昨年、2016年はまさに、生誕300年を迎えた伊藤若冲イヤーだった
人間業とは思えない緻密な描写と、特異で印象的な表現手法で現代の人々を魅了した彼は、
まさに”奇想の画家”だったといえるだろう。
しかし、そんな若冲の活躍した江戸時代から時を遡ること200年。
唯一無二の作品と画風を残した”元祖・奇想の画家”が、既に存在していたのを御存知だろうか。
その名は、「雪村周継 (せっそん しゅうけい)」。
戦国の世に東国で活躍した画僧である。
その生涯は謎に包まれた部分も多いが、遺された作品と、あの光琳や抱一、狩野派など、彼に憧れた後世の画家たちの存在が、才能と独創性とを雄弁に語っている。
今回は、そんな雪村の特異で劇的な魅力を、彼の主要作品約100件、関連作品約30件により体感できる15年ぶりの大回顧展 特別展「雪村—奇想の誕生—」を、以下の項目に沿ってご紹介したい。
Chapter 1.謎多き、放浪の画僧人生
Chapter 2.ドラマティカルで、アクロバティック。唯一無二の、奇想の水墨画
Chapter 3.girls Artalk的見どころ!”かわいすぎる”モチーフたち
Chapter 4.錚々たる顔ぶれ…雪村に憧れた画家たち
雪村筆 《自画像》 重要文化財 1幅 奈良・大和文華館
(展示期間:5月9日~5月21日)
【Chapter 1】 謎多き、放浪の画僧人生
正確な生没年が不詳の雪村だが、まずはその人生をざっと追ってみよう。
時は戦国。
常陸国(現在の茨城県)の武家に生まれた雪村は、幼くして出家し禅の修行を重ね、画僧としての人生をスタートさせた。
「雪村」と聞いて、かの水墨画の巨匠「雪舟」を思い浮かべた方は多いと思う。
その予想に違わず雪村は雪舟に憧れを抱いていたとされるが、彼は終生、雪舟の活躍した京へ足を運ぶことはなかった。
50歳代半ば以降は福島・会津、小田原や鎌倉で中国絵画をはじめとする名画に触れ、60歳代半ばからは会津と三春を行き来し、70歳代にして画業の絶頂期(!)を迎える。
その後80歳代で没するまで、東国において独自の画風を追求し続けたのである。
歳を重ねても、衰えるどころかむしろ研ぎ澄まされていく感覚と手腕、それを可能にする強靭なバイタリティ…知れば知るほど、不思議な人物である。
その才は、岡倉天心をして”雪村は雪舟を正面とすればその裏面を描いた” ”雪舟に先んじて出れば雪村が正面を画くか、もしくはその右に出た人”と言わしめたほどだ。
そんな彼の作品とはいかなるものか、次項から見ていきたい。
【Chapter 2】 ドラマティカルで、アクロバティック。唯一無二の、奇想の水墨画
みなさんは、水墨画についてどのようなイメージをお持ちだろうか。
まず掛け軸や屏風が頭に浮かび、切り立った崖や山、川などを描いた山水画、季節の花々や動物の描かれた花鳥画、中国の文人などの人物画…
それらが墨の濃淡をメインに構成された、とても落ち着いた佇まいの、なかなか”シブい”もの…そういった印象が強いかもしれない。
しかし、雪村の作品は、何かが違う。
まずはこちらの作品をご覧頂きたい。
雪村筆 《呂洞賓図》 重要文化財 1幅 奈良・大和文華館蔵
(東京会場での展示終了、滋賀会場の展示期間は公式HPで)
目にした瞬間感じる、この凄まじい風圧。
ファンタジーやSFの映画を見ているかのような、ダイナミックな画面構成。
すっかり春めいた気候に浮かれてミディ丈のフレアスカートで展示を訪れていた筆者は、この画面下から吹き上げる風のあまりに強烈な描写に、スカートの裾が煽られる気さえして、どきりとした。
スペクタクル、ドラマティカル、いや、最早アクロバティック…?
そんな仰々しいワードが頭に浮かぶ。
水墨画を鑑賞して、こんな感想を抱くことになるとは、思ってもみなかった。
描かれている人物は、中国の仙人「呂洞賓(りょどうひん)」。
彼は、荒れ狂う波を割って現れた雄々しい龍の上に立ち、気迫に満ちた表情で上空を見上げている。龍の角のリアルな凹凸の表現ひとつにも、雪村の見事な手腕が見てとれる。
そしてこの作品には、雪村の作品の特徴が多く詰め込まれている。
それらをいくつか見ていこう。
✔️ 登場人物に吹き込まれた命
本作で呂洞賓は、大海原を割って出た龍の上で、観ているこちらまで痛みを感じるほどに首を曲げ、髭を逆立て、上空の別の龍に鬼気迫る視線を向けている。
この凄まじい描写から察するに、呂洞賓とはさぞ気性の荒い仙人だったのかと、呂洞賓の姿が描かれた他の作品を色々と調べてみたが、まずもってこんなに激しく描かれている作品は見受けられなかった(雪村の影響を受けたものを除く)。
呂洞賓に関する逸話も、彼がちょっとやそっとでは動じない落ち着いた人物であったことを強調するものが多く、この作品に描かれた呂洞賓とはイメージがかけ離れている。
本作における呂洞賓の描写は、雪村なりの解釈、アレンジがかなりの割合で含まれているようだ。
そして、呂洞賓の足をよくよく見ると、指がぐにゃりと曲がって描かれている。
それもそうだ、これだけ巨大で豪快に動き回るであろう龍の上に、2本の足だけでバランスを保ちながら立っているのだから、そりゃあ指に力も入る。
―そこで、ふと気づく。
本展の解説のなかで、雪村は「画中の人物が何を考え、何をしようとしているのか」を丁寧に描き込んでいる旨が記載されていた。
そうか、と納得がいく。
不安定な足場で、指にぐっと力を入れている—その仕草ひとつで、描かれた人物が確かにその瞬間、画中で必死に行動していることがわかる。
まるで絵の中で命を吹き込まれ、明確に意思を持ち始めたかのように。
…そして、命を持った人物は、画面のなかで自在に動き始める。
本来の仙人のイメージに縛られず、吹き荒れる風、荒れ狂う波、上空に対峙する龍…その状況下で、呂洞賓なら何を考えどう動くか―その雪村なりの答えが、この迫真の表情と凄まじい立ち姿だったのだろう。
描かれた人物や動物ひとつひとつが、それぞれの意思で行動する―そんな、描く対象にこまやかに命を吹き込む彼の手腕とまなざしは、他の作品にも多々反映されている。雪村作品の重要な構成要素といえるだろう。
✔️ 意思を持っているかのような波
雪村作品のトレードマークと言っても過言ではないのは、波の特徴的な表現である。
「ざばっ」とかかる波というより、「にゅるり」という擬態語が合うだろうか。
触手のように伸びた複数の波が、時折交差したりしながら打ち寄せる様は、まるで波自体が意思を持っているかのよう。
彼の他の作品にも度々登場する表現なので、ぜひ注目してご覧頂きたい
✔️ 見上げる視線
呂洞賓は、ものすごい角度に首を曲げ、空を見上げている。
その視線の先にいるのは、この作品において彼が対峙する上空の龍であるが、この「どこかを見上げる」人物描写は、彼の作品に多く登場する。
呂洞賓のように、こうして一人で殺気立った様子で見上げるものもあれば、複数人で空を見上げるもの、遠景のなかで漠然と上を見やっているように見えるものなど、バリエーションは様々だ。
その視線の先を見て納得したり、何があるのかを想像したりするのはなかなか楽しいもの。
ぜひ、人々の「見上げる先」に思いを巡らせてみて頂きたい。
✔️ 効果的、劇的なコントラスト
力強い描線で描かれた呂洞賓に対し、上空の龍は、ややぼんやりとした筆致で描かれている。
もちろん龍の描き込みは目を見張るほどに繊細なのだけれど、全体をぱっと目にしたとき、
やはりこの強弱、濃淡、配置の巧みなコントラストは、観る者に画面の印象を強く残す。
では、上記の特徴を踏まえて、他の作品を観てみよう。
雪村筆 《龍虎図屏風》 6曲 1 双 東京・根津美術館館
【展示期間:4月 25 日~5 月 7 日】
轟々という風の音と、水しぶきがこちらまで飛んできそうな、ダイナミックで緊迫した画面。
そのあまりの気迫に、雷鳴がどこからかこだましてきそうだ
風圧で大きくしなった虎の背後の竹は今にも折れて飛ばされそうである。
そして例の波は、生き物のように画面を這い回っている。
配置の明快さはもとより、龍のいびつながらしっかりと描きこまれた鱗と、ふわりとした虎の毛並とのコントラストがリアリティを増し、劇的な画面が完成している。
1秒先、30秒先、1分先…めまぐるしく変わるであろう戦局と次の瞬間とを、想像せずにはいられない。
つい、これが墨の濃淡だけで描かれていることを忘れそうにもなる。
画面のあちこちにちりばめられた彼独特の描法から、いとも簡単に雪村マジックの手中に落ちてしまう作品だ。
【Chapter 3】 girls Artalk的見どころ!”かわいすぎる”モチーフたち
ここで、本展において筆者がgirls Artalk的視点で発見した、ある”見どころ”をご紹介したい。
…それは、雪村作品に登場するモチーフたちの”かわいさ”である。
そこに気が付いたのは、展示中盤。
《百馬図帖》(茨城・鹿島神宮蔵、期間中場面替えあり)を目にしたときだった。
簡略化され、さらりと最低限の描線だけで構成された馬たち。
その潔いまでのシンプルさと、黒々としたつぶらで丸い瞳、少しでっぷりした体つき、くっきりとられた輪郭線と真逆のふんわりしたたてがみ、何頭かがじゃれあう姿…
…そのどれもが、とてつもなく”かわいい”!
これだけラフに描かれていながら、馬の動きや骨格、そのバランス等には何ひとつ違和感がない。そこには雪村の洗練された筆運びのセンスと、それを裏打ちする高い技量が滲んで見えるのであるが、そういったこと以上に、こちらが思わず微笑んでしまうほどの愛らしさがもう、堪らない。
更に、こちらの作品。
雪村筆 《猿猴図》 1幅 個人蔵
(東京会場での展示終了、滋賀会場の展示期間は公式HPで)
蟹を捕まえようとしているこのやんちゃな猿たちのキュートさときたら!
4匹のリズミカルな配置、おのおのが意思をもって行動していることがわかる仕草と表情、
ふさふさの毛並…どれをとってもポップでキャッチー。
この猿たちにも、前述の雪村の特徴のように、しっかりと命が吹き込まれていた。
その後も、花鳥画に出てくるマットな質感のツバメ、多幸感がこの上なく溢れた布袋像、表情があるようにさえ見える野菜など、肩の力が抜けたり、可愛さにきゅんとするモチーフがちょくちょく現れる。
劇的な作品に圧倒される中で、こうしたコミカルで可愛らしいエッセンスがあるのは、雪村のひとつの魅力であろう。
ぜひともこの”かわいい”モチーフを、展覧会であちこち探してみて頂きたい!きっと、癒されるはず。
【Chapter 4】 錚々たる顔ぶれ…雪村に憧れた画家たち
雪村筆 《欠伸布袋・紅白梅図》 3幅 茨城県立歴史館蔵
(展示期間:3月28日~5月21日)
3幅のうち、真ん中にはおおらかな笑顔をみせる布袋像 、両サイドにはどこかで目にした記憶のある紅白梅が配されている。
…そう、尾形光琳の傑作、国宝《紅白梅図屏風》(江戸時代、2曲1双、静岡・MOA美術館蔵)が連想されるのである
光琳の紅白梅図屏風は真ん中に川が描かれているが、それを布袋に置き換えれば、配置といい梅の枝振りといい、なるほど近い佇まいと構成だ(展示では2者を比較できるよう、光琳の紅白梅図屏風がプリントされた薄い幕が手前に垂らされている。これも非常にわかりやすく、素敵な演出だった)。
光琳の紅白梅図屏風が江戸時代に描かれたことからもわかるように、雪村を慕った光琳が、雪村の《欠伸布袋・紅白梅図》を参考にこの作品を描いたことは想像に難くない(もちろん光琳の同作には雪村の影響だけでなく、琳派の俵屋宗達の影響も大きく反映されている)。
このように、雪村の独創的な画風と卓越した表現力には、後進の画家たちが強い憧れを抱いていたことがわかる。
狩野芳崖筆 《竹虎図》 1幅 奈良県立美術館
(東京会場での展示終了、滋賀会場の展示期間は公式HPで)
こちらは、狩野派として幕末から明治にかけて活躍した狩野芳崖の作品。
なんと、雪村筆とされる同名の作品を骨董店で目にして感激した芳崖が、盟友・橋本雅邦のもとを訪れ、「こんなふうだった」とスケッチしてみせた絵(!)であるという
一目見てこれだけのものをぱぱっと描けてしまう芳崖にもまず驚きなのだが、彼をそんなにも感激させた雪村の才がいかほどのものだったかがよく伝わるエピソードだ。
…このように、後世にも大きな影響を残した雪村。
彼の人生は謎に包まれた部分も多いが、彼の独創性が存分に発揮された作品が、こうして多数今の世に残っているだけでも、とても喜ばしいことに思える。
俵屋宗達や尾形光琳に代表される琳派の影響が、時に色濃く、時に姿を変えながら現代アートにまで脈々と受け継がれていっていることを思うと、更にそれより時代を遡った雪村の”奇想”が琳派を経て現代にしかと根付いていると実感でき、展示の終盤にはじんわりと感激を覚える自分がいた。
吹き荒れる風、にゅるりと蠢く波、命を吹き込まれ、ひとりでに動き出さんとする人物たち、ときにコミカルで、ときに静けさにも満ちた情景。 …そしてなにより、水墨画のイメージをひっくり返す大胆で劇的な描写と構成。
彼の残したその異様に大きな足跡を追って、ぜひ、観たこともないようなドラマティカルな水墨画の世界へ。
【番外編】 必見!”格好よすぎる”映像
…最後にちょっぴり、ご紹介。
第6章の展示室、入ってすぐ右側で上映されている雪村展の映像。
これが、とっても格好良い…!
生き物のような波や、人々が見上げる視線の先…そういった雪村独自のエレメンツが、心地よいリズムにのって、スタイリッシュかつ大胆なカットで次々現れるものだから、ついつい見入ってしまう。
上映時間も短めのため重くなく、雪村展のハイライト或いはおさらい的に見られるのもとても嬉しい。ぜひともご覧あれ!
文:haushinka
展覧会情報
特別展「雪村—奇想の誕生—」
URL:http://sesson2017.jp
※本展は、作品の展示替えがあります。上記で掲載した作品につきましても、既に展示が終了している作品がありますので、展示期間にご注意ください。
【東京会場】
会期:2017年3月28日(火)~5月21日(日)
会場:東京藝術大学大学美術館
住所:〒110-8714 東京都台東区上野公園12-8
電話番号:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:午前10時~午後5時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日(5月1日は開館)
入館料:一般 1600円 / 大学生 1200円 / 高校生 900円 (中学生以下無料)
【滋賀会場】
会期:2017年8月1日(火)~9月3日(日)
会場:MIHO MUSEUM
住所:〒529-1814 滋賀県甲賀市信楽町田代桃谷300
電話番号:0748-82-3411
開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時まで)
休館日:毎週月曜日
入館料:一般 1,100円 / 大高生 800円 / 小中学生 300円
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