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合理性や機能の中に息づく工芸的デザインセンスに触れる「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」

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2022年8月11日

合理性や機能の中に息づく工芸的デザインセンスに触れる「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」


合理性や機能の中に息づく工芸的デザインセンスに触れる「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」

 

金属工芸家としてスタートし、20世紀の建築や工業デザインに多大な影響を与え、今なお根強い人気を誇るジャン・プルーヴェ(1901-1984)を紹介する大規模展覧会「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」が、東京都現代美術館で開催中だ。

本展は、オリジナルの家具や建築物およそ120点を、図面やスケッチなどの資料とともに展示している。「スタンダードチェア」をはじめとした代表的な家具のみならず、ポルティーク門型架構が特徴的なメトロポール住宅など建築作品そのものも体験できる。20世紀という時代に、デザインと生産を総合的に捉え、新たな技術や素材を追い求めたプルーヴェの生涯の軌跡をたどる展示だ。合理性や機能の中に息づく彼の工芸的な造形感覚や哲学に触れることができるだろう。

 

プルーヴェはアール・ヌーヴォー全盛期のフランスで、芸術家、職人、工場経営者が集うナンシー派の画家の父と音楽家の母の下で育てられた。ナンシー派は旧来の歴史主義を否定し、芸術を日々の暮らしに取り入れようと試みる協会。それを率いていた父、ビクトール・プルーヴェの影響を受け、キャリアの初期はエミール・ロベールの下で金属細工師の修行を経て、鋳鉄職人として活動していた。1920年末に金属工芸を離れ、代名詞といえる薄鋼板を使いはじめることで、量産品への道も歩み始めるのだが、のちの彼のデザインセンスは工芸の土台があってのことだと気づかされる。

 

《「S.A.M.」テーブル No.506》(1951)Yusaku Maezawa Collection《「メトロポール」チェア No.305(4脚)》(1950頃)Laurence and Patrick Seguin Collection © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924

《「ゲリドン・カフェテリア」組立式テーブル》Yusaku Maezawa Collection《「カフェテリア」チェア No.300》(いずれも1950)Laurence and Patrick Seguin Collection © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924

 

プルーヴェの作品の特徴として、解体可能であることと、線材が少ないことが挙げられる。「スタンダードチェア」を例にとると、脚部、座面、背板を独立した部材とし、ボルトやフックなどのディテールにより接合させるため、小さく梱包して持ち運び、現地で容易に組立(解体)が可能だ。スタンダードチェアは、生涯完成することのなかった椅子であり、1934年から1980年の間に鉄から木、アルミニウムと、使われる環境や資材の変化に合わせて素材を替えながら改良され続けた。また、脚にみられる三角形の構造はトラスを想像しがちだが、筋交や火打ちといった線材がほとんど使われておらず、薄鋼板を曲げた中空部材などにより構成されている。芸術と工業の融合を志したプルーヴェの初期からのこだわりだ。本展では、「スタンダードチェア」の数々のモデルがまとめて展示されており、その変遷を体感することができる。

解体可能であるという特徴は、建築にも活かされている。1952年にブラザヴィル(現コンゴ共和国の首都)に建てられたエールフランス航空の社員宿舎には、プルーヴェ設計のブリーズ・ソレイユ(日除けルーバー)などの建材や家具が数多く生み出された。これらはいずれも解体可能で輸送しやすく、アトリエ・ジャン・プルーヴェからアフリカに向けて直接空輸によって送られた。現地調達できる木材との素材の棲み分けを行いながら、熱帯気候に適応した建築を造り上げている。

 

ジャン・プルーヴェは絵も描き、実験や溶接などの現場作業、営業までもこなす経営者でもあった。そんな彼が生涯で一度だけみずから建物の構想から設計、施工までを家族とその友人たちで実現したプロジェクトがある。ナンシーの住宅とも呼ばれる「プルーヴェ自邸」だ。

第二次世界大戦が終結したのち、1947年に自身の工房を刷新するためにナンシーから郊外のマクセヴィルへと移転したのだが、1953年に自邸の基礎工事が完成した頃には工場を追われることとなる。アトリエ・ジャン・プルーヴェの主要株主との衝突によるものだったが、これをきっかけに自邸の計画を大きく変更し、マクセヴィルの片隅に置いてあったかつてプルーヴェによってデザインされた既存部材を援用して建設された。直感を頼りに現場で即興的に案を練り上げ、プレファブが一般的でない当時に、約3ヶ月という異例の早さで自邸を完成させている。

 

《「メトロポール」住宅(プロトタイプ、部分)》(1949)Laurence and Patrick Seguin Collection © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924

《「メトロポール」住宅(プロトタイプ、部分)》(1949)Laurence and Patrick Seguin Collection © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924

 

本展に展示されている現存する3つの建築作品として、《「メトロポール」住宅(プロトタイプ)》(1949年)、《F8×8 BCC組立式住宅》(1942年頃)と《6×6組立式住宅》(1944年)がある。展示での再現を可能としていることからも分かるとおり、いずれも解体・移築可能な建築だ。《「メトロポール」住宅(プロトタイプ)》は「ポルティーク」と呼ばれる特徴的な門型架構とファサードを別々にすることで、構造の特徴を浮かび上がらせる。地下2階のアトリウムに建てられた《F8×8 BCC組立式住宅》は、プルーヴェとピエール・ジャンヌレが第二次世界大戦中の極限状態で協働し設計・建設したもので、8mというサイズは、工場で使用していた最大幅4mの折曲げ加工用プレス機の規格によるもの。この技術的条件により1棟の最小面積は64平米となり、十分な広さをもつ住宅が実現した。「メトロポール」住宅は1日で、F8×8 BCC組立式住宅は2日で組立可能だ。

アトリウムの壁面に展示される《6×6組立式住宅》は、東フランスの難民のための一時的な住居として1944年に設計されたものだ。2015年には別荘として浴室とキッチン用の外付けユニット、温水や太陽光発電による電力供給カートが取り付けられ、次世代のモデルとして継承されている。

このほかにも各建築の紹介とともに動画や詳細模型が併せて展示されており、その中の1つである《生活向上組立式住宅》について、ル・コルビュジエは1956年当時、“私が知るなかで最も美しい住宅だ。最も完璧な住まいであり、見たことない輝きを放っている”と絶賛している。また、コルビュジエは著書『モデュロールⅡ』において、「ジャン・プルーヴェは、とりわけ雄弁に“建設家”を体現する。それは社会的な資格として、未だ法的に認定されていないが、我々が生きてゆく時代で切に求められている職能だ」と評している。

 

《F8×8 BCC組立式住宅》(1942)Yusaku Maezawa Collection © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924

《F8×8 BCC組立式住宅》(1942)Yusaku Maezawa Collection © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924

 

最後の展示室にはプルーヴェの貴重なインタビュー映像「ジャン・プルーヴェ:建築家とその時代(約60分)」が上映されているが、同じものがミュージアムショップ横のホワイエでも上映されているので混雑時はそちらも利用してほしい。

家具や建築の分野において、社会的背景、環境配慮、政治的な参画といった、あらゆる面で力を発揮したジャン・プルーヴェ。晩年にはパリに建つポンピドゥー・センターのコンペ審査員長を務め、リチャード・ロジャースとレンゾ・ピアノの案であるハイテック建築の誕生に一役買っていたことで、後世の建築の工業化に与えた影響も大きいといえる。今なお色褪せない力強いデザインと先見性に飛んだ経営者としての顔を、ぜひこの展示で体感していただきたい。

 

文=鈴木隆一

写真=新井まる

 

【展示会情報】

ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで

会期:2022年7月16日〜10月16日

会場:東京都現代美術館 企画展示室1階、地下2階

住所:東京都江東区三好4-1-1

電話番号:050-5541-8600

開館時間:10:00〜18:00 

休館日:月(7月18日、9月19日、10月10日は開館)、7月19日、9月20日、10月11日

料金:一般 2000円 / 大学生・専門学校生・65 歳以上 1300円 / 中高生 800円 / 小学生以下無料

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Jean_Prouve/

 

 

トップ画像:展示風景より ©︎ ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924



Writer

鈴木 隆一

鈴木 隆一 - Ryuichi Suzuki -

静岡県出身、一級建築士。

大学時代は海外の超高層建築を研究していたが、いまは高さの低い団地に関する仕事に従事…。

コンセプチュアル・アートや悠久の時を感じられる、脳汁が溢れる作品が好き。個人ブログも徒然なるままに更新中。

 

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Instagram:@mt.ryuichi

 

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