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GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は? 横尾芸術の変遷をたどる

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2021年9月16日

GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は? 横尾芸術の変遷をたどる


GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は? 横尾芸術の変遷をたどる

 

1960年代からイラスト、デザインから現代アートの領域まで、常に第一線で活躍し、日本だけでなく世界をも魅了し続けてきた作家、横尾忠則。

横尾の60年以上にわたる集大成を見ることができる過去最大規模の展覧会「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」が、10月17日(土)まで東京都現代美術館にて開催中だ。

 

GENKYO展横尾忠則さん展示室(撮影:山本倫子)

 

横尾は、スタイルの変遷をめまぐるしく重ねながら、あらゆるものをモチーフとし、数々の作品を世に残してきた。愛知県立美術館で開催された「GENKYO 横尾忠則」展が更にスケールアップし、横尾本人の総監修で、構成を根本から見直し、初公開となる新作も含め、計603 点もの作品を一度に見ることができる。横尾芸術の真実やそのダイナミックな展開を、思う存分体感することができる、まさに画期的な展覧会である。

 

興味深いのは、ここにある「原郷」とは、単に故郷や原風景を意味しているのではないということである。幼少年期の記憶や感情を通じて遡行される、さらにその先にある私たちすべての人間の魂のふるさと、つまり前世であり宇宙でもあるものを、横尾は「原郷」と呼んでいるのである。これだけでも、本展の見え方は変わってくるのではないだろうか。

 

横尾忠則《原郷》2019年 作家蔵(横尾忠則現代美術館寄託)

Tadanori Yokoo, Homeland, 2019 Collection of the Artist (Deposited in Yokoo Tadanori Museum of Contemporary Art)

 

横尾は、自身の作品はすべて「完成を目指したものでも完成されたものでもなく、未完成なのだ」と、繰り返し語る。実際に横尾の作品を時系列で鑑賞すると、作品ごとに異なったスタイルで描かれ、模型や布、新聞紙、毛皮など様々な素材が使用され、何人もの作家がいるかのように感じる。

「森羅万象の画家」と言われるほど、様々なモチーフやテーマで描き、見る人を圧倒させる。

他の作家にはほとんど見られない、横尾の特徴的な作風は、ある意味彼の「日記」を見ているかのようでもある。

 

暇さえあれば野山や田畑を駆け巡り、自然の中を遊び回っていた10代までの横尾の記憶は、その後の人生や創造における重要なインスピレーション源となっている。五感を通して体得した経験や感性によって記憶されたものであったため、体験によって「肉化」したものは記憶されると横尾は語る。

つまり、横尾にとって頭ではなく肉体こそが、霊感を与え続けてくれる記憶装置なのである。

 

「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」展示風景、東京都現代美術館、2021年 撮影:山本倫子 

Installation views of “GENKYO YOKOO TADANORI”, 2021 Museum of Contemporary Art Tokyo Photo: Noriko Yamamoto

 

1980年夏、ニューヨーク近代美術館をでピカソの大回顧展を見たことをきっかけに、デザイナーから画家へ転身。いわゆる「画家宣言」をきっかけに、国際的な新表現主義の動向を同時代的に体感しつつ、自らの絵画を見出そうと数々のスケッチやドローイングを制作し、試行錯誤を重ねていく。

絵画の身体性を追求した作品や、日本神話を主題にした作品、鏡や骨など様々な異物をコラージュした作品などは、観る人に衝撃を与え、国際的にも注目された。

 

著名なアーティストの作品を横尾なりに再解釈した名画シリーズや、シルクスクリーンなどの様々な技法を用いた作品、テクナメーションという技術によって動く絵画など多岐に渡る作品が展示されているのも、注目すべきポイントだ。

横尾忠則という人間が、どのような環境や人々に影響を受け、それを横尾はどのように解釈し、作品としてどのように残ってきたのか。見れば見るほど、作品に吸い込まれていくような面白さがある。

 

「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」展示風景、東京都現代美術館、2021年 撮影:山本倫子 

Installation views of “GENKYO YOKOO TADANORI”, 2021 Museum of Contemporary Art Tokyo Photo: Noriko Yamamoto  

 

特に印象に残っているのが、体験型の《滝のインスタレーション》作品だ。

横尾が滝の絵を描くために収集した絵はがきのコレクションは当初の意図を越え、13,000枚余りという膨大な数に達した。滝の絵はがきで壁面と天井が覆い尽くされ、床の鏡面にも映り込んでおり、そのダイナミックな空間のインパクトはとても大きく、足を踏み入れた瞬間に、宇宙的で神秘的な力を感じ、体が中に浮いているかのような、不思議な感覚に陥った。これは是非体験してみて欲しい。

 

「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」展示風景、東京都現代美術館、2021年 撮影:山本倫子 

Installation views of “GENKYO YOKOO TADANORI”, 2021 Museum of Contemporary Art Tokyo Photo: Noriko Yamamoto 

横尾忠則《暗夜光路 赤い闇から》2001年 東京都現代美術館

Tadanori Yokoo, A Dark Night’s Flashing: From the Red Darkness, 2001 Collection of Museum of Contemporary Art Tokyo

 

横尾の代表作である「Y路地」シリーズは、子供の頃に通った模型屋が取り壊された跡地を撮った写真に、普遍性を感じたことがきっかけで生まれた作品である。

この作品を目の当たりにすると、訪れたことのない場所であるのにもかかわらず、足を運んだことがあるかのように懐かしく感じる「既視感」と、時代に起き忘れられたかのような「不安感」を感じる。そして気づけばその岐れ路に引き込まれ、立ち止まってしまう。

 

Y字路シリーズは、他にも昼間のY字路や黒いY字路など、様々に描かれている。

この作品をターニングポイントとし、横尾は「いかに生きるか」を絵画的な実践の本質と捉え直し、新しい段階に入っていくこととなったのである。

 

《WITH CORONA》展示風景

 

2020年5月、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、コロナ禍でのネガティブイメージをポジティブイメージに変換する試みとして、自身の作品や写真を中心に様々なイメージを素材とし、マスクをコラージュした「WITH CORONA」シリーズをSNSなどを通じて世界に向けて発信し始めた(2021年4月からは名前を「WITHOUT CORONA」に変更)。現在その数は700点以上になり、現在も毎日増え続けている。

 

「コロナを拒否してコロナから逃避するのではなく、コロナを受け入れることで、コロナとの共生共存を図る精神の力を絵画に投影させて、マイナスエネルギーをプラスの創造エネルギーに転換させることでコロナを味方につけてしまい、この苦境を芸術的歓喜にメタモルフォーゼさせて仕舞えばいいのだ」ー横尾忠則(朝日新聞 2020年5月12日)

 

この作品は、コロナ禍という未曾有の状況にある私たちの現在を映し出しているかのようであるとともに、自身の肉体や病気との付き合い方を再考する機会ともなるのではないだろうか。

 

 

横尾忠則《T+Y自画像》2018年 個人蔵  Tadanori Yokoo, T+Y Self-portrait, 2018 Private Collection

 

日本を代表する横尾忠則の集大成を、一度に、心ゆくまで楽しむことができる本展覧会。

こだわり抜かれた構成の中で、息をつく暇もないほどビッシリと並んだ彼の作品と対話をする時間は、見る人の中に様々な想像を膨らませる。

未曾有のウイルスによって世界中が不安な中、アートの力によってポジティブなイメージに変えようとする横尾の取り組みから、力強さをも感じることができるのではないだろうか。

 

「僕自身の言葉では語りきれないほど絵の方が饒舌で、絵が全てを語っている。まずは絵と会話してみて欲しい。」という横尾の言葉にもあるように、訪れた際には、ぜひ彼の作品との会話を楽しんでみて欲しい。

横尾の芸術の変遷を辿りながら、今もなお進化していく彼の作品を通して、本当の芸術とは何か、その本質に迫ることができるダイナミックな展覧会をお見逃しなく。

 

文= Yukari Fujii

写真=新井まる

 

 

【作家プロフィール】

撮影:山本倫子

横尾忠則(Tadanori Yokoo)

1936年、兵庫県西脇市生まれ。高校卒業後、神戸でデザイナーとしての活動を始め、1960 年に上京、グラフィック・デザイナー、イラストレーターとして脚光を浴びる。その後、1980 年 にニューヨーク近代美術館で大規模なピカソ展を見たことを契機に、画家としての本格的な活動を開始。様々な手法と様式を駆使して森羅万象に及ぶ多様なテーマを描いた絵画作品を生 み出し、国際的にも高く評価される。2000 年代以降、国内の国公立美術館での個展のほか、 パリのカルティエ現代美術財団(2006)をはじめ、海外での発表も数多く行われている。 2012 年に横尾忠則現代美術館(兵庫県神戸市)、2013 年に豊島横尾館(香川県豊島)開館。

 

 

 

【展覧会情報】

GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?

会 期 : 2021年7月17日(土)〜10月17日(日)

会 場 : 東京都現代美術館 企画展示室 1F/3F(東京都江東区三好 4-1-1)

休 館 日 : 月曜日(7/26、8/2、8/9、8/30、9/20 は開館)、8/10、9/21

開館時間 : 10:00〜18:00(展示室入場は閉館の 30 分前まで)

 

展覧会特設サイト : https://genkyo-tadanoriyokoo.exhibit.jp/

美術館ウェブサイト : https://www.mot-art-museum.jp/

展覧会公式 Twitter : @GENKYO_Yokooten

お問い合わせ : 050-5541-8600(ハローダイヤル/9:00-20:00 年中無休)

※開催内容は、都合により変更になる場合がございます。予めご了承ください。

 



Writer

Yukari Fujii

Yukari Fujii - Yukari Fujii -

京都で生まれ育ち、2020年に上京。アパレル、ライターとして活動の幅を広げる。

ファッションや環境問題、ものづくりの背景に強い興味関心があり、世の中により良いものを届けるため、エディターを志す。幼少期からデザイナーの母に連れられ美術館を訪れていたことから、アートのおもしろさに気づき、学生時代には数々の国を訪れ、芸術に触れてきた。

現在は、いくつかのメディアにて、健康や運動、人の魅力にフォーカスした取材から、日本のものづくりや環境問題について執筆中。

Instagram:@yukaringram