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森村泰昌 高橋明也 トークイベント @ la kagu(ラカグ) 「美術家Mが語る、ポートレート、そしてCのこと。」

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2016年8月17日


森村泰昌 高橋明也 トークイベント @ la kagu(ラカグ)  「美術家Mが語る、ポートレート、


森村泰昌 高橋明也 トークイベント @ la kagu(ラカグ)
「美術家Mが語る、ポートレート、そしてCのこと。」

 

セルフ・ポートレートの手法を用い、ゴッホやウォーホルらの自画像や三島由紀夫の演説などの歴史的場面、マリリン・モンローら有名人に扮する「自画像的作品」で知られる美術家“M”こと、森村泰昌さん。 

何者かになりきることで、対象と向き合った作品群は、美術史や社会、美の観念や自己にまつわる様々な問題を私たちに投げかけてくれます。 

今回、聞き手をつとめるのは高橋明也さん。自身が館長をつとめる三菱一号館美術館では、19世紀イギリスの女性写真家ジュリアン・マーガレット・キャメロン展が開催されています。 

“C”ことキャメロンもまた、被写体の内面性を写しだすポートレートや、よく知られた聖書や寓話のワンシーンを模した作品を制作しています。 

 

今回、神楽坂・la kaguで行われたトークイベントでは、そんな独自のアプローチで肖像について取り組んできた森村さんに聞く、「ポートレート」の尽きることない魅力について語っていただきました。 

 

 

高橋さん: 

実は、三菱一号館美術館の開館準備中から女性作家シリーズのプログラムを開催しようと思っていましたが、当館の女性スタッフたちから「今時ちょっとダサイ。」と言われて諦めた経緯がありました。しかし、諦めきれなくて…2011年にはマリー=アントワネットの画家であるヴィジュ・ルブランの初の展覧会を開催しました。ですから、今年の女性写真家ジュリアン・マーガレット・キャメロンの展覧会は、女性アーティストシリーズ第2弾というわけです。しかし、予想はしていたのですが、来場者数についてはなかなか厳しく、あまり人が見に来てくれません。そのことから、日本人はあまりオールド写真を見るということ自体が、文化として根付いていないのだと思いました。19世紀の写真展であり、名前も知らない写真家の作品展であるという、二重のハードルがあるみたいです。 

 

森村さん :

確かにそうですね…今日会場に来ているお客さんの中に”C”であるキャメロンと聞いて興味がある人はどれくらいいるんでしょうか?きっと、少ないと思うんです…実際、私もそのうちの一人でした。今回の高橋明也さんとのトークイベントに際して、私自身がキャメロンについて勉強してみようと思いました。

 

IMG_3145会場に机には自身が所持している数冊の掲げる森村さん。 ヴァージニア・ウルフ著書の「灯台へ」を手に取りました。 

 

 森村さん :

英国の小説家でありながら戯曲なんかも書くヴァージニア・ウルフ。ジュリア・マーガレット・キャメロンと関係が深い人物でした。僕は彼女の写真でジュリア・ジャクソンを捉えたものが好きです。ジュリア・ジャクソンはキャメロンの姪で、ヴァージニア・ウルフの母にあたります。今までヴァージニア・ウルフの小説を手に取る機会がありませんでしたが、今回のトークショーに際して勉強として読むことができました。

 

IMG_3154またここで、雑誌「LIFE」のタイムライフブックス編集部が出版している本を手に取った森村さん。 

 

森村さん :

1970年代初めに手にしたこの本は、私の恩師で写真家のアーネスト・サトウ先生が勧めてくれたものです。この本の内容としては写真の歴史などが語られていますが…第5章『絵画と写真の戦い』で絵画と写真の関係性について紹介しています。まず写真の歴史を辿ると、1824年、ニセフォール・ニエプスが世界初の写真である「ヘリオグラフィ」を発明し、1839年にはダゲールとニエプス共同で世界初の実用的な写真が発明します。その後タルボットによるネガポジ法によって複製が可能になりました。それから10年後には、ガラスネガによるコロディオン湿板法が登場し、更にそれから約10年経ってから、キャメロンは子供からのプレゼントでカメラを手にしています。先ほどの本の内容に戻りますが…絵画が写真に影響与え、その逆も然りです。やがて写真独自の美学を生み出していき、20世紀には写真というジャンルを確立していきます。 

 

高橋さん :

写真とは文字通りリアルを映し出すものです。キャメロンが写真を発表している同年代の写真は、パンフォーカスでピントが合っているものがほとんどですが、彼女の場合はソフトフォーカスにしている。いわゆる記録性の濃い写真ぽくないところがポイントですね。 

 

森村さん :

おっしゃるとおりです。記録がメインの目的ではないですね。たとえば、様々な人に扮装(コスプレ)させている「アーサー王伝説」の写真とか、なかなか面白いですね。絵画的というよりかは演劇的なこちらの写真は、ぎこちなく、学芸会っぽい…要は下手なんですよね(笑)でも、結論的には好きですよ…やはり彼女の写真で優れているのは肖像写真ですね。この作品で彼女は画面の周りを薄くして、失敗を生かしている部分など、作為的に作業していると思います。また、この「アーサー王伝説」の写真を見ていると7、8人のチームでやっているのも理解できます。それが私の写真制作の過程と似ていて、共感ができますね(笑)大げさなことではなく、身の回りのものを使う…座布団の中だけで世界が完結する落語にも似ています。また、そういった環境もカメラが発明されて生み出されたものだと思います。

 

IMG_3170「アーサー王伝説」の写真 

 

高橋さん :

きっと写真が生み出された時は、今のポケモンGOぐらいに人びとは熱狂したと思います。キャメロンがカメラを手に取ったのも、フランス人のニエプスが最初に発明してから僅か30年ですからね。写真が発明されて広がったスピードの速さに驚きです。 

 

森村さん :

絵が描けない人が光で絵が描ける。そして、自分のものになるという喜び。プロフェッショナルの世界でなくても、アマチュアでも芸術が生み出せるとうことから、ボードレールは「芸術は下落する」と写真を批判ました。しかし誰でも表現の喜びを持つことができるという表現世界の広がりは大切です…実際、48歳の時に子供にカメラをプレゼントされたキャメロンは、自分の世界が開けたのだと思います。アマチュアリズムが生かされて、それが演劇的な写真になり、共同作業の面白さを共有しています。

 

IMG_3172ここで、スクリーンに映し出された写真を見ながら力説する森村さん。 

 

森村さん :

自身の経験からですが…一枚布で服のひだを作る場合には、ポーズを長時間も固定しなければなりません。昔のカメラはシャッターがなく、キャメロンの場合は撮影に7分もかかります。その大変なことがやっていくうちにハマっていくんですよね(笑)キャメロンが撮影した写真はとてもプライベートなものです。メンバーも自分の身近な人たちばかりですから、そういう「私的」な写真表現のピュアさが感じられます。 

 

高橋さん :

絵画や版画を制作する人と写真を手がける人は違います。前者の視線は内に向かい、後者は外に向かいます。被写体というものがなければ写真というものは成立しません。被写体=他人と関係を結ばなければならないので、自然にそうのように振舞っているのかもしれません。レンブラントやゴッホなどのペインターのほとんどは自画像を描くことから、アトリエに閉じ籠り、絵と向き合い、自分を深めて描きます。しかし、篠山紀信さんをはじめ、大多数の写真家と同じようにキャメロンには自写真がありません。自分と向き合うよりも他人と向き合うほうが得意なのかもしれません。森村さんの不思議なところはその両方を持っているんですよね。 

 

森村さん :

そうなんですよね…私の場合は、絵を描くのも好きですし、ある種画家的だとも思うのですが、いっぽうでは写真というツールを使っていることもあるので、絵画と写真の両方が興味の対象となっていると感じます。そして、自分は絵画と写真の戦いの間にいます。その両方の矛盾…ボタンの掛け違いでまどろっこしい行為に至っています。いつも思うのは、正岡子規と夏目漱石が反対だったらいいのにということです。外の世界に興味があったけれども病弱で四畳半の中で世界を作らなければいけなかった子規と、内面の世界に興味があったのにイギリスに留学し鬱病になってしまった漱石。でもその矛盾があったからこそ、漱石と子規の作品が生まれた。芸術にはそういう矛盾があるんです。 

 

高橋さん :

お話を伺っていると、森村さんは学芸員と似ていると感じました。自分のことにも関心がありながらも、アーティストにも深く関心を寄せる…しっかり視点を捉えていますよね。先程言ったように…森村さんは絵画と写真の間で戦っています。また、当時の画家や写真家も同じように生きていたと思います。例えば、ほとんど同時期に制作されたマネのベルト・モリゾの肖像と、キャメロンのジュリア・ジャクソンの肖像写真が似ていたり…

 

IMG_3175スクリーンに絵画と写真を対比させて語る森村さん 

 

森村さん: 

キャメロンの写真とマネ作の「ベルト・モリゾ」を並べると、確かにマネがいかにモダンであったかよくわかりますね。キャメロンのポートレートは時代の古さを感じさせません。そしてキャメロンの写真と18世紀の絵画を比べると、両者がさほど変わらないのだということがわかってくる。いっぽうは写真を用いて絵画のように見せている写真。もういっぽうは、絵画なのに感性が写真的になっている絵画。 

ところで、絵画が写真に与えた影響を考えると、レイランダーの写真に見られるように、当時は絵画の世界を写真で表すことが芸術を高めると考えられていたのでしょう。また、写真が絵画に与えた影響はとても大きいと思います。例えば、ドラクロワは積極的に写真を使用して絵画を描いています。そのことをドラクロワ自身も公言しています。ボードレールはドラクロワの絵画の素晴らしさを語っていますが、実はドラクロワはボードレールが批判した写真を使っているのです。そういう点でも大変混乱した時代であったと思います。 

また、目に見えないものは描かないというクールベの絵画も写真が先行しています。アーネスト・サトウ先生によると、撮影した写真を用いて描かれたのではないかとされるモネの絵画には、俯瞰してものを捉える写真的視点が反映されています。ロートレックやドガなどの絵画でも、場面を切り取ったような描き方などは写真の感覚が出ています。 

しかし、ドガのように、写真の感受性を得ているのに、写真をもとに描いているとは言わない画家がいたのも確かです。 

 

高橋さん: 

また、キャメロンの写真を見ていると大国の国々とも異なるイギリスの特殊な文化的、社会的環境が大きく影響していると思います。 

キャメロン自身はインドのカルカッタで生まれ、フランスで教育を受け、親や夫の仕事関係で、各地を巡っています。 

 

森村さん :

ヘンリー・ジェイムズの著書「ねじの回転」にも書かれていましたが、イギリスの階級の高い人々はインドに行っていたようです。やはり…歴史的背景として植民地を支配していた影響を感じますね。キャメロンもインドやアフリカ、非常に広い世界からイギリスに戻り、閉じられたサロンに出入りするのです。全世界と繋がりつつ、閉じられたサロンに出入りしていたというイギリス文化独特の美意識がキャメロンにはあったのだと感じます。 

また、キャメロンの写真を見ていると…これは高橋さんも以前おっしゃっていたことですが、カメラを覗くのが男性だったら、様々な利害関係を背負ってしまうけれど、女性だからこそ被写体が素直になれるのではないかと、これは私もそう感じました。カメラの前で、誰もが同じスタンスなんですよね。キャメロンによるポートレート写真の特徴は、顔をアップに撮影しているところです。そのことで服装が映らないので、人の地位というものが取っ払われています。キャメロンには身分や性差を越えた、個々人が持っている「人間」そのものの魅力を引き出す能力があると思います。 

 

高橋さん :

女性だったことが大きいと思います。女性画家ヴィジェ・ルブランも社会的な地位のある人を描きますが、どんな対象も同じ距離感で描いていて、それは女性のひとつの特質だと思います。また、キャメロン自身がいい意味でアマチュアな写真家なので、警戒心を持たせなかったのかもしれません。 

 

森村さん :

そしてキャメロンの作品を見ていると、イギリスの代表的な童話『トムは真夜中の庭で』や『トーマス・ケンプの幽霊』などの幽霊物を思い出します。イギリスには幽霊が出てくる世界が近い存在にある気がします。その典型的なものがハリー・ポッターです。例えば、ヴァージニア・ウルフとキャメロンが撮ったジュリア・ジャクソンはこのようにそっくりですが、ちょっとお化けのようではないですか?ジュリア・ジャクソンは若い時にご主人を亡くしていますし、ヴァージニア・ウルフも自殺しています。キャメロンは、ジュリア・ジャクソンに「生と死」というものを常に感じていたように思います。その不幸な人の影を捉えるのが上手いんですよね…写真の持っている怖さを的確につかんでいます。今回キャメロンを勉強して一番興味を持ったのは、キャメロンの作品には、写真の根幹にある怖いもの、滅びゆくもの、無くなってしまうものを感じさせるところでした。キャメロンは本当に色んなことを感じさせる写真家です。

 

IMG_3180
スクリーンで他に紹介されたジュリア・ジャクソン(左)とはヴァージニア・ウルフ(右)の写真。 

 

今回、高橋さんとの約2時間にも及ぶトークイベントから…キャメロンの写真に対するぶっちゃけた感想から、森村さんの人物としての人柄に触れられただけでなく、その制作姿勢に至る背景や、写真の本質的な部分を読み取っていく、独自の着眼点に驚かされました。 

約150年前に活動していたキャメロンと、森村さんとの共通点が浮かび上がった会話から、ポートレートという肖像写真の魅力だけでなく、キャメロンという人物にも非常に興味が湧きました。 

48歳で初めてカメラを手にし、独学ながら作り込んだ写真により、写真を記録メディアではない、芸術の域にまで高めたキャメロン。 

その作品を一目見に、三菱一号館美術館に足を運んでみてはいかがでしょうか。
現在、女性に嬉しい「アフター5女子割」キャンペーンも実施しています。
このチャンスをお見逃しなく〜! 

 

文・新麻記子    写真・鈴木萌夏 

 

【情報】 

「From Life ―写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展」 

会 期:2016年7月2日(土)~9月19日(月・祝) 

開館時間:10:00~18:00(金曜、第2水曜、会期最終週平日は20:00まで) 

※入館は閉館の30分前まで 

休館日 :月曜休館(但し、祝日の場合と9月12日は開館) 

入館料(当日券):一般 1,600円/高校生・大学生 1,000円/小・中学生500円 

 

【登壇者プロフィール】 

森村泰昌(もりむら・やすまさ) 

1951年生まれ。美術家。1985年、ゴッホの自画像に扮したセルフ・ポートレート作品を制作。以降、現在に至るまで、一貫して「自画像的作品」をテーマに作り続け、国際的に活躍する。2014年、横浜トリエンナーレ2014のアーティスティック・ディレクターをつとめ、2016年春には国立国際美術館にて大規模個展「森村泰昌 自画像の美術史 『私』と『わたし』が出会うとき」を開催した。 

 

高橋明也(たかはし・あきや) 

1953年生まれ。美術史家。三菱一号館美術館館長。1984~86年、文部省在外研究員としてオルセー美術館開館準備室に在籍。国立西洋美術館学芸課長を経て、2006年より現職。2010年フランス芸術文化勲章シュヴァリエ受章。「オルセー美術館展」(1996、99、2006)、「マネとモダン・パリ」展(2010)などの展覧会コミッショナーを務める。








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