feature

史上最大のコレクション展!秋の箱根で名画100点とめぐる20世紀

NEWS

2017年11月8日


史上最大のコレクション展!秋の箱根で名画100点とめぐる20世紀


 

史上最大のコレクション展!秋の箱根で名画100点とめぐる20世紀

 

箱根・仙石原のポーラ美術館で、10月1日より「ポーラ美術館開館15周年記念展 100点の名画でめぐる100年の旅」展が始まりました。

 

 

2002年にオープンしたポーラ美術館は、ポーラ創業家二代目、鈴木常司氏が40年をかけて収集した作品を中心としたコレクションを収蔵しています。

絵画や陶磁器やガラス工芸、またポーラならではの化粧道具など多岐にわたる約1万点に及ぶコレクションの中から、100点の名画が今回の展覧会には出品されています。

 

普段は国内・海外に貸し出しの作品が多いなどの理由から、コレクション作品だけで100点も展示するのは館として初めての企画。今までの企画展のテーマでは紹介する機会が少なかった隠れた名品も一同に揃っています。

 

また、初の試みとして西洋絵画と日本の洋画を一緒に展示しています。当館学芸員の岩﨑さんは「以前は考えられなかった、賛否両論が予想されるチャレンジングな企画」とおっしゃっていました。1860年から1960年まで100年間に描かれた絵画を、20のテーマに沿って時間旅行を楽しむように鑑賞できる機会です。

 

今回はプレスツアーの見学時に出会った、おすすめの絵画を3つのポイントに絞ってご紹介いたします。日本人画家については、プロフィールの概略も記載いたしました。さあ、鑑賞に出かけましょう。

 

©Sadao Hotta

 

1 国内では圧倒的な数を誇るモネのコレクション

ポーラ美術館はフランス印象派の画家、クロード・モネの絵画を19点収蔵しています。点数では国内コレクションの中では抜きん出ています。今回も展覧会前半に合計8点のモネの作品が。時代を追うごとに、画家のモチーフや表現の変遷に気づくでしょう。

 

021870s 雲と煙ーモネとモダニスム』

 

産業革命後に発明され人々の生活を一変させた蒸気機関車やセーヌ河沿いの工場の煙突の煙などモチーフの選び方に、新しい時代を捉えようとするモネの意欲が見えてきます。

 

クロード・モネ「花咲く堤、アルジャントゥイユ」1877年 油彩・カンヴァス

 

奥手には煙を上げる工場、手前には華やかなダリアの姿。緑溢れる行楽地が工業化されていく姿を捉えています。移ろいゆく時代への戸惑いをも感じられる、モネ30代の時の作品です。

是非一緒に見ていただきたいのが、こちらの作品。

 

ウジェーヌ・ブーダン「海洋の帆船」1873年 油彩・カンヴァス『01: 1860ー1870s 大自然を歩くー印象派前夜』に展示

 

ウジェーヌ・ブーダンは、ヨーロッパの各地を旅して絵画制作を続けた画家。フランス、ル・アーヴル(モネが代表作、「印象・日の出」を描いた港町)で若きモネに出会い、屋外制作を教えたことで知られています。フランス大西洋岸で多くの作品を制作しましたが、この作品では雄大な海を行き交う帆船と、大きな入道雲、うねる波。自然観察を重視し、印象派に先立つ画家として支持された、彼ならではのダイナミックな作品です。

モネの「花咲く堤、アルジャントゥイユ」の、僅か4年前に描かれた作品。同じように自然を戸外で描くことを信条とした画家二人が選ぶ主題の差異に驚きました。モネが住まっていたパリ近郊は特に時代の変化が顕著だったのでしょう。

 

081890s モネ、水の世界へ』

前述の作品から11年後、モネがルーアンの大聖堂などの「連作」を始めた時期であり、フランス・ノルマンディー地方の村、ジヴェルニーの自邸の庭に造った睡蓮の池を繰り返し描いた時代です。友人の批評家に送った手紙には「水と水面の下の世界に憑かれてしまった」と書き綴っているように、靄や水中に射す光に至るまで観察が及んでいます。

 

クロード・モネ「睡蓮の池」1889年 油彩・カンヴァス

 

自邸の庭に造った池の日本風の太鼓橋は、モネが日本の浮世絵に触発されて選んだもの。画面左上に掛かった柳の木、画面中央を大胆に分断した橋の構図に、日本美術の影響が見えます。

 

こちらの写真は、ジヴェルニーのモネの庭園で実際に撮影したものです。橋は写っていませんが、当時の雰囲気を可能な限り残すよう、大切に保護された睡蓮の池。水面には、空や木々が映りこみ、複雑な表情を見せていました。

 

©Foujii Ryoco

 

この光景を何とか絵筆で表現しようと、生涯で200点余り睡蓮の絵画に取り組んだモネのシリーズ最初期の作品。筆致は細かく、色彩は豊かであり、画家として独自の方法を見つけながら、画面が洗練されていったことがよくわかります。包み込まれるような優しい緑のグラデーション、実際にモネの庭を前にしている気分に導いてくれる作品です。

 

2 美を追求する、ポーラ美術館ならでは!古今東西 美しい女性たちの競演

 

ポーラ美術館のコレクションの特徴の一つとして、美しい女性を描いた多くの絵画が挙げられます。

今回は、普段なかなか公開されていない150点の明治・大正期の洋画のコレクションからも選りすぐりの作品が展示されています。日本とフランスの女性美の表現に会いにいきましょう。

 

051880s 美しき女性たちーマネとルノワール』

 

エドゥアール・マネ「ベンチにて」1879年 パステル・カンヴァス

 

エドゥアール・マネは、パステル画の作品を多く残していますが、そのほとんどが女性像。油彩よりも明るい色が多く、女性のすべすべとしていてマットな肌の質感をよく出せたことがパステルを使った理由と考えられています。

当時のモダンな服装に身を包み、ベンチに座ってどこかに眼差しを落とした女性は、若き女優がモデル。素早い動きのタッチで輪郭が描かれています。それに反して、顔は白粉を塗ったかのように白く、頬は頬紅をつけたように丹念に塗られています。背景の木々のざわめきの中で、この女性が凛とした感じに見えるのは入念に化粧をしたような顔にあるのかもしれません。

 

このセクションには、ピエール・オーギュスト・ルノワール「レースの帽子の少女」など、ルノワールの女性画4点も展示されています。

 

121910s1920s 美の競演ー女性像にみる西洋と日本』

 

満谷国四郎「樹下裸婦」1921年(大正10年)油彩・カンヴァス

 

満谷国四郎は岡山生まれの画家。上京して絵を勉強し、ヨーロッパ・アメリカに遊学。最初は写実的な作風で活躍するも、大原孫三郎(岡山県倉敷市の大原美術館のコレクションを作り上げた実業家)の援助を得て再び渡仏。ルノワールを訪問し、セザンヌの作品に出会うことで作風を大いに変化させた画家です。

 

満開に花を咲かせた木の下で、ひざまづいた女性は伏し目がちに小さな花を見つめています。うねる木の枝のフォルムも、女性の身体のフォルムも丸い曲線で、全体に柔らかな印象を与えています。奥行きの表現は少なく平面的で、はっきりとした輪郭線で対象を縁取る表現、単純明快な色面構成は、西洋のリアリズムを追求しようとしていた多くの同時代の画家とは異なる方向性です。実際に日本からヨーロッパへと出て、その時代の空気を存分に吸い込んだ満谷は、独自の表現で日本画壇に挑みたかったという気持ちがあったのではないでしょうか。新しい表現に着手するということは困難で、周囲の反対も強かったでしょう。優しく、幸福なムードが漂うこの作品ですが、時代背景を考えると、画家の情熱がより明瞭に浮き上がってきます。

 

このセクションには、パブロ・ピカソ「母子像」、岸田劉生「麗子坐像」や、新収蔵品の関根正二「三人の顔」など新しい表現を模索する画家たちの女性像が展示されています。


151920s パリに集う異邦人たち(エトランジェ)ーエコール・ド・パリの肖像』

 

マリー・ローランサン「女優たち」1927年頃 油彩・カンヴァス

 

マリー・ローランサンは、当時まだ稀だった女性画家。若い頃、パリ・モンマルトルにあったアトリエ、バトー=ラヴォワールにて世に認められる前のピカソなど若き芸術家たちと出会いました。キュビスムを擁護していた詩人・ギヨーム・アポリネールの恋人となり、画家として社交界に受け入れられ人気を博しました。

 

薄い曇り空のようなグレー、ロマンティックなバラ色の色彩を多用したローランサンの絵画。白い肌の女性達が画面の中で戯れるようなイメージを多く残しています。

 

左の女性はギターを片手にし、背景には幕が。右手の恋人たちは幸せそうに抱き合っています。劇中の光景でしょう。果たして、手前の人物は女性でしょうか、男性でしょうか。唇はバラ色に塗られ、白い肌は女性たちと同じく柔らかく、身体はしなやかな線で描かれています。女性のパートナーと交際することになるローランサンの後世について考えると、性差が曖昧な人物表現は興味深く、社会の制約に束縛されない彼女の生き方の反映のようにも思えます。

 

この時期、パリではアメデオ・モディリアーニ(イタリア出身)、シャイム・スーティン(ロシア出身)、ジュール・パスキン(ブルガリア出身)など、世界中から若い芸術家がパリに集まり制作をしていた、エコール・ド・パリと呼ばれる時代です。(これらの画家の作品も展示されています。)

外国からパリに絵を学びに来た彼らの中には貧しい者も多く、モンマルトルやモンパルナスの安い集合アトリエ兼住居で、明日の芸術を生み出す為に苦労を共にしました。日本人画家の中でフランスで唯一名声を得たと言われる、レオナール・フジタ(藤田嗣治)もこの時代をパリで過ごしました。パリが世界の芸術家の交差点となっていた時代の多様性を感じられる作品をこちらでは見られます。なお、本展覧会では藤田嗣治の「姉妹」など4点が出品されています。

 

3 日本の洋画の歴史がわかる!西洋画の探求と追いつき

 

日本の近代化と共に、江戸末期から明治、大正時代にかけて日本人は西洋絵画を研究してきました。今回の展示では日本の洋画の最初期から始まり、日本の洋画史の100年の流れを作品を通して掴むことができます。日本人洋画家のテクニックや、西洋の模倣に止まらない独自の表現は、フランス・パリのオランジュリー美術館で先シーズンに開催された「ブリヂストン美術館展」でも話題になっていました。

 

061880s1890s カンヴァスの上のサムライたちー日本近代洋画の黎明』

 

小山正太郎「濁醪療渇黄葉村店」1889年(明治22)油彩・カンヴァス

 

小山正太郎はイタリア人画家アントニオ・フォンタネージに学んだ画家で、教師としても満谷国四郎など優れた弟子を育成しました。この作品では鷹狩りにでかけた武士の一行が濁酒(どぶろく)で喉の渇きを癒そうと、村の酒屋に立ち寄る光景を描いています。一点透視図法を用いた奥行きのある構図、木々の描写力の高いデッサンは西洋から学んだもの。一見すると西洋画に見紛いますが、描かれているのは日本の茅葺き屋根の家とお侍一行で驚きました。

 

この作は、前述のモネ「睡蓮の池」と同じ年に描かれています。第1回目の印象派展開催からは15年後。フランスと日本の先端の美術には、まだまだ開きがあることがわかります。

 

091900年時代は動き、芸術(アート)が変わる』

 

時代は1900年代へと移り印象派の画家は既に巨匠と認められ、新印象派、象徴主義の画家が活躍する時代になりました。1900年にはパリ万国博覧会が開催、多くの日本人もパリに渡るようになり、今まで在日の外国人に教わるまでだった絵画技法を、直接その国で学べる時代がやってきました。

 

黒田清輝「野辺」1907年(明治40)油彩・カンヴァス

 

黒田清輝は薩摩藩士の長男として生まれ、17歳で法律を学ぶために渡仏するも画家へ転向し、フランス人画家、ラファエル・コランに師事。帰国後は明るい外光表現を日本洋画界にもたらし、東京美術学校教授(今の東京芸術大学の前身)に就任、政界の要職にも就き日本の洋画の発展に大きく貢献した人物です。

 

黒田が留学時代に目にした、師コランの自然景色の中の裸婦像に影響を受けて制作されたといわれている作品。

草原に身を横たえて、小さな花を朧げに見つめる女性。長い髪は草と一体化するように柔らかなタッチで描かれ、色彩は明るく光に満ちています。浪漫的で情緒のあるイメージですが、西洋では以前より受け入れられていた自然な女性美表現の背景には画家たちの抵抗の歴史が隠れています。

 

黒田は西洋画の伝統画題である「裸体画」を日本にも普及させようと制作にあたりますが、彼の裸婦画は展覧会で出品を拒否されたり、展覧会会場で警察により布で画面の一部を隠されるという政府からの反発を経験しています。

フランスから帰国後に洋画家が自由に作品を発表できるような場として「白馬会」を結成しましたが、日本の当時の裸体芸術への不寛容さには苦労しました。社会と芸術家との間の摩擦は近年でも頻発する問題です。美術史の新たな一頁が画家たちの奮闘によって加えられたことを考えさせられる作品です。

 

この作品は、ポーラ美術館で同時開催中の橋爪彩「Girls Start the Riot」展にも関連があります。橋爪彩さんにより、美しくも挑発的にアップデートされた「野辺」も併せてご注目下さい。

 

16:1930s 魔術芸術の魅惑』

 

この時代、ヨーロッパではシュルレアリスムが誕生しました。雑誌などの印刷メディアは遠く離れた日本にも海外の情報を届け、日本人は新しい西洋美術の動向を以前より早く知ることができるようになりました。同時出展のサルバトール・ダリやジョルジュ・デ・キリコ、ルネ・マグリットの作品と並ぶ日本人画家の作品はとても自然で、遂に日本の画家たちが西洋絵画に追いついた時代と言えるでしょう。

 

右:古賀春江「白い貝殻」1932年(昭和7) 油彩・カンヴァス

 

古賀春江は寺院の長男として生まれ、画家を目指して上京、前衛芸術家グループを結成し、パウル・クレーに影響された素朴な絵画を制作しますが、シュルレアリスムの影響で科学雑誌の写真や商業デザインを画面上で組み合わせる、モンタージュ風の作品を制作するようになりました。

 

画家が没する前年に描いたこの作品は、淀んだような深い青の背景に顔のない女性が浮遊しています。煙や幾何学的なモチーフや貝が、黒い影のようなドレスを纏った女性の周囲を取り囲みます。人形のような人体はデ・キリコの絵画に由来しています。本作の右側に展示されているデ・キリコの「ヘクトールとアンドロマケー」と当作品は背景の色彩が似ているようにも見えます。

 

 

木島俊介館長からの展覧会に寄せてのメッセージ

 

木島館長「20世紀はヨーロッパにとって長い世界戦争の世紀でした。普仏戦争時にモネは戦火を逃れて一時ロンドンへ避難し、そこで厳しいプロテスト(異議申し立て、抗議)を持ちながらも平和な作品を生み出しました。マティスの娘は対ナチス活動のためにひどい目にあい、マティスも大変な心痛を感じていましたが画面はそういったことは感じさせません。ピカソは”アートは世間にプロテストして、それと人間の間をなだめる魔術”と言っています。政治的な対話では平和はもたらされず、アーティストは生きている人間たちが何によって救われるのか根本から考え、生きものの本質を追求し、それによって同感してくれる仲間を作って、コミュニティを築きたいという意識があり、モネのように穏やかな作品を描いた人にも、そんな思いが非常に強かったのではないかと思います。この悲劇の世紀に、アーティストたちがどういう生き方をしたかご覧いただければ私も嬉しく思います。」

 

 

プレスツアーで伺った、木島館長のお話は大変印象的でした。それを踏まえた上で、今回の企画展のメインヴィジュアルに選ばれた、アンリ・マティスの一作を鑑賞してみましょう。

 

アンリ・マティス「リュート」1943年 油彩・カンヴァス(『17・1930-1940s 実りの季節ーマティスとピカソ』で展示)

 

マティスらしい、明るい色彩に溢れた本作品。朱色の部屋、壁紙にも絨毯にもアラベスクの装飾、テーブルには生命力に溢れた紫陽花が生けられ、すそがふくらんだドレスを着た女性はリュートを奏で、画面にリズムを与えています。

 

何気ない日常の幸福感を感じられるイメージですが、描かれたのは戦時中。マティスが南仏ニースに避難していた際、滞在先のホテルで描いたものです。さらに言えば、制作の2年前に、マティスは腸の疾患で大手術を受けており、病床でも制作可能な切り絵作品に転向していく時期に当たります。世界情勢にも自分の体調に対しても、決して平穏な気持ちにはなれないであろう毎日の中で、これほどにエネルギーに満ちた絵画を描いたところに画家であるマティスの内面の強さや前向きさ、平和を求める願いまでもを感じずにはいられません。

 

最後に、今回の企画展の鑑賞が更に楽しくなる、ポーラ美術館の試みをご紹介しましょう。

 

著名人と感想をシェアできる「この絵が名画である理由」

 

選ばれた絵画のうち17点には、作家、シェフ、美術雑誌の編集長やタレントなど各界で活躍する著名人から「この絵が名画である理由」がテーマのコメントが掲示されています。絵画のプロによる分析であったり、個人的な絵への思い入れであったりと、ご自身が絵画に向きあった感想と比較してみるのも面白いです。

 

じっくりみるーカンディンスキーの絵の中にまぎれこもう!

 

 

「じっくり/JIKKURI」は来館者が美術をより楽しめるようにと、3年前から美術館が企画しているプロジェクトです。美術の数ある楽しみ方のうちの一つが、ディスプレイや鑑賞ツールを通して提案されています。今回はワシリー・カンディンスキー作の油絵「支え無し」の世界が、吊り下げられた絵の中のモチーフと共に再現されています。絵画の中に紛れ込んだような感覚が味わえる楽しい企画です。知識ではなく体験で作品の魅力を感じられる展示スペースです。

 

見応えのある、充実した今回のコレクション展以外にも、常設展示、レストラン、ミュージアムショップなど、楽しめる場所が多く用意されています。これから紅葉も美しくなる芸術の秋、ポーラ美術館で日仏の絵画の歴史、アーティストたちに想いを馳せてみませんか。みなさんが、忘れられない作品に出会えますように。

 

 

 

文・Foujii Ryoco

画像提供・ポーラ美術館

写真・Foujii Ryoco、丸山順一郎

参考資料・「ポーラ美術館名作選 西洋絵画・日本の洋画」ポーラ美術館発行

 

 

展覧会概要

「ポーラ美術館開館15周年記念展、100点の名画でめぐる100年の旅」

会場:ポーラ美術館 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285 TEL:0460-84-2111

(小田原、箱根湯本からポーラ美術館まで直行のバスが出ています。詳しくはHPで)

会期:2017年10月1日(日)~2018年3月11日(日) 会期中無休

開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)

本企画展ホームページ:

http://www.polamuseum.or.jp/sp/best_collection_100
(学芸員のギャラリートーク、記念講演会も予定されています)

 

 

「ポーラ美術館での展覧会の記事はこちらから!」

ポーラ美術館が叶えた2人の”対話”「ピカソとシャガール~愛と平和の賛歌~」

橋爪彩 個展「Girls Start the Riot」 【今週のおすすめアート】



Writer

Foujii Ryoco

Foujii Ryoco - Foujii Ryoco  -

生まれも育ちも東京。初めて歩いたのはフランスのアヴィニョンの橋。

海外に親戚の多い家系で育つ中で、日本美術に魅了され、 学習院大学文学部哲学科にて、浮世絵、ジャポニスムを研究、学芸員資格を取得。 その後、百貨店にてファッションアドバイザー、マネージャーを経験するも、 芸術の国・フランス留学への道が諦められず渡仏。
レンヌ第2大学大学院にて美術史を専攻、博物館でのインターン、ワークショップの参加、各地方の美術館、ギャラリー訪問、アーティストとの交流を通し、 芸術が日常生活に溶け込んでいる環境に感銘を受ける。

絵画のある空間は、芸術家たちが、私が私自身の心と向き合わせてくれる、大切な場所。 美術館や博物館は、未来のために存在する、なくてはならない場所、温故知新のための場所。

2016年9月よりパリへ。日仏の架け橋になることを目指し、日々精進。 狂乱の時代のパリで成功を収めた画家、藤田嗣治に憧れている。

blog: ryocofoujii.blogspot.jp
instagram: coco.r.f






トップへ