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生と死と命のつながり『蜷川実花 うつくしい日々 展』~蜷川実花×飯沢耕太郎 対談レポート~

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2017年5月25日


生と死と命のつながり『蜷川実花 うつくしい日々 展』~蜷川実花×飯沢耕太郎 対談レポート~


生と死と命のつながり『蜷川実花 うつくしい日々 展』

~蜷川実花 × 飯沢耕太郎 対談レポート~

 

 

蜷川氏の父である蜷川幸雄氏が亡くなってから1周忌を含む10日間、原美術館にて“新しい蜷川実花”に出会える展覧会が開催されました。

 

 

 

 

さて、“新しい”と述べましたが、皆さんは蜷川氏にどのようなイメージをお持ちでしょうか?
作品については『現実離れした極彩色の世界観』といった方が多いのでは。
そしてもう一つ、“蜷川幸雄さんのお嬢さん”でしょうか。
「いまでもその呪縛を感じる時がある」という蜷川氏が「“作品を撮る”というより気が付いたら“撮らされていた”」と語るお父さんが亡くなる前と後の世界。
今回のイベントの対談相手であった飯沢氏が「大切な人が亡くなることって、(その人と)親しい人たちにとっては大問題で、この世が終わってしまっても良いくらいのことなのに、それでも世界は(亡くなる以前と)変わらずに動いていくものだよなぁ。」とおっしゃっていたのですが、まさしくそれを写真が語ってくる展覧会でした。

 

 

girlsArtalk編集部は急遽開催が決まったというニュースを聞き、アーティストトークにも参加しました。
「日本を代表する写真家」としての顔ではなく、「蜷川実花という一人の人間」について話してくださる貴重な内容でした。
1時間に及ぶアーティストトークを「なぜアーティストになったのか~父、蜷川幸雄さんとの関係~」と「作品における今までとこれから」の2本の軸にまとめてレポートします。
※「」内は蜷川氏の言葉を要約したものです。

 

 

 

 

1.なぜアーティストになったのか~父、蜷川幸雄さんとの関係~

 

前述したように蜷川氏に対して、”カッコイイ”とか”天才肌”というイメージが強いと思います。しかし意外にも今回自身の幼少期や新人の頃を例えて多く挙げられていたのが『巨人の星』や『アタックNO.1』というスポ魂系の漫画タイトル。ストイックで、粘り強く努力するタイプなようです。

 

「最近すごく思うんですけど、何に対してもエネルギッシュなタイプではなかった。学校の成績とかもすごく悪かったし。それは私のやりたかった事じゃないから良かったんです。でも、やりたいものが決まった時に”逃げられない”と思った。だって自分が(決めた)やりたいことだから。『アタックナンバーワン』とか『巨人の星』の主人公じゃないけど、とにかくしつこく挑戦していました。(有名な若手写真家を輩出する2大写真家登竜門の1つである)”ひとつぼ展”には4回もチャレンジしました。いつも最後までいくのにあと1票とかでグランプリがとれなかった。普通は(そこで諦めて)やめるんでしょうけど私はとにかくしつこかったんです(笑)」

 

 

 

 

そもそもどうしてアーティストになろうと思ったのか?という問いに対して

 

「気づいたら…(笑)5歳から絵描きになりたいと思って絵をひたすら描いていた時期もありましたね。表現者(が家庭にいる状況)の中で生きているからすごく焦ってた。早く自分も表現者になりたくて。
色々な賞をもらったけれど、一番最初のひとつぼ展の受賞が一番嬉しかった。集合写真かなんかで司会の人に『作家の皆さんこちらへ』と言われた時に”やっと作家になれた!”って。

 

そもそも”蜷川幸雄さんのお嬢さん”と言われることが多くて、一個人として認識されなかった。もっと”個人(蜷川実花)”として扱われたかった。だから “自分”を形成するのはなにか。”私は何者なんだ?”ということを意識するのがものすごく早かったです。だからこれは私にとってとても大きいものだった。
いまだに(呪縛から)まだ解けないかと感じる時もありますけど。まぁ、(自分が有名になるにつれて)その呪縛も薄れていったのですが…。やっぱり父が倒れてからはまた言われたり。でも亡くなる1年くらい前から、(今回の写真集に触れながら)娘としてやるべきことをやったかなと。」

 

さらにお父さんとの関係について話が進みました。

 

 

 

 

「昔、(父に)『俺はお前になんもしてやってないからな…。』と言われたとき『いやいやそんなことはないでしょうよ。』と言ったんだけど、良く考えたら本当に大してなにもしてもらってないかもと思って(笑)
(仕事で挫折したとき等に)手を差し伸べてくれたとか、大学を出てからは一銭も援助してもらってないし。
仲が悪いわけではないけど、23歳で家を出てるし。妹は実家にいて、いわゆる”お父さんと娘”というベタベタしているのは妹だけだったかな。2人で買い物に行ったとかそういう経験もないと思う。あまりくだらない話とかも私はしなかったし。
どこかに行くときに車で乗せていってもらうこともあったけれど”さて、何を話そう”って(考えてしまう)。
家にクリエーターが2人いることってなんか不思議で。
父が『最近、良い役者いる?』ってきいてきて『この前○○っていう女優さんを撮ったけど良かったよ。』って答えると『ああ、良さそうだね。』とか家庭内キャスティング会議みたいな(会話をしていた)。 ”父と娘”というより”写真家と演出家”の会話みたいな。でもそれも全然深い意味があるというより時間を潰すための会話でしたね。」

 

私は家族等の関係性において”普通”という表現があまり好きではないのですが、確かにユニークな親子関係だったようです。
続いて今回の展覧会の秘話も含めて作品について変わったことを聞くこともできました。

 

2.作品における今までとこれから

 

「今回の写真集を出すことになったものの、展覧会をやる予定はなかったです。でもだんだん(写真集が形になるにつれて)私史上残るんじゃないかっていう気がしてきて。
で、『もし展覧会をやるなら原美術館さんみたいなとこでできたらいいね。』ってポロッと言っちゃって。けど“みたいな“なんてあるわけないじゃないですか。唯一無二な(魅力のある)美術館だし。 そしたら展覧会と展覧会の間が3週間だけあいていて、しかもその中に父の命日もあった。
なんか本当に不思議でした。

 

そもそも(お父さんの死という風に写真を) まとめる気持ちでは撮っていなかった。
(写真家としての仕事)本当に全く違う幹から生えていて。お仕事として撮るもの、内側からくる撮ることと。
もちろん意識して撮った写真も何枚かあるけど(今回の写真は)今までだったら絶対にぬく(選ばない)し、今まで撮ろうと思ったこともないものもあります。ずっと手につかなかったんだけど、亡くなって半年たって“よしまとめるか”て思い立ってからは66枚がすんなり決まりました。」

 

 

 

 

”今までだったら撮ろうともしない”というのは例えば三菱UFJ銀行が写りこんだ街の風景であったり、コンビニに陳列された雑誌を撮ったものでしょう。街の写真を前に足を止めてしまったと飯沢氏も話していました。

これらの写真はいわゆる”なんでもない日常”を切り取った写真で、それまで蜷川氏が積み重ねてきたイメージとは確かに異なります。

 

しかし観る人は必ず思うはずです。”うつくしい”と。

 

 

 

 

 今回の写真は終わりですか?それとも今後につながりますか?という質問に対して

 

「レセプションが終わった後にようやく、ここ(お父さんの死)からの1年の写真をセレクションしだしました。今回の写真展のような写真ではなくて、やっぱりこれはこの時期だけのものであって。また”蜷川実花らしい”というような写真なんでしょうけど、確実になにかが(今回の経験で)違う。
そもそも、今回の写真集も積み重ねてきたことと全く違うようだけど、やはり今までの経験があってのものだし。
でも気づいたんですけど、とにかく私はずっと”蜷川さんのお嬢さん”というギブスからはやく抜けたくて突っ走ってきたから…。やっぱりその癖がある。またすぐ撮りたくなったんです。というか“撮ること”が猛烈に好きなんです。

 

もちろん作家人生とプライベートは分けているんですよ。でも、もし(写真家であるということが)無くなってしまったら芯が無くなってスカスカになっちゃう。バウムクーヘンみたいに(笑)生きることと写真家っていうのが溶け込んだなって。
(今回の写真は)無意識の中での話だから、これを超えれるかなっていう不安が出た。
”スルっ”て撮らされている感じがあったから…。自分でやった感じがあんまりしないんです。最後に(お父さんから)すごい大きなものをもらったな、と思っています。」

 

いよいよお父さんとお別れだと思ってから病室に2日間くらいだけカメラを持っていったそうです。

 

 

 

 

心電図は亡くなった日、医師が病院に向かう家族に会わせてくれるために心臓を動かす薬を投入してくれていてその部分だけ線がピッと上がっていたリアルなものだったそうです。
「それがぺらって(病室の机に)おいてあったのをみて、”うん、これは撮るかな”って思った。」というエピソードなども、”娘”や”写真家”として、時に”母”であったりする色々な顔や気持ちが融合して”蜷川実花という人”が構築されていると改めて感じました。

 

最後まで入れるか迷ったというお父様の”手”も含む、”今だけの蜷川実花”を感じることのできる写真たち。写真展は残念ながら終了してしまいましたが、写真集もありますので是非、お手に取ってご覧ください。

 

 

 

文:山口 智子
写真:菊田 剛樹

 

アーティストトークこぼればなし♡

 

ちなみに今回お時間を頂けたので私からもプライベートも伺える質問を1つさせていただきました。

 

girlsArtalk編集部:

今回、お父様とのエピソードを沢山頂きましたが、お子さんのことも”被写体”として撮ることがありますか?

 

「あー!そういわれるとないですね。本当に記念写真とか、”母”として撮った写真ばかりです。もう全然まとめる気とかもないです(笑)でも今後、思春期とかになったら撮ってみたいかも。嫌がられそうだけど(笑)

この前、飛行機に乗った時に、気圧で耳が痛くなったお兄ちゃんが痛すぎて泣いちゃったことがあったんですけど、その後ふてくされている顔がかっこよくって思わず”パシャ、パシャ”って撮っちゃったのですが、『なに撮ってんの!』って怒られちゃいました(笑)『だってハンサムだったから…。』って言ったんですけど。
今回の写真展で1枚子どもとの散歩風景はありますけどね。父と息子は本当になんか絆がすごくて…。亡くなった後いてもたってもいられず散歩したときの一枚です。」

 

 

 

 

とのことでした。写真展でもうすでに影が登場していましたが将来、もしかしたらご家族の写真を見ることができるかも?!楽しみにしましょう!

 

◆開催概要◆

 

□開催日
2017年05月10日~2017年05月19日

 

 

□会場
原美術館

 

 

□会場住所
東京都品川区北品川4-7-25 地図

 

□アクセス
JR「品川駅」高輪口より徒歩15分/タクシー5分/都営バス「反96」系統
「御殿山」停留所下車、徒歩3分/京急線「北品川駅」より徒歩8分

 

□入場料
一般1,100円、大高生700円、小中生500円/原美術館メンバーは無料、学期中の
土曜日は小中高生の入館無料/20名以上の団体は1人100円引

 

□営業時間

11:00 am – 5:00 pm(水曜は8:00 pmまで/入館は閉館時刻の30分前まで)

 

□イベントURL
http://www.art-it.asia/u/HaraMuseum



Writer

山口 智子

山口 智子 - Tomoko Yamaguchi -

皆さんは毎日、”わくわく”していますか?ーーー

 

 

幼いころから書道・生け花を初めとする伝統文化を学び、高校では美術を専攻。時間が許す限り様々な”アート”に触れてきました。

 

そして気づいたのは、”モノ”をつくることも大好きだけれど、それ以上に”好きなモノを伝える”ことにやりがいを感じるということ。

 

現在、外資系企業のメディア部門で奮闘中。

 

仕事も趣味も“わくわくすること”全てに突き動かされて走リ続けています。

 

instagram URL: https://www.instagram.com/YAMATOMO824/

 

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アートの世界は広く深い。

 

絵、音楽、ダンス、言葉… 感情や感覚、目に見えない物を伝えることを助けてくれるツールであり、人々の感動を創る。

 

だから私はアートが好き。






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