feature

職人技と現代美術の遭遇『眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展』

NEWS

2018年9月22日


職人技と現代美術の遭遇『眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展』


 

 

職人技と現代美術の遭遇『眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展』

 

 

銀座メゾンエルメス フォーラムにて『眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展』が開催中だ。一般公開に先立ち、ギャラリートークが2018年9月12日(木)に行われた。本展は、2017年夏のパリのパレ・ド・トーキョーに続いてニ回目の開催となる。日本での展示は二期にわたり、展示は、2014年~2017年の間の「レジデンシー・プログラム」に参加した30代~40代の現代アーティスト9名の作品で構成されている。

 

アーティスト・レジデンシーとはエルメス財団が2010年から開始した、アーティストの支援プログラムである。メンターに選ばれたアーティストは、エルメスの工房(皮革、シルク、銀、クリスタル等)に滞在し、職人が持つ超絶技巧を学び、新たな作品を生み出すのが狙いだ。Vol.1で作品を公開するのは、クラリッサ・ボウマン、ルシア・ブル、セリア・ゴンドル、DH・マクナブの4名。エルメスの工房の職人が持つ神業ともいえる技術とアーティストの豊かな想像力が生んだドラマティックな作品群を作家自身の言葉で解説したい。

 

 

 

タイトル「眠らない手」の意味

 

 

 

眠らない手
眠らない手

銀座メゾンエルメス外観

 

 

 

『眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展』の開催にあたり、エルメス財団のディレクター、カトリーヌ・ティケニスと本展のキュレーターであるガエル・シャルボーが来日した。

 

カトリーヌはアーティスト・レジデンシーについて以下のように語った。

 

「レジデンシーは正に冒険と言えましょう。エルメスは職人のメゾンです。レジデンシーで重要なのは、私たちの眼に見えない財産、つまり技・ノウハウをアーティストに使ってもらうことであり、アーティストの仕事と職人の仕事が交わることなのです。エルメス財団なりのアーティストの新しい出会いのお手伝いをする方法と言えます」

 

また、シャルボーは本展覧会についてこう話す。

 

「眠らない手というタイトルは、実際に私がアトリエやマニファクチャーを訪れ、手というものは意識とはまったく別の独立性を持っていると考えたところにあります。動きや仕草に対し、意識がついてくるというのは後からと言えましょう。本展の作品には、リピート、反復するという共通項があります」

 

今年はエルメス財団発足10周年に当たり、記念碑的な展示となるのは間違いないだろう。

 

 

 

長さ40メートル。織物で宇宙を表現 セリア・ゴンドル

 

 

 

眠らない手
眠らない手

Photo : Tadzio, 2016 © Fondation d’entreprise Hermès

 

 

 

セリア・ゴンドルのアプローチは、人間の細部では計れない世界、無限を表現するところにあり、与えられたイメージや物を使って「宇宙」の視覚化を試みている。

 

 

 

眠らない手
眠らない手

アペイロン(無限なるもの)の観測可能性
Observables d’Apeiron
2016 シルク、ルレックス系、ポリエステル、スチール
Silk, lurex, polyester, steel
4,000 x 169 cm

 

 

 

フランス、リヨンにあるホールディング・テキスタイル・エルメスに滞在し、ファブリックを扱うことになったゴンドルは、星図を織物にして表現した。長さ40メートルにもわたる本作は、宇宙物理学者のエレーヌ・クルトワの指示を仰いで制作したもの。拡張する宇宙を物理学や天体の定義を用いて、我々の存在は何なのかという根源的テーマを投げかけている

 

 

 

眠らない手
眠らない手

 

 

 

トークショー当日、ダンサー・振付家でもあるゴンドルは、歌手のオリヴィエ・ノルマンと歌での競演も披露した。互いに問いかけ、呼応しながら音階を昇順していく二人の声は、レンゾ・ピアノが設計した銀座メゾンエルメス フォーラムの高い天井へ届くや空間を飽和し、鑑賞者たちに不思議な一体感をもたらした。

 

 

 

「ガラスの言語」で職人たちと対話した DH・マクナブ

 

 

 

眠らない手
眠らない手

Photo : Tadzio, 2016 © Fondation d’entreprise Hermès

 

 

 

DH・マクナブが滞在した工房は、フランスにあるクリスタル工房のサンルイ・クリスタル。サンルイは、ほとんどがクリスタル職人やその家族が住んでおり、村全体が一つのファミリーのようだという。技が世代をわたり受け継がれていく様をマクナブは目の当たりにし、大いなる時の流れを感じたという。

 

 

 

眠らない手
眠らない手

地平線
Horizons
2016
クリスタル
Crystal
サイズ可変
Dimensions variable

 

 

 

地平線をイメージした作品は、大自然で見られる節折々の日の出や夕日をクリスタルの球体に閉じ込めている。ペーパーウェイトの技法で制作した作品は、角度や入り込む光によって見える色が変化し、多彩な表情を見せる。

 

眠らない手
眠らない手

右:地平線 習作4
Horizon Studies #4
2016
フュージングガラス
Blown and fused Glass 76.2 x 76.2 cm
Courtesy of S12 Gallery and Workshop, Bergen, Norway

左:地平線 習作5*
Horizon Studies #5
2016
フュージングガラス
Blown and fused Glass 76.2 x 76.2 cm
Courtesy of S12 Gallery and Workshop, Bergen, Norway

 

 

 

球体の地平線シリーズを更に発展させたのが、ノルウェーのベルゲンに滞在した際に制作した上記の作品だ。ベルゲンの風景や地平線を反映させている。彼はガラス工房でいつもレンズ(眼鏡)をかけて作業をしているが、レンズを通して見る世界というのも、本作のレイヤーの一つである。

 

 

 

眠らない手
眠らない手

サンルイの心臓部(または炉床)
The Heart(h) of Saint-Louis
2016 クリスタル、LEDライト
Crystal, LED lights
サイズ可変
Dimensions variable

 

 

 

サンルイにある溶解炉をかたどった作品「サンルイの心臓部(または炉床)The Heart(h) of Saint-Louis」。タイトルの一部分である「Heart(h)」は暖かい場所(Hearth)、心(Heart)を掛け合わせている。

 

マクナブいわく、彼の持つ共有言語として「ガラスの言語」があるという。アメリカ出身でフランス語が話せない彼は「ガラスの言語」で工房の職人たちと豊かな会話をしたそうだ。

 

 

 

銀のスプーンをある種の楽器にまで変容させた クラリッサ・ボウマン

 

 

 

眠らない手
眠らない手

Photo : Tadzio, 2015 © Fondation d’entreprise Hermès

 

 

 

眠らない手
眠らない手

スプーン・本
Spoon – Book
2016
マットのレイド紙(200g)にインクジェットプリント、蛇腹折りの紙 25ページ
Ink jet print on matt laid paper 200 g, concertina-folded
21 x 42 cm~21 x 1,500 cm
Courtesy of galerie Dohyang Lee, Paris, France

 

 

 

クラリッサ・ボウマンは、「行動」「身振り」「儚いもの」に着目したコンテンポラリーダンサーであり、今回のような職人との共同制作は挑戦だったという。レジデンシーに参加するにあたり、彼女は新しいものではなく既存のものを変化、あるいは進化させたいと考え、身近な「スプーン」に着目した。銀器を扱うフランスのパンタンにあるピュイフォルカの工房で、銀のスプーンを職人と共に限界まで引き伸ばし、細い糸まで変容させることに成功した。

 

 

 

眠らない手
眠らない手

スプーン
Spoon 2015-2017
銀の糸、音響装置
Silver thread and audio system
サイズ可変
Dimensions variable
ディナースプーン「Virgule」
デザイン:ネダ・エラスマー、ピュイフォルカ Dining spoon model “Virgule” designed by Nedda El-Asmar for Puiforcat

 

 

 

かつてスプーンだった銀の細い糸をボウマンが指に挟み、右から左へゆっくり移動すると、線から鯨の鳴き声のような幻想的な音が生まれた。スプーンが一種の楽器にまで変化したのである。「眠らない手」に相応しい作品だとキュレーターのシャルボーも納得の様子だった。

 

 

 

「当たり前」への偏執的なまでの疑問符 ルシア・ブル

 

 

 

眠らない手
眠らない手

Photo : Tadzio, 2017 © Fondation d’entreprise Hermès

 

 

 

彫刻家のルシア・ブルもサンルイ・クリスタルへ滞在した。残念ながら、今回のギャラリートークへの参加はなかったが、シャルボーが彼女の作品について語ってくれた。

 

ブルはミニマリズムな言語、表現を持つアーティストであり、数年前からキューブ型の作品を制作している。彼女は常に人間の感性を持ったキューブを探しているという。人間と同じ感覚を持つキューブにいつか辿り着けると考えているのだ。

 

 

 

眠らない手
眠らない手

(モヴィーダス)
(movidas)
2017
透明クリスタル、マットクリスタル、磁器
Transparent and sanded crystal, porcelain
サイズ可変
Dimensions variable

 

 

 

棒状のクリスタルを全て同じサイズになるように手作業で切断し、その数は数千に上るという。白色はブルが制作に好んで使用する陶器であり、透明のものはクリスタルである。

 

 

 

眠らない手
眠らない手

(プレーン)
(pleins)
2017
鉛筆、ボールペン、黒インク、ポリエステル
Graphite pencil, ball-point pen, black ink, polyester
110 x 180 cm
Courtesy of Axel Vervoordt Gallery, Antwerp, Belgium

 

 

 

本展覧会では、鉛筆とボールペンでポリエステルのキャンバスを塗りつぶし、全く異なる光沢ある質感まで導いた巨大なドローイングも展示されている。偏執的なまでの反復作業に圧倒されるだろう。

 

 

 

終わりに

 

 

 

神の御技とも言える伝統技術、素材と現代美術の出会いが生んだ作品は、私たちに今までにない新鮮な驚きを与えてくれる。脈々と受け継がれていく洗練された技と職人の心は、若きアーティストたちの血潮となったことだろう。Vol. 1の開催は11月4日(日)まで。会期中は、アーティスト達によるパフォーマンスも予定しておりそちらも見逃せない。Vol. 2の様子もまた追ってお伝えしたい。

 

 

 

【展覧会概要】
眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展
会期:Vol. 1 開催中 ~ 11月4日(日)
   Vol. 2 2018年11月15日(木)~ 2019年1月13日(日)
月~土曜 11:00~20:00(最終入場19:30)
日曜 11:00~19:00(最終入場18:30)
休館日:不定休(エルメス銀座店の営業時間に準ずる)
入場料: 無料
会場: 銀座メゾンエルメス フォーラム(東京都中央区銀座5‐4‐1 8階 TEL03-3569-3300)
主催: エルメス財団
後援: 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
キュレーター: ガエル・シャルボー
アーティスト:
Vol. 1:クラリッサ・ボウマン、ルシア・ブル、セリア・ゴンドル、DH・マクナブ
Vol. 2:ビアンカ・アルギモン、ジェニファー・ヴィネガー・エイヴリー、イオ・ブルガール、アナスタシア・ドゥカ、ルーシー・ピカンデ
ホームページ:http://www.maisonhermes.jp/ginza/le-forum/archives/761518/

 

 

 

テキスト・鈴木佳恵
写真・鈴木佳恵、中野昭子、丸山順一郎

 

 

 

【銀座メゾンエルメス フォーラムの過去の展示はこちら】
「あなたの存在に対する形容詞」ミルチャ・カントル展
科学とアート、自然を慈しむ親娘の手紙「グリーンランド」
“完成”しないアート初来日!『リビングルームⅡ』ミシェル・ブラジー展

 

 

 

【鈴木佳恵の他の記事はこちら】
モノクロが織りなすよるべなさ 立木義浩写真展『Yesterdays 黒と白の狂詩曲(ラプソディ)』
映画ファン垂涎の企画 『ベルイマン生誕100年映画祭』で、映像美に酔いしれる

 

 

 

バナー画像は、
Photo : Tadzio, 2015 © Fondation d’entreprise Hermès



Writer

鈴木 佳恵

鈴木 佳恵 - Yoshie Suzuki -

フリーランスの編集者。
広告代理店に勤務後、フリーランスに。
得意分野は映画と純文学。
タルコフスキーとベルイマンを敬愛し
谷崎潤一郎と駆け落ちすることが夢。

 

暇があれば名画座をハシゴしています。






トップへ