてほしいと思う。
文・山口 智子
【情報】
はじまり、美の饗宴 すばらしき大原美術館展
会場:国立新美術館 企画展示室1E
〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
会期:2016年1月20日(水)~4月4日(月)
毎週火曜日休館
開館時間:10:00~18:00 金曜日は20:00まで
入場は閉館の30分前まで
観覧料(税込):当日1,600円(一般) 1,200円(大学生) 800円(高校生)
前売/団体:1,400円(一般) 1,000円(大学生) 600円(高校生)
中学生以下および障害者手帳をご持参の方(付添の方1名を含む)は入場無料
1月22日(金)~24日(日)は高校生無料観覧日(学生証の提示が必要)
チケット取扱い:国立新美術館、展覧会ホームページほか、主要プレイガイド
(手数料がかかる場合があります)
チケットの詳しい情報は、展覧会ホームページのチケット情報をご覧ください。
団体券は国立新美術館でのみ販売(団体料金の適用は20名以上)