現在国立新美術館にて開催中の「ルーヴル美術館展 日常を描く――風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄」。
日本テレビによる「ルーヴル美術館展20年プロジェクト」の本格始動に先立つ今回は、
膨大なコレクションから厳選された約80点を通して、16世紀から19世紀半ばまでのヨーロッパの人々の暮らしを覗き見られるような展覧会です。
プロローグでは、「風俗画の起源」としての古代の陶器に続き、“序列”の順に歴史画・肖像画・風景画・静物画・風俗画という5つの「絵画のジャンル」が紹介されています。
私、高野麻衣のお気に入りは、リュバン・ボージャンの『チェス盤のある静物』。
17世紀フランスの画家ボージャンは、最も高尚とされるジャンルである宗教画を数多く手がけたにもかかわらず、わずか4点の静物画によって名を残しました。
描かれたモチーフは視覚(鏡)、聴覚(マンドリンと楽譜)、嗅覚(花)……といったぐあいに五感と密接な関係が。
なによりもチェス盤と洗練された色彩がもたらす神秘的な雰囲気が魅力的です。
その後につづく本編では、「労働と日々」「雅なる情景」「室内の女性」など、テーマに沿ってさまざまな時代や国の画家の作品が隣り合い展示されています。
家事にいそしむ女主人や使用人、物乞い、占い師、商人など、描かれるモチーフは同じなのに、時代や国によって色彩やタッチが変化するのに思わずはっとするのです。
フェルメール『天文学者』を例に、吉田ゆりあさんが「風俗画」の楽しみ方をご紹介します。
■17世紀のオランダへのタイムトラベル(吉田ゆりあ)
アート・ファッション・メディア・広告・音楽・食・流行語――。
これらのジャンルを通して、現代の日本や日本に暮らす人びとのライフスタイルを表象文化的に知ることはとても興味深いです。
長期滞在していた外国から日本に帰国すると、ほんの数ヶ月のあいだでも流行の言葉やスイーツやファッションが変わっていることにすぐに気が付きます。
表参道ヒルズのベンアンドジェリーズに1時間待ちしていた人びとは、今はパンケーキに1時間。
あれ、ポップコーン? カップケーキ? 次は何だろう。
スイーツの流行の移り変わりは早く、そして儚いものです。
こうして現代の日本を知り、新しい時代と流行を作り、更に流行の移り変わりを加速させるのは撮影技術や最新テクノロジー技術が発達したからこそ。
では、カメラがまだ発明されていない時代に生きた人びとは、どうやって流行の文化、更には外国に暮らしていた人びとの暮しを知ることが出来たのでしょうか!?
17世紀のオランダへタイムトラベルし、当時の流行のファッションと部屋の様子を垣間見てみましょう。
今回の注目作品である、オランダを代表するヨハネス・フェルメールによって描かれた『天文学者』(1668年)を例に、当時の流行のファッションと部屋の様子についてご紹介します。
この作品は当時流行したファッションと17世紀のオランダ社会の現実を表しています。
フェルメールが36歳の時に描いた油絵ですが、正確な目で写実的に絵を描く彼の作品の多くは、当時のオランダに住む市民が主役として描かれ、人びとの日常のほんのわずかな瞬間と空間の光と影を巧妙に描いています。
絵を観る人びとはまるで、永遠にシャッターを押し続けるカメラマンかのよう。
机に向かう人は天文学者。
彼が着ている洋服に注目してみると、当時オランダで流行していた衣装を身にまとっています。
目も鮮やかな衣装ではありませんが、実はこれは「ヤーポン(オランダ語で日本を意味するヤーパンに由来)」と呼ばれた、日本から輸入された着物、または着物をモデルにデザインされたガウン。
藍染めのようなこの「ヤーポン」は当時、裕福な市民階級・知識階級の間で大流行して、大変な人気があったそうです。
一切無駄の無いシンプルな着物のデザインが西洋に与えた影響の高さは昔も今も同じ。
ちなみに去年、英国ではキモノをモデルにデザインされたファッションが英国女子たちの中で人気だったそう!
フェルメールがこの作品を描いた頃は、日本はまだ鎖国中でした。
日本は唯一、オランダと通商関係を持つ国であったため、日本の文物が海外に輸入されたのはヨーロッパの中でもオランダだけでした。
その結果、異国の文化に憧れるオランダ市民の間で、着物をモデルにデザインされたガウン「ヤーポン」が流行したのです。
この画をよく見てみると、学者の周りの事物が正確に描写されていることが分かります。
天球儀は1600年頃のもの、机の上に置かれた本は1621年にオランダで発表されたもの。
そして地球儀に触れている学者は当時、オランダで発展した自然科学研究に従事している姿としてではなく、占星学者として描かれています。
この絵が描かれたのは1668年、半世紀以上も前の本や地球儀や占星学者が描かれたのは、何か理由があるのでしょうか。
この絵には多くの謎が残っており、その神秘性が見るものの目を引くのでしょう。
地球儀に写る星々は、17世紀オランダの森羅万象といったところでしょうか。
江戸時代に生きた人びとの日常を知るには浮世絵画がいいかもしれませんね!
日本の美術品は侘び寂びの美を大切にし、時とともに芸術を愛でます。
古くなったお茶碗を「味が出て来た」というのも、日本独特の美意識と感性から来る表現でしょう。
それとは対照的に、西洋美術はどんなに時代が変わっても、あまり時の概念は重要ではありません。
17世紀に描かれた油絵は少しずつ修復されていますが、姿形は寂びることはなく17世紀にお屋敷に飾られていた当時のまま。
日本美術と異なり、西洋美術には老いを気取らせず完璧さを魅せる美の魔術を感じます。
ぜひ、ルーヴル美術館展に足を運んでみて下さい。
当時のヨーロッパの様子を絵画の中に垣間みると様々な発見がありますよ!
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一方、私はいつも、女性の肖像に惹かれてしまいます。
お気に入りは第5章「室内の女性」で紹介される、フランソワ・ブーシェの名作『オダリスク』。
イスラムの後宮の美女、という枠組みを用いて画家の妻を描いたともいわれる女性像ですが、薔薇色の肌とブルーグレーのシーツ、ロイヤルブルーの掛布のコントラストが夢のように美しい。
絨毯や調度のカラーリングも、そのまま部屋に置きたいようなスタイリングです。
そしてこちら。
ジャン=バティスト・グルーズ『割れた水瓶』も同様です。
偉い批評家が「道徳性を評価した」かはともかく、なによりも立ちすくむ美少女の虚無的な表情や、こぼれ落ちる薔薇の花が美しい。
それでいいのだと、感じさせる魅力があります。
本展はミュージアムショップでも盛りだくさんで、思わず散財してしまいそうです。
小箱は絵画をモチーフに、紅茶味やレモン味がセレクトできるスペイン菓子「ボルボローネ」。
アンリ・ルルーのルーヴル展特製パッケージもかわいいのです!
展覧会の後は、近隣の東京ミッドタウンで「フランス街角めぐり」を体験するのもおすすめ。
観る人によってさまざまな楽しみ方が発見できる「ルーヴル美術館展」は6月1日まで開催中です。
取材・文:吉田ゆりあ、高野麻衣
構成:高野麻衣
【インフォメーション】
ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄
会期:2月21日(土)〜6月1日(月)
※毎週火曜日は休館、ただし5月5日(火)、26日(火)は開館
開館時間:10:00〜18:00
※ただし金曜日、5月23日(土)、24日(日)、30日(土)、31日(日)は20:00まで、4月25日(土)は22:00まで[入場は閉館の30分前まで]