ちょっとヘン? でも可愛い。不思議な子供服
こどもとファッション 小さい人たちへの眼差し
只今、東京・白金台にある東京都庭園美術館では「こどもとファッション展」が8月31日まで開催中だ。
当展示のサブタイトル「『こどもらしさ』は、こどもが作ったわけじゃない」とあるように、大人が子供に着せていた子供服に注目して、その時代や社会で求められた子供らしさの変遷をたどっていく。
子供服は、着用時の食べこぼしによる汚れや、走る・遊ぶの激しい動きによって消耗しやすく、特に男児のものはなおさらだ。そんな貴重な子供服だが、今回は18世紀から20世紀の初頭の子供服を、イギリス・フランスの家庭からの個人コレクション約30点紹介。さらに、明治以降の日本の子供服や子供の姿が描かれた絵画やファッションプレート、絵本や写真など計150点を紹介していく。
●可愛いい。だけど、ちょっとヘン?な子供服
100年もしくは200年経った今でも、とびっきり可愛い西洋・日本の子供服が一挙に集う当展示。
しかも、ガラスやアクリルケースに入れない「露出展示」のため、展示作品に近づいて見られるのも嬉しい。是非、ドレスの赤や紺など、鮮やかな色遣いや、袖口や裾にあしらわれたレースやフリルの繊細なディティールの美しさを思う存分味わいたい。
このようなディティールの凝った一着一着からは、アパレルメーカーで働く私が日々目にする、トレンドを追いかけて数千枚単位で次々と洋服は作られていくのと違って、作り手の温度が観る側にも伝わってくる気がした。
展示2「小さな大人達」では、現在の私たちから見ると意外な子供服が展示されている。それは1850-1860年代のスリーピースアンサンブル。
少女用ワンピース・ドレス 1850年代末期-1860年代 英国製 藤田真理子氏蔵
フロントにあしらわれた金属製ボタンや、袖やスカートのボリュームが可愛らしい。また、ドレス×ローンブラウスの重ね着は、今でも真似をしたくなるオシャレなテクニックだ。
しかし、何とも可愛らしいこのドレス、実は男児用。1850年代は、性別に関係なく男児も女児もワンピース型のドレスを着ていた。さらに、男児が4歳から8歳頃から履きはじめる「ズボン」が、大人になる通過儀礼の意味をもっていた。
その一方で、女児は大人の女性と同じようにコルセットを付け始めることで、大人の仲間入りを果たしていく。
また、この男児用ドレスと関連した当時の子供を描いた画家に、印象派の代表的な画家、ピエール・オーギュスト・ルノワールが挙げられる。
ピエール=オーギュスト・ルノワール<<赤いリボンをつけたココ>>1905年
<<赤いリボンを付けたココ>>からも、彼の三男クロード(愛称ココ)は肩までかかる長い髪の毛にリボンを巻いた姿は、まるで少女のようだ。大人未満の男児が女児と同じような格好をしていたことが、この作品からもうかがえる。
●子供の服と大人服の不思議な関係
そもそも「子供」の存在が意識されるようになったのは18世紀半ば。伝統的な古い社会では、子供は大人に交じって仕事や遊びを行う「小さい大人」として扱われていた。
それまでの子供服は、大人服の縮小版としての「ミニチュア版大人服」であった子供服だったが、18世紀後半から「シュミーズ風のドレス」のようなウエスト部分を締め付けない子供特有の服が登場する。
女児用ワンピース・ドレス1810年頃 英国製 安藤禧枝氏蔵
しかし、子供時代特有の文化が十分に成熟していなかったため、1810年代には再び、大人のスタイルを模倣する子供服へと逆行していった。
新しい子供文化の幕開けは、都市の整備化と産業化をもたらした産業革命後。都市では、子供に何を着せるかを考える、精神的・経済的な余裕を持って暮らす、中産階級層が表れはじめてきた。家庭において子供の位置づけが見直されることと、19世紀後半からは『不思議の国のアリス』や『小公子』に代表される児童文学ブームで、新しいこども文化が生まれていく。
一方、日本では子供を取り巻く環境は、明治に入ってから変化を見せはじめる。一つは、国が推し進める「富国強兵」の新たな担い手を育てていく「学校」と、もう一つは欧米の近代家族をモデルケースにした新しい「家庭」が誕生していく。これによって、子供の発育や行動の邪魔にならないよう、和服から洋服への波が押し寄せていく。
この時期の子供の洋装化は、男女共通で着物の上にエプロンや帽子や傘など洋風な物で部分的に取り入れていくものだった。
●大人も顔負け!ちっちゃな子供達
今回お話を伺った同館の広報担当の浜崎さんは、日本より西洋のほうが大人の仲間入りをしようとする子供の姿が目立つという。
確かに、1700年代・1800年代の西洋のファッションプレートを見ると、「ミニチュア版大人服」に身を包んだ子供達の姿が印象的だ。子供が母と同様に、胸元の大きく開いたドレスにウエストをコルセットでキュッと絞り、さらにリボン飾りの帽子をかぶる姿は、まるで「小さな貴夫人」だ。しかし大人の洋服を着ながら、友達同士や犬、人形で子供らしく遊ぶ様子は、「洋服」と「振る舞い」がどこかちぐはぐな組み合わせに思えた。
ピエール=トマ・ルクレール原画、デュパン版刻『ギャルリー・デ・モード・エ・コスチューム・フランセ』よりPlate 146 ポーランド風後ろ開きのドレスを着た少女とスケルトン・スーツの少年たち1781年 エッチング、手彩色、紙 個人蔵(石山彰氏旧蔵)
そして、1900年代に入ると、動きやすさを重視した比較的シンプルなデザインの子供服へと変化を見せる。
一方、西洋画に比べ日本画の大きな違いの一つに「大人の不在」が挙げられる。
今回の展示で、地下鉄開通のポスターや企業・商品広告のサンプル一覧の「引き札見本帳」以外の作品は、全て一人もしくは複数の子供達が描かれている。
1800年代の西洋で見られた大人に手を引かれている子供の姿より、子供達で手つなぎや姉妹で一緒に学校に通うなど、より子供らしいしぐさや表情がより印象的に思えた。
同館の学芸員の八巻さんは、西洋画に比べて、日本画の方が子供単体で描かれていることが多い理由をこう答えた。
西洋画は、元来貴族やブルジョアが発注して肖像画を描かせる文化があったため、家族や「母親と子供」を描くことが多いです。それに対して、日本画はもちろん人物画もありますが、肖像画の系譜は西洋に比べて非常に薄いのではないのでしょうか。
そもそも西洋と日本では、絵画の辿ってきた歴史は大きく異なっているといえる。絵画もしくは写真など「窓」越しに子供の姿を映す時は、その窓の歴史やその当時の人たちとの関わり方を考えていく必要があると思う。
●子供服に隠れた、子供の気持ち
最後に、子供服を着ている子供達の気持ちについて考えてみたい。子供と洋服の関係を考えていくと、子供達は「この洋服を着たい」と主体的に洋服を決めることはなく、むしろ周りの大人によって着る服を決められる、客体の存在だ。
大人の仲間入りが出来たことが嬉しそうな子供もいれば、着物×帽子で当時のトレンドな格好をしても、「学校に行きたくない」憂鬱そうな表情をしている子供もいる。そんな姿は、どこか身近で、自分自身も母親の指輪で大人ごっこをしていた小学生頃や、苦手な体育授業の日は、小・中・高・大学までと朝が憂鬱で仕方なかった思い出に重なるように思えた。
児島虎次郎 登校 1906(明治39)年 油彩、キャンバス 高梁市成羽美術館蔵
当時の大人や社会が求めた子供らしさを体現させた「子供服」。それを着ていた子供達の気持ち、さらに絵画やファッションプレートなどどんな「窓」に映していくかで、新たな子供らしさが見えてくるように思えた。
文:かしまはるか
【情報】
「こどもとファッション 小さい人たちへの眼差し」
会期: 2016年7月16日(土)~8月31日(水)
会場:東京都庭園美術館(本館・新館)
休館日:第2・第4水曜日(7/27、8/10、8/24)
「こどもとファッション」展期間中は、以下の日程でギャラリートークも開催。
日程:
8月5日(金) 19:00~19:40
8月12日(金)19:00~19:40
8月19日(金)11:00~11:40
8月26日(金)11:00~11:40
※「こどもとファッション」展鑑賞チケットが必要。事前申込は不要。
◆参考
絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話
雑話136「ルノワールの少女の正体」
http://ameblo.jp/guy503/entry-11293146078.html (2016/7/28)
日本教材文化研究財団
特別寄稿「子供―歴史・社会・教育」
星村 平和
http://www.jfecr.or.jp/publication/pub-data/kiyou/h19_36/t1-10.html (2016/7/28)
プレスリリース「こどもとファッション 小さい人たちへの眼差し」
https://drive.google.com/drive/folders/0ByoiD0XZ2T7mLTdON2JKNGtSOWs (2016/7/28)