女性の美的瞬間に迫る『フランク ホーヴァット写真展 Un moment d’une femme 』
現在、銀座のシャネル・ネクサス・ホールで『フランク ホーヴァット写真展 Un moment d’une femme』が開催中です。
フランク・ホーヴァットは、1928年オパティヤ(当時はイタリア領、現クロアチア領)で生まれ、50年代から80年代末のファッション写真で有名です。その他にもフォトジャーナリズム、ポートレイト、風景、自然、彫刻と様々な写真作品を残しています。80年代には写真家仲間のインタビューをまとめて書籍として出版し、写真界における重要な資料となっています。90年代にデジタル写真を試した最初のカメラマンであり、iPad用アプリケーション『Horvatland』をネット上に公開するなど、最新のテクノロジーに興味を持ち続けています。
本展では今年卒寿を迎え、なおエネルギッシュに活躍するホーヴァット氏が手がけてきた数多くの作品の中から「女性の美的瞬間」をテーマに選ばれた58枚の写真作品をご覧いただけます。日本では初となる大規模な個展です。
展覧会のダイジェストと、記者からホーヴァット氏へのQ&Aをお届けしたいと思います。
プレスプレヴューでキュレーターのインディア・ダルガルガー氏は、本展開催の背景を以下のように話しました。
「彼の多くの作品の中から展示作品をどのように選びどのように展示するか…。大変、頭を悩ませました。彼の作品群の中に飛び込むようにして、キュレーションをしました。ただ、時代順に回顧展的に見せるのではなく、彼の人生の歴史や、独自のスタイル、写真の真髄といったところまで見せられるよう考慮しました」
ホーヴァット氏はそれに対し、
「自分は協働することが難しい人間で、自分の意見が常に正しいと考えているが、今回はインディア氏及びチームメンバーが適切なアイディアを持っており、彼らの力を100%信じました」と感謝の意を表しました。
左:インディア・ダルガルガー氏 右:フランク・ホーヴァット氏
世界の本質を見極める
ホーヴァット氏は、1940年代に写真家として活動を始めた頃に、パキスタンやインド、イギリスを渡り歩きながら『パリ・マッチ』などの雑誌に寄稿をしていました。この頃はジャーナリズム寄りの写真を撮っていました。
自分が想像を超えるものと出会った時に先入観を捨て、本質を見極めて、写真に落とし込む。それが活動し始めた頃から変わらないホーヴァット氏のスタイルです。
《夜の通りの少女》 1953年 ラホール パキスタン ⒸFrank Horvat
暗闇の中の、少女の強い眼差しが印象的。
《ムハンマドの結婚式、花嫁》 1953年 ラホール パキスタン ⒸFrank Horvat
パキスタンの花嫁を鏡越しに写した一枚は、鏡を掴む手によって、不思議な世界感が漂います。
《ブランコ遊びをする少女》 1962年 カイロ エジプト ⒸFrank Horvat
荒涼とした背景に、強い光の中でブランコで遊ぶ少女のシルエットが詩的な一枚。
ひと味違う、ファッション写真の数々
1954年にパリに拠点を置いたホーヴァット氏は、自分好みの女性に多く出会えるだろうという期待の元、ファッション業界に入り、ファッション雑誌の仕事を始めます。しかし、派手に着飾り作り笑いをするモデルたちは、リアリティのある女性の美しさとはかけ離れていました。
それゆえ、彼のファッション写真は屋内のスタジオでモデルがポーズをとった従来のものとは大きく異なります。屋外で撮影され、偶然に写りこんだ見知らぬ人々や、モデルたちの自然な表情を捉えた写真は、ユニークなファッション写真として高く評価されました。彼の柔軟な姿勢は、流行のスピードが速いファッション業界での成功の鍵となりました。
《オートクチュール、キャロル ロブラヴィコ カフェフロールにて》 雑誌「ハーパーズバザー」1962年パリ フランス ⒸFrank Horvat
ピントは奥の女性のスーツに合っていますが、女性の顔は写真の外側にあります。犬はカフェのテーブルの方向に目線をやり、手前の女性はレンズを見ています。視点の交差と大胆な構図。捻りのある一枚です。
《男性群衆とモデル》 雑誌「ハーパーズバザー」1961年 ニューヨーク アメリカ ⒸFrank Horvat
大勢の山高帽にスーツ姿の男性たちの中を颯爽と歩くツイードスーツの女性。男性たちの目線は、女性に釘付けです。
《オートクチュール スペイン広場の階段に立つデボラ ディクソン》 雑誌「ハーパーズバザー」1962年 ローマ イタリア ⒸFrank Horvat
映画『ローマの休日』のロケ地・ローマのスペイン広場で、女優オードリー・ヘプバーンが一面に載った新聞を読む男性と、それを覗き込むシックな親子。撮影中の偶然の出来事でしょうか?いくつもの情報が一枚の中に組み合わされています。
《靴とエッフェル搭 雑誌「シュルテン」1974年 パリ フランス ⒸFrank Horvat
エッフェル搭が背景に見え、モデルが巨人になったような錯覚を起こします。小さく写った男性が、ヒールに踏まれてしまいそう!視点を変えて新しい見え方を探す、遊び心が感じられます。
古典絵画に倣ったシリーズ
『Very Similar』(1981~1985年)は、美術史上の名作の女性像を参照して、現代女性を撮影したシリーズです。ホーヴァット氏は地下鉄に乗っていた時に、美しいけれど自分の見た目に関して無意識な女性を見かけました。そして、その女性がレオナルド・ダヴィンチやルーベンス、アングルの絵の中にいるところを想像しました。ファッション誌の編集者からは、その女性をモデルにすることは反対されましたが、ホーヴァット氏は写真家として、一般的な見解からは価値がないと見なされた、予想不可能な美を見つけ出したかったのです。
《ベリーシミラーシリーズ》 クロード 1984年 ⒸFrank Horvat
こちらは、ピカソが古代ギリシャ時代の彫刻から着想を得た、新古典主義時代の女性像が重ねられたイメージです。女性のしっかりとした体つきに射す光と影や、背景の青が写真をより絵画的に見せています。
ホーヴァット氏へのQ&A
記者:「写真家として最も大切なことは何ですか?」
ホーヴァット氏:「良い写真家とは、いろんな情報を関連付けて、一枚の写真を撮ることができるのです。自分もそうでありたいと思っています」
gA:「写真を撮る時にモデルに声かけをしますか?」
ホーヴァット氏:「滅多に話はしません。一番美しい例をお話ししましょう。シャネルのショーを撮影に行った際に、ココ・シャネルが舞台袖で見守っている姿が見えました。その影を捉えた作品は、後に有名作品となりましたが、彼女とは話したことはなかったし、会ったこともありませんでした」
《自身のショーを見守るファッションデザイナーのココシャネル》 1958年 パリ フランス ⒸFrank Horvat
記者:「魅力を感じる女性はどんなタイプですか?」
ホーヴァット氏:「年齢や、見た目の美しさではなく、隙のある女性。城に攻め入る騎士は、少しの隙間を探すものでしょう?」
記者:「Photography is the art of not pushing the button(写真とは、シャッターを押さない芸術だ)という言葉を残していますが、次の瞬間までシャッターチャンスをとっておくという意味ですか?」
ホーヴァット氏:「はい。フランス語にはReculer pour mieux sauter(一歩退いて好機を待つ)という、ことわざがあります。」
記者:「タイトルはどのように付けますか?」
ホーヴァット氏:「作品を見ればわかるようなタイトルは付けません。いつ、どこで撮ったかなど、シンプルなタイトルにしています。写真家が付けた詩的なタイトルによって、見る人の見方を限定するようなことはしません。見る人のイマジネーションで見てもらいたいと思っています」
今回は3度目の来日。「30年前と比べ、日本はだいぶ変わった。私も年を取ったが日本も年を取った」と言いました。また「東京で見かけた年配の方の表情が、静かだが良く、撮りたいと思いました」と意欲を示しました。
視線が交差する展示空間
展示会場は、異なる高さの小窓やスリットから作品が覗いて見えるように作られています。
展示空間のデザインを担当したのは、ナノナノグラフィックスの、おおうちおさむさん。
多くの目線が交差する、ホーヴァット氏の写真のような会場を目指されたそうです。床に移る影までもが美しいので、空間と作品のマッチをぜひお楽しみください。
充実のライブラリー
会場では、ホーヴァット氏が過去に出版した写真集や著作を実際に手に取って見ることができます。
自身の作品について「70年に及ぶ写真家としてのキャリアの中で、自分が納得できるものは100点にも満たない」と語ったホーヴァット氏。
あくなき写真への探究心が随所に感じられる本展に、ぜひ足を運んでみてください。
写真/文:Foujii Ryoco
参考文献:フランク ホーヴァット写真展「Un moment d’une femme」カタログ
アーティスト公式ホームページ:www.horvatland.com/
【展覧会情報】
フランク ホーヴァット写真展 Un moment d’une femme
開催期間:2018年1月17日(水)~2月18日(日)
時間:12:00~20:00
入場料:無料
会場:シャネル・ネクサス・ホール
住所:東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F
公式ホームページ:http://chanelnexushall.jp/program/2018/un-moment-dune-femme/
本展終了後はKYOTOGRAPHIE京都国際写真祭のプログラムとして、2018年4月、京都に巡回します。
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