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私たちのいまとこれからを考えるアートの交差点、「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」

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2022年12月17日

私たちのいまとこれからを考えるアートの交差点、「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」


O JUNの展示風景

 

私たちのいまとこれからを考えるアートの交差点、「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」

 

2004年から3年に一度開催される、日本の現代アートの定点観測的な展覧会「六本木クロッシング」。その第7回目となる「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」が2023年3月26日まで、森美術館で開催中だ。今回は1940年代〜90年代生まれの日本のアーティスト総勢22組が参加。すでに世界的な評価を得ている巨匠から今後の活躍が期待される若手まで、それぞれの表現の交差点(クロッシング)として、どのような未来を共に創っていくことができるのかを問いかける展覧会を目指している。

 

開催以来、共同キュレーション形式を採用している「六本木クロッシング」展。今回は、近藤健一(森美術館シニア・キュレーター)、天野太郎(東京オペラシティ アートギャラリー チーフ・キュレーター)、レーナ・フリッチュ(オックスフォード大学アシュモレアン美術博物館 近現代美術キュレーター)、橋本梓(国立国際美術館主任研究員)の4名が企画を担当。サブタイトルの「往来オーライ!」には、歴史上、異文化との交流や人の往来が繰り返され、複雑な過去を経て、現在の日本には多様な人・文化が共存しているという事実を再認識しつつ、コロナ禍で途絶えてしまった人々の往来を再び取り戻したい、という思いが込められている。

また、長引くコロナ禍により以前は当たり前のように受け入れていた身近な物事や生活環境を見つめ直すとともに、多様性を強く意識したうえで下記の“3つのトビックス”で展覧会を構成している。

 

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1|新たな視点で身近な事象や生活環境を考える

コロナ禍により、東日本大震災を経た日本で、自然や環境についての関心が高まったことの延長線上で、私たちは身近な事象や生活環境をより強く意識するようになった。

 

2|さまざまな隣人と共に生きる

コロナ禍がもたらした変化は、個々人の状況でさまざまであり、多様な隣人がいることに気づかされる。「ダイバーシティ」や「LGBTQ+」という言葉の陰に隠されてしまう、もっと見えにくい差異も含めて、さまざまな人たちが共に”暮らす社会の姿を考察する。

 

3|日本の中の多文化性に光をあてる

コロナ禍で海外からの人流が途絶えたにもかかわらず、海外にルーツを持ちつつ日本で生活している人たちの姿。民族や文化が尊厳を取り戻す動きが世界的にますます高まるなか、連綿と続いてきた日本の文化的多様性に光をあて、新しい時代を共に考える必然性があるのではないか。

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参加アーティストのそれぞれの作品は、特定のトピックに区切られることはなく、複数にまたがるものもある。3つのトピックスを意識したうえで鑑賞することで、より本展や作品への理解が深まるだろう。

 

 

O JUN 《練馬の鳥》(部分) 2022年

まず展示空間に入ると、O JUNの絵画作品と青木千絵の彫刻作品が鑑賞者を出迎える。O JUNは本展メインビジュアルにもなっている《美しき天然》(2019年)のほか、多様な隣人を描いた複数の作品で構成される「マチトエノムレ」を発表。一見ほのぼのとして見えるこれらの絵画は、身の回りで起きた出来事や、目にした社会的な事件から着想を得ている。そこに暮らすのは誰なのか、私たちは誰と共に生きているのか。コロナと共生する街の景色は、私たちに静かに問いかける。

 

 

青木千絵の展示風景

青木が自身のからだを模した漆の立体作品「BODY」シリーズは、納得いくまで磨き上げるという、果てしなく続く作業によってようやく完成している。その身体性や刻々と変化する漆の艶の表情が、生命の存在を感じさせる。

 

 

金川晋吾 《長い間》 2010-2020年 展示風景

金川晋吾は、しばらく行方をくらませては舞い戻る父親のポートレートを撮影した《father》で知られる写真家。今回の展示では、長い間行方不明だった認知症を患う伯母を撮影したポートレート《長い間》(2010-2020年)を、時計回りに時系列に並べて展示している。金川のことも忘れてしまい、他人としてただ撮影場所で佇む伯母とは、作品の撮影を糸口に新たな関係が築かれていったそうだ。

 

 

松田修の展示風景

兵庫県尼崎市でスナックを営んでいた女性の、波乱万丈な人生がコミカルに語られているのは、松田修の映像インスタレーションだ。作家の実の母でもあるその女性が写った写真をデジタル加工し、目や口が部分的に動きながら人工音声が流れる。コロナ禍で閉店してしまった該当のスナックや、同じように閉店を余儀なくされた尼崎付近の店舗で使われていた什器や備品でインスタレーションを構成し、同じことが世界中で起きていることを示唆している。

 

 


池田 宏《椎久愼介 標津町2022年7月》(「AINU 2019-2022」シリーズより)2022年

順路を進んだ先のスクリーンには、池田宏のアイヌの人々を主題にしたスライドショー作品が投影されている。さまざまな職業に就いて生活を営んでいるアイヌの人々のポートレートからは、民族としての括りでなく、個としてのキャラクターや生き方が見えてくる。

 

 

キュンチョメ 《声枯れるまで》 2019/2022年

アート・ユニットのキュンチョメの映像インスタレーション《声枯れるまで》(2019/2022年)は、あいちトリエンナーレでも発表された作品だ。出生時に割り当てられた性別と異なる性として生きる人やトランスジェンダーの登場人物が名前を改名し、生い立ちや昔の名前に対する違和感、新しい名前の由来、改名時の両親の反応など、葛藤や希望を語る。その上で、作家と共に新しい性の名前を叫ぶというもの。キュンチョメは登場人物と一緒に名前を叫ぶことで、彼らの新しい名前や人生へのエールや礼賛を送る。

 

 

折元立身の 展示風景

次の展示室では、「パン人間」こと折元立身が作品を展示。世界各地で現地のおばあさんを招いてランチ振る舞う「おばあさんのランチ」シリーズは、本来料理を作る側の人を労うというもの。福島やデンマーク、ポルトガルでのおもてなしの様子が鑑賞できる。

 

 

横山奈美「Shape of Your Words」シリーズ 2022年 展示風景

一見写真のように見えるのは、横山奈美の新作ペインティングシリーズ「Shape of your Words」(2022年)だ。この作品シリーズは、家族、知人の手書きの“LOVE”の文字をネオン管で立体化し、それを写し描いたもの。5歳の子どもからアフリカ系の女性の筆致まで、作品を通じた作家との温かい関係性が示されている。

 

 

市原えつこ 《未来SUSHI》 2022年

歩みを進めると、市原えつこのSF的な新作インスタレーション《未来SUSHI》(2022年)があらわれる。環境危機や乱獲の問題を踏まえた、2030年〜2110年までの未来の寿司ネタを、ロボット大将のペッパーくんが紹介してくれる。同時に展示されている《「自宅フライト」完全マニュアル》(2022年)は、コロナ禍で実際には飛行機で移動できない状況で、自宅で旅行をするかのように、機内食を儀式的に模して行ったものだ。

 

 

玉山拓郎《Something Black》2022年 Courtesy: ANOMALY(東京)

本展最年少作家である玉山拓郎の新作インスタレーションは、真っ赤な空間だ。ズラリと並ぶ黒く四角い立体オブジェたちはテーブルや椅子、システムキッチンなど家具や什器を想起させる。展示室の窓から太陽光が射し込み、都市風景のようにも見える既視感と違和感、都市像を私たちに問いかける。

 

 

ガラリと空気が一変する空間には、石内都の「Moving Away」シリーズが。金沢八景のアトリエから、群馬県へ引っ越す前に撮影された私的なスナップショットたちが並ぶ。移住をテーマにした本作は、これまでの歴史を断ち切り、新たな空気を呼び起こす。

 

 

潘逸舟《声》2022年

潘逸舟(ハン・イシュ)が9歳のときに家族と共に上海から青森に移住した時に、中国の祖母と自らを繋いでくれた公衆電話をテーマに制作された、新作映像インスタレーション《声》。映像では、帯状に切り取られた日中辞典や国語辞典などの余白部分が、解体された公衆電話の部品に接触し、言語化されない声としての摩擦音を発生させている。

 

 

呉夏枝 《海鳥たちの庭》 2022年

海路による人々の往来などを題材に、テキスタイル作品を生み出す呉夏枝(オ・ハヂ)は、移民・移住をテーマにした作品だ。古い太平洋の地図が床面に投影されている。

北海道出身の進藤冬華は、「移住」をテーマに多層な歴史的背景の掘り起こしを行っているアーティスト。《そうして、これらはコレクションになった》(2016年)は、ドイツの博物館にアイヌ関連品が収蔵された経緯のリサーチに基づくもので、博物館の展示に見立てた方法で展示している。

 

 

沖縄にあるアメリカ軍基地を含む日常風景を描いた連作は、沖縄出身の石垣克子のもの。石垣はこうした風景をカンバスに描くことで、いま自分が暮らす街の様子を自分の眼で見、絵として残そうとしている。

 

 

伊波リンダ《searchlight》 2019-2022年

ハワイ生まれの沖縄系移民の伊波リンダの写真作品《searchlight》(2019-2022年)は、戦時中に軍事用だったサーチライトを平和の象徴として利用する「平和の光の柱」から名付けたもの。作家本人の多様なアイデンティティと、今日の沖縄が重なる作品だ。

 

 

やんツー 《永続的な一過性》 2022年

やんツーのインスタレーションは、物流倉庫で使われている自律搬送ロボットが多様なオブジェの中から1つを選択し、展示・撤去を繰り返す。コロナ禍で無人化・自動化が進むなか、手作業で展示作業を続ける美術業界の非効率性、資本主義やテクノロジーとの距離感をアイロニーとして表現している。貴重であるはずの「作品」とそうでないものを区別せずに、単一のモノとして扱うロボットは、美術という究極の人間中心主義システムから脱却できる可能性や希望と、それが失わることの残酷さも表している。

 

 

SIDE CORE/EVERYDAY HOLIDAY SQUAD 《rode work ver.tokyo》 2018/2022年

都市の風景から着想を得て、夜間の道路工事用の照明機材で制作された立体と映像はSIDE CORE/ EVERYDAY HOLIDAY SQUADの作品だ。ライトの明滅は、福島から発信されている電波時計の電波と同期している。本シリーズは東北の「Reborn-Art Festival 2017」で初展示しており、東日本大地震の被災地と東京を、ストリートカルチャーの視点からつなぐ意味が込められている。

 

 

竹内公太の展示風景

竹内公太の写真作品《エビデンス》(2020年)は、除染作業で出た土を貯蔵する施設で警備員をしていたことに由来する。竹内は、トラックに警棒を振って誘導した経験から、コミュニケーションの形式としての身振りに着想を得て、空中に警棒でアルファベットを描き、それを光跡写真に収めた。このアルファベットの集積で王冠と人の形をあらわした作品《文書1:王冠と身体 第3章》(2022年)と並んで展示されている。

 

 

猪瀬直樹の展示風景

猪瀬直哉の出品絵画は一見美しい風景に見えるが、そこには人間、動物あるいは植物などの生き物の気配が全くない。不気味さと平穏さの間を揺れ動く沈黙と対時させられる。また、今日の環境破壊や気候変動の影響をも示しており、自然への畏怖が表現されている。

 

 

AKI INOMATA 《彫刻のつくりかた》 2018年-

ビーバーがかじった木片と、それを模して約3倍のサイズで人間が彫ったものと、更に自動切削機(CNC)で彫ったもの3種類を並列に展示し、彫刻が人間の手によるものだけではないことを暗示している。作られたオブジェの作者は誰なのかという複雑な問いを、ユーモラスに投げかける。

 

 

青木野枝「coreシリーズ」2022年 Courtesy: ANOMALY(東京)

本展のラストを飾るのは、ベテラン作家青木野枝の大型インスタレーションだ。工業用の鉄板をパーツに溶断し、リングで構成された本作は、不可視の水蒸気が核となって現れる雲をモチーフとしている。鉄本来の硬質感や重量感、さらには膨刻=塊という概念からも解放され、作品の置かれた空間を劇的に変化させる。鉄でできた不定形な雲を見つめながら、変化する時間や未来に思いを馳せることができる。

 

東日本大震災、新型コロナウイルス感染症を経て、変わりゆく日常をより鋭敏に感じとるようになった私たちの、今とこれからを考えるきっかけになる六本木クロッシング2022展。アートと人が交差する3年に1度のこの機会に、足を運んでみてはいかがだろうか。

 

 

文=鈴木隆一

写真=新井まる

 

 

【展覧会情報】

六本木クロッシング2022展:往来オーライ!

会期|2022年12月1日〜2023年3月26日

会場|森美術館

住所|東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階

電話番号|050-5541-8600 

開館時間|10:00〜22:00(火〜17:00、ただし1月3日・3月21日は22:00まで) 

休館日|無休 

料金(平日窓口)|一般 1800円 / 高校・大学生 1200円 / 4歳〜中学生 600円 / 65歳以上 1500円料金(平日オンライン)|一般 1600円 / 高校・大学生 1100円 / 4歳〜中学生 500円 / 65歳以上 1300円

料金(土日祝窓口)|一般 2000円 / 高校・大学生 1300円 / 4歳〜中学生 700円 / 65歳以上 1700円

料金(土日祝オンライン)|一般 1800円 / 高校・大学生 1200円 / 4歳〜中学生 600円 / 65歳以上 1500円

https://www.mori.art.museum