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138年の時を経た”歴史的再会”を見逃すな!―歌麿大作「深川の雪」と「吉原の花」

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2017年8月15日

138年の時を経た”歴史的再会”を見逃すな!―歌麿大作「深川の雪」と「吉原の花」


138年の時を経た”歴史的再会”を見逃すな!―歌麿大作「深川の雪」と「吉原の花」

 

 

 

誰もが知る江戸時代の名浮世絵師、喜多川歌麿(きたがわ うたまろ)。

 

彼が描いた肉筆画「雪月花」三部作のうちの一つで、1952年に公開されたのを最後に長年行方不明となっていた幻の大作「深川の雪」

 

歌麿の肉筆画最高傑作とも評される同作が2012年に再発見され、2014年に岡田美術館(箱根・小涌谷)にて62年ぶりの一般公開の陽の目をみたのは、まさに昨今の美術界を大きく揺さぶる出来事だった。

 

 

それから3年の時を経た今夏。

 

 

同館収蔵の「深川の雪」は、同じく三部作のうちのひとつ、アメリカのワズワース・アセーニアム美術館所蔵の「吉原の花」と、遂に母国日本で再会を果たすこととなった。
国内で2作が同時に展示されるのは、なんと138年ぶり!

 

その”歴史的競演”を見逃すまいと、特別展『歌麿大作「深川の雪」と「吉原の花」―138年ぶりの夢の再会―』を開催中の岡田美術館へ、早速足を運んだ。

 

 

 

 

なお、本展では三部作のうち残るひとつの大作「品川の月」アメリカ、フリーア美術館蔵)の原寸大高精細複製画も同時展示され、三部作が並んだ姿を目にすることができる。

 

そんな注目の本展を、以下の項目に沿ってご紹介したい。

 

 

  Chapter 1 : 「雪月花」鑑賞のヒント? 浮世絵師・喜多川歌麿を改めて知る 
  Chapter 2 : 「深川の雪」「吉原の花」夢の再会!
  Chapter 3 : こちらも必見!関連テーマ展示
          「人物表現の広がり—土偶・埴輪から近現代の美人画まで—」
    番外編     :  1日たっぷり楽しめる♡ 岡田美術館の魅力

 

 

 

 

Chapter 1:「雪月花」鑑賞のヒント? 浮世絵師・喜多川歌麿を改めて知る

 

 

さて、”夢の再会”の立会人となる前に、まずは「雪月花」三部作の作者、喜多川歌麿について振り返っておこう。

 

喜多川歌麿(きたがわ・うたまろ ?~1806年)は言わずと知れた江戸時代の浮世絵師
正確な出生年や出生地は不明だが、同じく浮世絵で名を馳せた葛飾北斎や東洲斎写楽らと並び、今や世界にその名を知られる存在だ。

 

 

◯ 「美人画」といえば!

 

 

江戸時代に成立した浮世絵は、その時代の風俗を描き出した絵画ジャンルのひとつで、当時多くの絵師が活躍した。なかでも、美人画の大家として頭角を現したのが歌麿である。

 

”立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花”…。とは古くから美しい女性やその立ち居振る舞いを指して言う言葉であるが、歌麿はまさにそれを体現する女性の姿を、しなやかで繊細な筆運びで描いた。

 

そして彼は、全身像を描くのが当たり前だった時代に、半身や胸から上をクローズアップして描く「大首絵」というジャンルを生み出す。そこにおいて彼は、描く対象の外見だけでなく、性格や境遇などの内面部分、ちょっとした仕草や表情にみえる機微までもをつぶさに描き出してみせたのである。

 

こうして浮世絵に革新をもたらし人気を博した彼は、一躍時代の寵児となっていく。

 

 

◯皮肉・風刺精神

 

 

その頃、江戸の世では松平定信の寛政の改革により、民衆は「質素倹約」を強いられ、贅沢や遊興が次々と禁じられていった。時に官能的な魅力さえ放つ歌麿の美人画も例外ではなく、世を乱すものと見なされ幕府の制限の対象となる。

 

これに対し風刺や皮肉を込めた作品を以てして度々反抗した歌麿は、遂には幕府に捕縛される事態にも陥ったが、彼のこの批判精神が「雪月花」三部作を読み解くにあたりとても大きなヒントに繋がるため、注目しておいて頂きたい。

 

 

◯肉筆浮世絵の希少性

 

 

そもそも浮世絵は、木版画と、絵師が直接筆で手描きする肉筆画とに大分できる。歌麿も両方を遺しているが、その多くを前者が占めている。

 

大量に刷ることのできる木版画は比較的安価で庶民でも手に入れやすいことから、手軽な娯楽、あるいはブロマイドや新聞などの一種のメディアのような役割も果たしていた。

 

対して本展の「雪月花」三部作後者の肉筆浮世絵にあたる。

 

当代きっての人気絵師・歌麿が、1枚1枚 丹念に描き上げたもの…。それも、本作は縦横数メートル(例えば「深川の雪」は縦約2m、横約3.4m!)にも及ぶ大作。加えて歌麿の肉筆画が現在世界で約40点しか確認されていないことを鑑みても、その希少価値がいかに高いかは明白だ。

 

なお、今回の岡田美術館の展示では、「深川の雪」「吉原の花」以外に、関連としてその40点のうち2点の肉筆美人画(共に岡田美術館蔵)も出展されている(詳細は後述)。

 

―さぁ、ではそんな貴重な「雪月花」三部作を、事項からじっくりと鑑賞していこう。

 

 

Chapter 2 : 「深川の雪」「吉原の花」夢の再会!

 

 

いざ、展示室に足を踏み入れる。
岡田美術館ならではの、仄暗い照明に名品の数々が浮かびあがる広い、広い空間の先。
ひときわ強い存在感を湛えて、その作品たちは並んでいた。

 

 

 

 

さらに、近くで眺めてみよう。

 

 


右手前から、「深川の雪」(岡田美術館蔵)、「吉原の花」(ワズワース・アセーニアム美術館蔵)、「品川の月」(複製画。原本はフリーア美術館蔵)。

 

 

江戸時代の遊郭や料亭を舞台に、三部作を通じて総勢99名の遊女や芸者たちの姿が美人画の大家・歌麿ならではの巧みな描写と構図で描かれた大作。栃木の善野家の依頼により制作したとされる。

 

「三部作」と聞いていたこともあり、ある程度3作の”統一感”のようなものを想像していたが、いい意味でその予想は裏切られた。それぞれに彩りや構図、絵の中を流れる空気が異なっているのである。

 

なにより、三作は「月」「花」「雪」の順で10年以上の期間をかけて制作されたと言われており、その間に、歌麿の筆致や手腕も変化、成長している。3作が違った個性、趣を持つのも当然なのかもしれない。

 

では、以下制作順に沿ってそれぞれの作品の魅力に迫っていこう。

 

 

「品川の月」 

 

 


(複製画) 喜多川歌麿「品川の月」 原本:江戸時代、天明8年(1788年)頃、フリーア美術館蔵

 

 

コレクションを”門外不出”としているフリーア美術館(アメリカ)所蔵のため、本展では原本ではなく原寸大高精細複製画が展示されている「品川の月」。

 

「雪月花」三部作のうち最初に描かれたとされる本作は、色味は他の2作と比べても淡く、描かれている人数も最も少ない。「雪月花」について書かれた狂歌が中央右上に掛けられており、三部作としてのちに「花」「雪」の作品が描かれることが暗示されているとも考えられる。

 

 

〇奥行の妙

 

 

筆者が作品の前に立ってまず感じたのは、構図の”奥行”とその先の”解放感”

 

手前の座敷を抜けるとすぐ奥に広がる海。
水面を進む船や波を認識したかと思えば、その先の水平線、遠くに見える島、うっすらと月が浮かび上がる、白み始めた明け方の空へと意識が連なる。

 

小さな窓からちょっと海が見える、という程度でなく、建物の先一面に広がる海…という構図に、解放的で新鮮な気持ちを覚える。

 

手前の建物と海との間に描かれた右手奥の建物の存在に気が付くと、遠近法の効果が増し、より作品全体の奥行が強調され、ハッとさせられる。歌麿による、舞台美術のような背景の作り込みが愉しめる作品だ。

 

 

〇人物たちの物語

 

 

表向きは”旅籠”とされた遊郭のあった「品川」。

 

当時、政府公認の遊郭は「吉原」だけ
遊女皆の憧れの場所として、豪華絢爛、格式高く鮮やかに描かれ

た「吉原の月」と比べると、「品川の月」はずいぶんとおとなしく、人物の配置もまばらな印象を受ける。

 

それでも、ひとりひとりの人物、そして小物に目をやると、歌麿の細部に渡るこだわりや巧みな遊び心が見えてくる

 

歌麿ならではの中央の女性の美しい立ち姿や見事な衣装に始まり、左手奥で絵入り本を取り合い駆け回る子供たち、左手前の女性がしたためた客への手紙を後ろから覗き込み舌を出してなかなかファニーな表情を浮かべる女性…。

 

 

登場人物それぞれにエピソードがあり、意志があり、物語がある。

 

 

それぞれが思い思いに行動し、それを歌麿がつぶさに描き出す。

 

Chapter 1で記載したように、歌麿が女性の内面部分までもを描き出すことに長けたことが、ここでもよくわかる。

 

 

〇虚構の表現

 

 

さて、ここまで作品を眺めていて、何か違和感を抱かないだろうか。

 

なぜか、作品のなかに描かれているのが、女性ばかりなのである。遊郭を描いていながら、他の2作「吉原の花」「深川の月」を見てみても男性客の姿は一切ないのだ。

 

女性だけの、華やかな世界…。
歌麿は美人画を描くにあたり実際に遊郭を訪れたりもしていたというが、あまりに現実に沿い過ぎた光景でなく、一時の夢を見るように、虚構をまじえてその世界を描き出すことによる効果や面白味が、そこにあるのかもしれない。

 

同時に、客への手紙や、作品左奥の障子に映った男性と思しき影(筆者個人としては、その近くに無造作に掛けられた帯も、男モノではないかと思っている。)など、間接的に男性客の存在を仄めかす趣向も面白い。

 

 

こうして、ぱっと全体像を見たときの構図や彩りを楽しむことと、ひとつひとつのモチーフ、一人一人の物語を追っていく楽しみ…。
この「雪月花」三部作には両方がある。

 

他の2作についても、そんな謎解きをするような感覚で鑑賞してみよう。

 

 

「吉原の花」 

 


喜多川歌麿「吉原の花」 江戸時代、寛政3~4年(1791~92年)頃、ワズワース・アセーニアム美術館蔵

 

 

「雪月花」三部作において、2番目に描かれた「吉原の花」 

 

「品川の月」の遠近法を駆使した奥行表現とはまた違い、二階建ての建物を、一目でぱっと見渡せる構図となっている。ゆえに時間差があまりなく、一度に多くの人物やモチーフが目に入る。「吉原」の煌びやかさ、豪華さがダイレクトに、瞬時に伝わってくる

 

 

〇圧倒的な存在感

 

 

_艶やか、鮮やか、華やか。
第一印象は、その言葉に尽きる。

 

ただただ、その彩りと、総勢52名の女性が織りなす、むせ返るような色香に圧倒される。安易かもしれないが、それでも筆者が”遊郭”や”花魁”等というワードを耳にして純粋に真っ先に思い浮かべるのは、何を置いてもこの光景だった。

 

ビビッドな彩色に加えて、この人口密度…。
表情や仕草、役割、衣装の描き分けひとつひとつに注目していたら、あっという間に時が過ぎていく。

 

前述のように、唯一の幕府公認の遊郭として君臨していた「吉原」
運ばれていく料理の高級食材、一級品揃いの着物…贅を尽くした豪華絢爛な画面全体から、その「格の高さ」と、「一流」のプライドと凄みが滲む。

 

遊女皆の憧れであったことは想像に難くないが、これだけ華やかな世界を一目見たら、誰もが心を奪われるであろう。

 

 

〇一層深まる虚構の世界

 

 

ここでも他の作品と同様、男性の姿は描かれず、花魁が連れた振袖新造の人数やその他の人物の役割など、本来の慣例やしきたりとは異なる描写も見られる。

 

ここでも他の作品と同様、虚構を織り交ぜた世界が展開されているのだ。

 

…なにより、これだけの世界が、「美しい」だけで成り立ち、終始するはずは当然ない。

 

豪華さや煌びやかさの裏には、妬みや嫉み、上へとのし上がるまでの過酷な日々、それぞれが背負った重圧や過去がある。それらを虚構で覆い隠すように、画中の蝋燭や提灯が灯る時刻になると、毎夜ひたすらに華やかな世界が展開される。

 

美しく、華やかに描かれれば描かれるほど、何かどこかがひっかかる…。そんな作品でもある。

 

 

〇歌麿の込めた皮肉

 

 

Chapter 1において、歌麿の風刺精神について少しだけ触れた。この作品も、その視点で見ると新たに見えてくることがある。

 

歌麿がこの作品を描いたのは寛政3~4年(1791~92年)頃と言われているが、この寛政年間といえば、1787年から1793年にかけて、老中・松平定信による緊縮財政政策「寛政の改革」が行われていた時期真っ只中。

 

“白河の 清き流れに 耐えかねて もとの濁りの 田沼恋しき”なんて狂歌を歴史の授業で習ったのは遠い昔だが、こうして贅沢が制限されたこの時代に、あえてこのような贅沢の極みのような空間を描いた歌麿。

 

さらに画中、二階中央部の女主人の着物には、あろうことか葵の御紋にも見える柄が入っている。民衆に贅沢を禁じているこの時代に、幕府内の女性たちが贅沢三昧をしているかのように描くことで、時の幕府の政策への強い皮肉を込めている可能性があるのだ。

 

「吉原の花」がこれほどまでに煌びやかに、華美に描かれているのはそういった批判精神があったからなのかもしれない。

 

 

〇艶やかなファッション

 

 

様々な皮肉や背景が込められているとはいえ、やはり女子たる者、この作品を見て最初に感じるのは、そのビビッドできらきらした身なりへのときめきではないだろうか…!

 

庭を舞い散る桜に負けない、色鮮やかな着物たち。柄、帯、合わせた髪飾りひとつをとっても、それぞれに異なっていて、着こなしのバリエーションもそれはそれは豊か!

 

ぜひ実物を前にして、じっくりと着物一反一反の細かに描きこまれた柄まで目を凝らしてみて頂きたい。

 

 

「深川の雪」 

 

 

そしていよいよ、2012年に”再発見”され、岡田美術館収蔵となった幻の大作「深川の雪」を見ていこう。

 


喜多川歌麿「深川の雪」(部分) 江戸時代、享和2〜文化3年(1802~06)頃、岡田美術館蔵

 

 

◯洗練された表現

 

 

「深川の雪」は、「雪月花」三部作のうち最後に描かれた作品。いわば三部作の最終到達点でもある。最初に描かれた「品川の月」と比べても、歌麿の表現が随分変化し、熟練してきていることがわかる。

 

まずはこの構図。 手前、奥、そして1階、2階、中庭、廊下…と、その舞台の構造は複雑に交錯している。縦横、斜め、上下に入り組んだ立体的な構図に、効果的に小物が配置され、その間に雪をかぶった松竹梅などの自然が滑り込む。

 

人物たちのポーズや仕草も滑らか、これまで以上にその意思や感情が反映されているようだ。

 

画面左下で犬に興味を示した子どもを抱える女性、火鉢の近くで凍えながら暖を取る女性たち、奥で手遊びに興じる女性たち、庭の雀を見下ろし微笑む女性…。

 

 

それぞれの話し声や思考が、ざわざわ、きゃっきゃ、ひそひそと聞こえてきて、雪の降る日の温度まで感じ得る、臨場感のようなものさえ覚えるのだ。こうした有機的で自然な表現から、歌麿の表現が一層、時を経て洗練・熟練されてきたことがわかる。

 

 

◯巧みな視線誘導

 

 

本作では、見るべき箇所があちこちに分散したり、逆に一カ所に目がいくというよりは、するすると連なり、流れるように自然と視線が誘導されていく。

 

どこか一カ所、気になる人物からやモチーフから見始めると、そこからその人物の視線の先、隣の人物、小物、会話の相手…。など次々と視線が動いていくのである。そうして気づけば、もと見ていた人物のところに戻ってきている。

 

この巧みな視線誘導の妙には、すっかり脱帽。見事に、配置を計算しつくした歌麿の手中に落ちた気分になる。

 

 

◯女子として見逃せない!流行の最先端

 

 

「吉原の花」を目にしたあとだと、「深川の雪」は全体的に、色彩が落ち着いたふうに見えるかもしれない。女性たちの着物は藍色や茶色など、シブめの色が多いが、これは決して”地味”なのではなく、下町の「深川」らしい、粋な着こなしなのだ。

 

更に筆者が個人的に注目したのは、遊女や芸者たちのメイク
作品の近くへ寄って口元をみてみると、定番の赤リップかと思いきや、下唇は皆まさかの緑…!!リップメイクがバイカラー。それも赤と緑でクリスマスカラー。新しすぎる…。

 

実はこれ、当時の最先端のメイク法

 

数年前、筆者が伊東深水の作品を求めて南青山にある「伊勢半本店 紅ミュージアム」を訪れた際、実際に本物の紅(べに)を塗って頂いたことがある。

 

紅といえば真っ赤なイメージだが、実は高級な紅であればあるほど、何度も塗り重ねることにより深い緑色(玉虫色)になることを、その時に初めて知った。

 

同館には江戸時代のメイク法等の資料も展示されており、紅の特性を生かして”下唇だけ緑色にするというのが流行った”旨の解説もあった。正直その時は「本当に緑の唇なんて流行ったのだろうか…」と半信半疑だったが、まさかここにきて、粋な深川の女性たちが、こぞってそのメイクをしていた様子を目の当たりにするとは…!!

 

作品を目にした際は、ぜひとも、当時の最先端の唇にまでしっかり注目して頂きたい。

 

 

「雪月花」三部作

 

 

こうしてついに138年ぶりの再会を果たした「深川の雪」と「吉原の花」。
複製画「品川の月」と並び、三者がついに顔を揃えた様子を目にすると、構図や女性の描き方など、年を経るごとの変化も実感できる。

 

色彩や画面の趣きなど、それぞれの表情があり、細部までのつぶさな描写を読み解く愉しみも尽きない。

 

”夢の競演”をぜひその目に焼き付け、歌麿の巧みな美人画の世界を思う存分堪能して頂きたい。

 

 

Chapter 3:こちらも必見!関連テーマ展示
                     「人物表現の広がり—土偶・埴輪から近現代の美人画まで—」

 

 

現在岡田美術館の4階では、上記特別展に関連するテーマ展示「人物表現の広がり—土偶・埴輪から近現代の美人画まで—」全て同館所蔵の作品による)がなされている。

 

最も古い人物表現—すなわち古代の土偶や埴輪、中国の俑などに始まり、神仏表現や物語・絵巻物の登場人物たちを経て、江戸時代そして近現代の美人画まで、人物表現のたどった足跡を概観できる展示だ。

 

 


「古代の人々 日本の土偶・埴輪/中国の俑」の展示風景

 

 

土偶のデフォルメの効いたふくよかな肉体の表現や、すっとんきょうな表情を浮かべる埴輪たち…。

 

純粋に造形を「かわいい」「おもしろい」と愉しんでもいいし、制作の目的(副葬・埋葬品としてなど)や当時よしとされた体型(ヒトとして生きぬくために優位な体型)など、現代の表現との違いや、逆に今に通じる点を比較しながら鑑賞していくのも面白い。

 

「異国へのあこがれ」「物語の人物たち」の章では、俵屋宗達や酒井抱一などの琳派作品、狩野探幽などの狩野派作品、展示終盤の「江戸時代の美人画」「近現代の美人画」においては、歌麿以外に勝川春章、葛飾北斎、河鍋暁斎、上村松園、鏑木清方、伊東深水など錚々たる顔ぶれの作家の作品が並ぶ。

 

 

 

江戸時代の美人画の章では、現在約40点しか確認されていないという歌麿の貴重な肉筆美人画のうち、2点が展示されている。

 


喜多川歌麿「三美人図」(部分)江戸時代 寛政年間(1789~1801) 岡田美術館蔵

 


喜多川歌麿「芸妓図」(部分)江戸時代 享和2年(1802)頃 岡田美術館蔵

 

 

前者の、今にも話し声が聞こえてきそうな3人の女性。手にした手紙や口にくわえた筆、左に見切れた着物など、小物の扱いや人物のリズミカルな配置も面白い。

 

また、後者の作品の女性の姿。実は「雪月花」三部作のうちのある作品に、ほぼ同じポーズの女性が描かれている

 

女性ながら凛々しい立ち姿、流れるような首筋の自然な美しさ、着物の隙間から覗く足…。歌麿のこなれた美人表現の体現者のこの女性、ぜひとも岡田美術館で、三部作とじっくり見比べて探してみて頂きたい。

 

 

そして、このテーマ展示でgirls Artalkとして注目したいのは、女流画家・上村松園の作品。

 

 


上村松園「夕涼」昭和時代、20世紀前半、岡田美術館蔵

 

 


上村松園「汐くみ」昭和16年(1941年)、岡田美術館蔵

 

 

彼女の作品はいつ見ても、目にした瞬間にふっと心がほぐれ、その柔らかでありながらはっとするほどに美しい色彩にため息が出る。同時に、その所作の機微や構図のちょっとした空白から、一瞬の「間」や描かれた人物の「思索」が空気として伝わってくる。

 

澄み切った色彩、とでもいえばいいのか、こちらの息づかいひとつで壊れてしまいそうなほどに儚く繊細に映りながら、描かれた女性自身には芯の強さも感じる。

 

絵の背景やそこにこめられた意図、そういったものを詮索するよりは、純粋に目の前の作品の「美しさ」に浸っていたい…。そんな気持ちにさせられるのが上村松園の作品だ。

 

歌麿とはまた異なる、女性ならではの柔軟かつ凛とした筆運び。
こうして現在まで脈々と連なる美人画の系譜を概観できるこのテーマ展示、お見逃しなく! 

 

 

番外編 :1日たっぷり楽しめる♡ 岡田美術館の魅力

 

 

個人的に、長年ずっと訪れてみたかった岡田美術館。
今回、取材ながら念願かなっての初訪問とあって、終始わくわくしっぱなしだった筆者。

 

一大温泉地・箱根の小涌谷に位置し周辺観光には事欠かない同館だが、何より美術館の施設自体が大充実!正直、半日、いや丸1日いても愉しめる空間だ。

 

この番外トピックでは、その魅力をご紹介したい。

 

 

〇圧巻のコレクション

 

 

まずは何と言っても、その圧巻のコレクション

 

岡田和生氏が蒐集した日本画(近世、近代)および東アジアの陶磁器の数々は、ひとつひとつが貴重で上質なものばかり。他にも考古遺品から仏教美術、ガラス工芸等、コレクションの幅の広さにも驚かされる。

 

それらの美術品が約5,000㎡に及ぶ展示室の5フロアに渡り展示されているというのだから、1フロアずつじっくり鑑賞している間にあっという間に時が経つ。

 

 

〇広大な庭園

 

 

約15,000㎡の風情溢れる庭園は、手を入れ過ぎず、そこにある自然を生かす形で、おおらかな表情と静けさを湛えて広がっている(庭園入園料 300円)。

 

 

 

 

取材で訪れたのは、木々が青々と輝く夏真っ盛りの時期。セミの音に包まれながら、ほどよく凹凸と傾斜のある庭園を無心で歩き散策すると、日々の生活の喧騒がふっと拭い去られるよう。

 

庭園の中には昭和初期の日本家屋を改装した飲食施設「開化亭」があり、鑑賞の合間にお腹が空いたら、或いはちょっとした息抜きに、四季の移ろいを感じる景色を眺めながら穏やかな時間を過ごすことができる。

 

 

 

 

〇足湯カフェ

 

 

…そう、美術品に夢中になるうちに一瞬忘れそうになるが、ここは箱根。日本の誇る温泉地のど真ん中。
ゆえに同館にも、敷地に入ってすぐの場所に、もれなく100%源泉かけ流しの足湯がある(足湯入湯料 500円。美術館入館者は無料)。

 

それも、足湯を堪能しながら和スイーツやドリンクを頂ける足湯カフェときたら、もうその幸福感は計り知れない…!

 

 

 

 

観光で歩き疲れた足を癒しに、寒い日にはほっと温まりに、美術品に圧倒され興奮した心を落ち着けに、ぜひともちゃぷんと足と浸けてみることをお勧めします。

 

 

〇巨大壁画

 

 

足湯カフェだけでも大満足なのに、足湯に浸かりながら正面建物に目をやると、驚くべき光景が目に入る。

 

 


福井江太郎「風・刻(かぜ・とき)」(風神雷神図)

 

 

「岡田美術館」と聞けばこの光景が頭に浮かぶ…。というほどのインパクト。
訪れる前から、この壁画を目にするのをとにかく楽しみにしていたのだけれど、実物を見るとやはり圧倒される。

 

こちらの作品は1階の展示室にてすぐそばでも鑑賞できるので、ぜひ遠目から、至近距離双方から愉しんで頂きたい。

 

 

◯絶品チョコレート♡

 

 

岡田美術館では、なんと同館専属(!)のショコラティエ、三浦直樹氏が手がけるチョコレートが人気を博しているが、今回、本特別展に合わせて「深川の雪」を題材にした珠玉の8粒をセットにした新作チョコレートが販売されている。

 

「深川の雪」に描かれためでたい松竹梅、鮮やかな着物の柄、もちろん美人の姿まで!なんとも鮮やかで美しいチョコレートだ。

 

 

 

 

お味も驚きの連続!
「柚子とフレッシュバジル」「白トリュフと南瓜」「和栗と松茸」など、8種類全てがおよそチョコレートとは思えない意外な組み合わせ(ちなみに、今回取材させて頂いた広報さんのおすすめは「ゴルゴンゾーラチーズとベーコンチップ」とのこと!)。

 

8粒セットで4,800円(税込)となかなか高級なチョコレートだが、ぜひお土産や「雪月花」三部作鑑賞の思い出にいかがだろうか。

 

 

 

 

…その他様々なオリジナルグッズを扱うショップをはじめ、岡田美術館には見どころが満載!
「美術館」としてはもちろんだが、一種の複合施設のような感覚で、濃密で上質な時間を過ごすことができる場所だ。

 

箱根の自然に抱かれた圧巻のコレクションに会いに、そして歌麿の肉筆画最高傑作の夢の再会を目に焼き付けに、ぜひ皆さんにも足を運んでみて頂きたい!

 

 

文  : haushinka
写真 : 新井まる、haushinka

 

※上記掲載画像写真の無断転載を禁じます。

 

 

【展覧会情報】
歌麿大作 「深川の雪」と「吉原の花」 ―138年ぶりの夢の再会―
会期   : 2017年7月28日(金)~10月29日(日)
休館日  : 会期中休館日なし
主催   : 岡田美術館
所在地  : 神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷 493-1
開館時間 : 9:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料  : 一般・大学生 2,800円  小中高生 1,800円
URL   : http://www.okada-museum.com

 

 

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Writer

haushinka

haushinka - haushinka -

関西出身、関東在住。慶應義塾大学法学部政治学科卒。

子供の頃から絵を描くのも観るのも好きで、週末はカメラ片手に日本全国の美術館を巡るのがライフワーク。美術館のあるところなら、一人でも、遠方でも、島でも海でも山でも足を運ぶ。好きな美術館はポーラ美術館、兵庫県立美術館、豊島美術館、豊田市美術館など。

作品はもちろん、美術館の建築、空間、庭園、カフェ、道中や周辺観光も含めて楽しむアート旅を綴ったブログを2014年より執筆中。

 

ブログ『美術館巡りの小さな旅』
http://ameblo.jp/girls-artrip