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科学とアート、自然を慈しむ親娘の手紙「グリーンランド」

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2018年1月7日


科学とアート、自然を慈しむ親娘の手紙「グリーンランド」


科学とアート、自然を慈しむ親娘の手紙「グリーンランド」

 

 

銀座メゾンエルメス フォーラムにて、「グリーンランド」中谷芙二子+宇吉郎展が始まりました。

 

 

Photo taken in Greenland by Ukichiro Nakaya,1958

 

 

中谷宇吉郎氏は、1936年に世界で初めて人工の雪の結晶を作り出すことに成功した科学者です。雪は天からの手紙であるという有名な言葉を残し、自然を研究・分析しながら、随筆家としても多くの言葉を残した研究者として、今日も多方面から尊敬を集めています。

 

 

Greenland Glacial Moraine Garden 1994 中谷宇吉郎 雪の博物館 恒久展示インスタレーション  Photo:Tamatu Ushinozu
 

 

中谷芙二子さんは、宇吉郎氏の次女として生まれ、霧のアーティストとして国際的に活躍しています。水を用いた人工霧のインスタレーション霧の彫刻を、1970年に大阪万博ペプシ館で発表して以来、世界各地、80カ所以上で制作してきました。1989年には霧を作り出す装置で特許を取得しています。また、建築・音楽・ダンス・光など、他ジャンルのアーティストたちとの協働でも注目されてきました。最近では、2017年3月にロンドン・テートモダンから招待を受け、同美術館の新館スウィッチ・ハウスにて坂本龍一氏、高谷史郎氏、田中泯氏とのコラボレーションの作品を発表したばかりです。

 

 

《霧の彫刻》が発表された場所の世界地図

 

 

グリーンランドへの父の視点、娘の視点

 

 

展示タイトル、「グリーンランド」は宇吉郎氏が晩年、雪氷研究に打ち込んだ地です。建築家、レンゾ・ピアノのデザインによる 銀座メゾンエルメス フォーラムは、ガラスブロックを積んだような建築が特徴ですが、本展ではガラスの壁をグリーンランドの氷に見立てています。

 

展示が決まり、会場を訪れた芙二子さんはここをグリーンランドにしましょうと言いました。館内には、沢山の仕掛けがあり、銀座の大都会の中心にいることを忘れてしまうような雰囲気です。配されたドラム缶、グリーンランドの石、壁に掛かったポンチョを眺めると、不思議と気温が下がってきたように感じます。

 

 

グリーンランドの研究所近辺を再現したドラム

 

 

グリーンランドは、北極海と北大西洋の間に位置し、面積は日本の約6倍。世界最大の島です。その国土の85%は氷に覆われています。暖かい時期でも10℃を超えることは珍しく、冬はマイナス10℃からマイナス20℃になるそうです。しかし、近年は温暖化の影響で平均気温は30年前のマイナス6℃から、現在は2℃近くまで上昇しました。

 

小屋風のキューブ内では、宇吉郎氏が1957年から60年の間、4度のグリーンランド滞在中にフィルムカメラで撮影した写真が展示されています。大切に保管されていた135枚のスライドがデジタル化されました。海に流れる流氷、雪で真っ白な風景、研究基地などが変わり代わりにスライドに映されます。グリーランドは、日本とは全く異なる風景を持つ、はるか遠い、最果ての地のようで、孤独で過酷な研究の様子が想像されます。時折、働く人々も写っていました。

 

 

@Nacása & Partner Inc./Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

 

 

視線を移すと、壁面に映し出されるのは、芙二子さんが1994年に撮影した映像です。加賀市に中谷宇吉郎・雪の科学館が建設中で、そこに「グリーンランドの風景を作りたい」と、研究のため地質学者である姉の咲子さんと共に、当地を訪ねました。その際に持ち帰られた60トンの氷河の堆石は、同科学館の中庭に《グリーンランドの氷河の原》として現在も設置されています。

 

 

 

 

晩年の宇吉郎氏の姿を探す旅とも言える、旅の最中に撮影された映像には、宇吉郎氏が写真で残した頃と変わらない、雄大な自然が映し出されています。映像の下には石の採掘に使われた道具、実際に持ち帰った石が置かれています。採掘というと大きな機械を使うとばかり思っていましたが、手作業も多いのですね。ショーケースに並ぶ小さな石は色彩も質感も様々で、自然の造形の豊かさを感じます。

 

 

 

 

霧の彫刻《氷河の滝 グリーンランド》

 

 

展示に夢中になっている間に、気づかないうちに周囲は霧に包まれてしまうかもしれません。これこそが、芙二子さんが本展のために作り上げた《霧の彫刻》の新作、氷河の滝 グリーンランドです。

 

下方から少しずつ霧が現れ始め、徐々に上部にも広がっていき、3分ほどの間に展示室いっぱいに広がりました。ぼんやりとしていた視界は、真っ白になり、隣の人の顔も見えないほど。ひんやりと水蒸気でいっぱいの空気に身体全体が包まれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

芙二子さんは1970年代から《霧の彫刻》を継続して制作していますが、当初は「霧を定着させて、アートにすることは不可能なこと」という意識があったそうです。普段は見えない大気の姿を空気中の水分によって可視化させる、環境そのものをアートにするというスケールの大きなアイディアです。

 

《霧の彫刻》を47年間、制作し続けることについて「温度や、風の流れなど様々な要因を研究、実験し、コントロールするようにしてきました。相手の隙を見てタックルをするように。しかし、自然は複雑でコントロールなどできないので、自然に委ねる形に変えました」と語りました。

 

「今まで4度、屋内では発表したが窓がない空間は初めてだったので、とても難しかった」と。《氷河の滝 グリーンランド》の制作は新たな挑戦でした。

 

「都会では邪魔者扱いされ、排除してきた霧を、都会で楽しんでもらいたい」。ぜひ、霧の中に入って、変化する空間を楽しんでください。ポンチョを貸し出しているので、濡れることを気にせずに、霧と戯れることができますよ。《氷河の滝 グリーンランド》は毎時15分と45分に出現します。

 

映像展示では5箇所の《霧の彫刻》の映像を公開しています。初めて発表した大阪・ペプシ館のアーカイブ映像と現在も常設展示中のスペイン・ビルバオのグッゲンハイム美術館、フランス・ニッセイシュルエール村、アメリカ・サンフランシスコ、立川の昭和記念公園・子どもの森の4箇所です。

 

ネイビーのクッションに座りながら、街中や自然の中に作られた《霧の彫刻》を見ていると、いかに作品が日常的な景色に変化をもたらし、人々に驚きを提供してきたかが見えてきます。時折、はしゃぐ子どもたちの映像も(芙二子さん曰く、作品に一番喜んで接するのは犬と子どもだそうです)。年齢・国籍を問わず、多くの人から愛される、体験として記憶に残っていくアートです。

 

 

@Nacása & Partner Inc./Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

 

 

雪の結晶の研究

 

 

もう一つの展示室は木製の壁に囲まれ、小屋のような作りで「雪の下の研究室」と名付けられています。宇吉郎氏の研究所をイメージし、実際にそこで使用された机と同じ高さに展示台を設置しているそうです。低温科学研究所の元所長で、雪氷新領域研究の専門家、北海道大学名誉教授・古川義純氏が監修をした展示で、宇吉郎氏の雪の結晶研究の一部を見ることができます。

 

1932年に天然雪の結晶の研究を始め、その4年後には世界で初めて人工雪の結晶作りに成功しました。低温の研究室は、常に零下50度を保てるように特別に作られました。

 

 

Three-brauched crystal  ⓒ Kaga city. Nakaya Ukichiro Foundation

 

 

下の写真で、一番左は天然雪の結晶、左から2番目が最初の人口雪の結晶、3、4番目も人工雪の結晶です。人工雪を作るには核にする糸状のものが必要ですが、研究の結果、一番適していたのは、なんと、うさぎの毛でした。一つの人口雪の結晶を作り出すには、4時間ほど要したそうです。

 

 

@Nacása & Partner Inc./Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

 

 

雪の結晶は冬になると目にすることの多い人気のモチーフですが、日本で普及したのは宇吉郎氏の発表以降でした。それまでもアメリカ人のカメラマンによる雪の結晶の写真集がありましたが、完璧な美しい形が掲載されるのみでした。宇吉郎氏は完璧でない形も含め、より多くのバリエーションを分類して発表しました。映像展示のコーナーには雪の結晶の写真集を含め、参考資料が置いてありますので、手に取ってみてください。

 

宇吉郎氏が芙二子さんのために描いた水墨画の掛け軸に雪は天から送られた手紙であると、言葉が添えられています。詩的に感じられる一文ですが「雪の結晶を見れば、空気中の水蒸気の状態や、上空の気温がわかる」という科学的な意味があります。雪のように白い紙の上に5つの異なる形をした雪の結晶が墨で描かれています。父から娘へ、自分の研究の成果を表現した、素敵な贈り物ですね。

 

 

宇吉郎氏作の掛け軸の前で話す中谷芙二子さん

 

 

研究のノートやデッサン、愛用のカメラや、親しい方に宛てたクリスマスカードも展示され、宇吉郎氏の研究の日々や生活を身近に感じることができます。また、展示室の外側の壁には宇吉郎氏による油彩画《北大植物園》が展示されていますので、お見逃しなく。

 

 

ヴィデオ作品

 

 

2つのブラウン管テレビに1970年代に芙二子さんが制作した2本のヴィデオ作品が上映されています。いち早く芸術と科学のコラボレーションに興味を持ち、60年代後半のニューヨークで新進気鋭のグループ「E.A.T.(Experiments in Art and Technology)」に参加しました。このグループは、科学者を主に組織された、科学者とアーティストおよびエンジニアとが協働することを理念とした団体です。テクノロジーを用いたアートを推奨し、従来の科学のシステムからの脱却を図る活動を進めました。

 

今でこそ、映像のアートはアートとして定着していますが、当時はテレビがようやく普及した時代。ヴィデオ作品は、実験的なもの・新しい視覚芸術でした。芙二子さんは今日まで数々のヴィデオ・アーティストの活動を支援し、公募展やシンポジウム、作品の配給会社を立ち上げた、メディア・アート界の第一人者の一人です。

 

 

 

 

《モナリザのしっぽ》では、1974年に東京国立博物館に2ヶ月間貸し出された《モナリザ》を見ようと、行列に並ぶ来場者とインタビュー映像で構成されています。個人の意見に耳を傾けながら、社会現象となった出来事を丁寧に観察しています。展示されている30kgの重さのヴィデオカメラで撮影したとのことで、肉体的にも大変な負荷がかかっていたに違いありません。

 

《風にのって一本の線を引こう》では、蜘蛛が巣を作る様子を約20分のヴィデオテープにワンカットで撮影しています。蜘蛛の専門家・新海明氏との協業で、同氏の自宅の庭や国立駅木造駅舎に何度も通って制作しました。辛抱強く研究対象に向かう姿勢と自然が形作るものへの尊敬の念は父、宇吉郎氏と共通しています。

 

「映像表現’73」(京都市美術館)での展示では、美術館の敷地内で採集した蜘蛛と、それを映すライブ映像と、当作品とのインスタレーション形式で発表されました。来館者は記録映像を見ると同時に、生きた蜘蛛を観察し、映像と比較することができました。鑑賞者を研究者に仕立て上げてくれるような、斬新な展示方法ですね。

 

2つの展示室をつなぐ廊下に、芙二子さんによる絵画作品2点が展示されています。1958年までマドリッドとパリで絵画を学び、その後シカゴや東京で絵画展を開催しています。

どちらも抽象化されたような画面で、鑑賞者によって何が描かれているのか、意見が異なるでしょう。《Cloud Series=雲》の夜空のような暗闇に浮かぶのは雲でしょうか、靄でしょうか。白い物体は溶け出すかのように、滴っています。《Sun》は、森のような背景に落ちる夕陽の赤い光が、湖上の霧によって拡大される、そんな風景に見えました。しっかりと水気を含んだような表現から受ける視覚的な印象は、《霧の彫刻》での身体的体験と共通するように感じました。

 

 

右“Sun” 1960,oil on canvas
左“Cloud Series” 1964,oil on canvas

 

 

芙二子さんが振り返る宇吉郎氏の姿

 

 

宇吉郎氏が残した氷のことは氷に聞かないとわからないという言葉は、科学者が対象に持つ態度として人間としての真摯な謙虚さがなければ、自然は何も語ってくれないという信念に基づく言葉でした。当時は北極圏は米軍の基地の協力なしには行けない場所でした。研究のためには誰かに協力を得ることは不可欠で「一度、相手の気持ちになってみることが、如何に大切か」を宇吉郎氏は常に説いていたと言います。

 

厳しい自然に対峙し、過酷な状況下でも謙虚さを忘れない宇吉郎さんの科学者としての姿勢は、世界を飛び回り、様々な分野のアーティストや科学者と協働するアーティスト、芙二子さんに継承されています。

 

 

中谷芙二子さん、展示会場の入り口で

 

本展のリーフレットには、芙二子さんから姉・中谷オルスン咲子さんへの手紙が掲載されています。そちらにも家族のエピソードが掲載されていますので、御覧ください。

 

一組の親娘、家族の半生の軌跡と絆とが見られる、美しい物語のような世界が広がっていました。お一人でも、ご家族とも、大切な方とも、素敵なひと時が過ごせる展覧会となることでしょう。

 

 

【アーティスト・プロフィール】

 

中谷芙二子 Fujiko Nakaya

1933年、札幌生まれ。東京在住。米国ノースウェスタン大学卒業。1966年にニューヨークで結成され、芸術と科学の協働を理念とした実験グループ「E.A.T.」に参加、1970年の大阪万博ペプシ館にて人工霧による「霧の彫刻」を発表する。以降、世界各地で人工霧を用いた環境彫刻、公園、インスタレーション、パフォーマンスなどを手がける。他ジャンルのアーティストとの共同制作も多い。1970年代よりヴィデオ作品も制作し、1980年には原宿に「ビデオギャラリーSCAN」を設立。2017年フランス芸術文化勲章コマンドゥール受勲。代表作に《F.O.G.》(ビルバオ・グッゲンハイム美術館、1999年)、《雨月物語―懸崖の滝》(横浜トリエンナーレ、2008年)、《Veil》(フィリップ・ジョンソン「グラスハウス」、2014年)、《London Fog》(テート・モダン、2017年)など。

 


中谷宇吉郎 Ukichiro Nakaya (1900–62)

日本を代表する科学者の一人であり、雪氷学の基礎を築いた実験物理学者。1932年から雪の結晶の研究を開始し、1936年に世界で初めて人工的に雪の結晶をつくることに成功。1952年からは研究の場を米国へと移し、対象もグリーンランドの氷冠にまで広がった。主な著書に『雪』(岩波文庫、1938年)、『雪の研究―結晶の形態とその生成』(岩波書店、1949年)、『Snow Crystals: Natural and Artificial』(ハーバード大学出版局、1954年)、『北極の氷』(宝文館、1958年)など。1994年、生誕の地である石川県加賀市に「中谷宇吉郎 雪の科学館」が開館。

(銀座メゾンエルメス フォーラム資料より引用)

 

写真・文:Ryoco Foujii

画像提供:エルメス財団

 

参考文献: 中谷宇吉郎(著)・池内了(編)『雪は天からの手紙―中谷宇吉郎エッセイ集』2002年 岩波少年文庫

参考:デンマーク大使館HP http://japan.um.dk/ja/infor-about-denmark/greenland_site/

 


【展覧会情報】         

会場: 銀座メゾンエルメス フォーラム

住所:東京都中央区銀座5‐4‐1 8階

会期: 2017年12月22日(金)~2018年3月4日(日)

開館時間:月~土 11:00~20:00(最終入場は19:30まで)

     日曜 11:00~19:00(最終入場は18:30まで)

休館日: 不定休(エルメス銀座店の営業時間に準ずる)

入場料: 無料

公式サイト:http://www.maisonhermes.jp/ginza/

 

 

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Writer

Foujii Ryoco

Foujii Ryoco - Foujii Ryoco  -

学習院大学文学部哲学科(日本美術史専攻)卒業・学芸員資格取得後、アパレル会社にて勤務。
フランス、レンヌ第二大学で博物館学やミュージアムマネージメントを学び、インターンを経験。
パリ滞在中は通訳、翻訳者、コーディネーターとして勤務。
日頃の関心はジャポニスム、日仏の美術を通しての交流。
フランスかぶれ。自称、半分フランセーズ。
アートは心の拠りどころ。アーティストの想いを伝えられるような記事をお届けしていきたいです。
Contact:Facebook・Foujii Ryoco#Instagram・coco.r.f






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