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イサム・ノグチとAKARI

NEWS

2017年2月11日


イサム・ノグチとAKARI


イサム・ノグチとAKARI

 

みなさんにとって光とはどのようなものですか?

私は夜のコンビニに見える、チカチカした蛍光灯は少々苦手なのですが、ヨーロッパの街に見える街灯の柔らかく、どこか哀愁をおびた光はとても好きです。

 

こちらの絵画は、レンブラント作『蝋燭のあかりのもとで机に向かう書生』です。すぐに目が行くのは、かすかな蝋燭の光。今にも消えてしまうそうな、ほのかな光。

 

 

http://collection.nmwa.go.jp/G.2000-1757.html

 

 

 

西洋絵画はキリスト教を多く議題にしていることから、光は希望をもたらすもの、聖なるもの、生を帯びるもの、何か神のシンボルのようなものとして捉えることが多くあるようです。

 

しかし、一方で日本の伝統文化では、光というと、お盆における提灯や精霊流しのような、何か霊的なものを連想させます。どこか、この世の世界と異なる世界を行き来する魂の道標を表す灯火のような気がします。

京都の伏見稲荷神社で行われる祭りではたくさんの提灯の光に包み込まれるそうです。素敵ですね!

 

 

 

 

希望や生や神のシンボルである西洋の光ですが、一方で霊的存在に近い日本の光。

どちらも異なるテーマではありますが、何れにしても光は西洋でも日本の伝統文化の中でも、時空間(現世と来世の境目の行き交うもの)を帯びるようなもののようです。

 

今回は、私が尊敬しているイサム・ノグチがデザインし、オゼキさんが製造しているAKARIについてご紹介します。

 

 

 

 

AKARIがイサム・ノグチにとって、何か意味するものであるのならば何であったのか?

そして、AKARIが空間の中でどのような調和をなしているのかご説明します。

イサム・ノグチ(1904-1988)は、日本人の父の野口米次郎(慶應大学英文学教授)

 

 

 

 

 

とアメリカ人の母レオニー・ギルモアの間に生まれた、20世紀を代表する世界的な彫刻家です。彫刻はもちろん庭園や舞台美術、家具そして照明のデザインも手がけるなど、現代彫刻の可能性を大きく押し上げ、作品と活動を通じて世界各地で愛されている芸術家です。(抜粋:葉山美術館パンフレット)

アメリカ人と日本人の血を受け継ぐ彼は、幼少期の頃に第二次世界大戦や日系アメリカ人収容所での強制収容を経験することで、大変葛藤し、世界や平和や日本の美しい伝統文化についてたくさん考えました。そのことがきっかけで一時は医学の道を目指していたものの、芸術家を目指したのでした。

若い頃のイサム・ノグチはとてもハンサムですね。美しい女性たちに大変人気だったとか。

 

かつて、「創作に対する情熱の根底にあるのは、人の役に立つことである」と述べたイサム・ノグチ。

彼はこれまで、数々のプロダクトデザインをしました。

コーヒーカップ・フォーク・お皿・ハーマン社からはテーブルやソファーまで発売されています。彼は彫刻家またはランドスケープデザイナーとして有名ですが、実はデザイナーとしても成功しているアーティストなのです。

 

 

 

 

 

 

モダンなデザインのAKARI。とてもシンプルで洗練されたものですね。

こちらは葉山美術館に展示されているAKARI

 

こちらは、大関さんの東京営業所に展示されているもの。

 

 

 

 

とても柔な光ですね。

でも、どうしてイサムはAKARIをデザインしたのでしょうか?

 

彫刻家であるイサムは空間というものを、他の彫刻家の誰よりも活かすことを大切と考えていました。

他の彫刻家は石を削り、一つの個体の作品を完成することで作品の完璧さを追求しました。

しかし、イサムは、彫刻作品はその作品が調和する空間に置くことで、より一層その彫刻が活きてくるということを大切にしていました。

「彫刻と空間との調和」それはまるで、森の中にいるような、人がその場にいるだけで心地が良いものでした。

イサムは、AKARIを彫刻のように「空間に活きる光の彫刻」として作りあげました。

その光があるだけで心地が良い空間になるもの。

 

光に対する西洋の概念とは異なるのでしょうが、何かノスタルジーなものを思い起こすようなもの。

この柔らかな光は、イサムが幼少期に日本で過ごした時に印象付けられたものがきっかけでデザインされた、とある批評家は言っています。

彼はアメリカ人ではあったものの、誰よりも日本伝統文化の美しさを理解し、自分の技として身につけていた人でした。

ーさんは彼の幼少期をこうのべています。

「幼い時の原風景があり、知らないうちにイサムは家屋、障子、襖、土間、瓦など崇高なものと賛美しました。だからこうとも言える、自らの『失われた時』、

つまり父の部屋にあった障子の薄明かりや行燈の淡い光や茅ヶ崎などの原風景への愛慕であったと」

 

確かにそうかもしれません。

空間の中に置かれたAKARIは、空間を支配する光としてではなく、むしろ太陽の光のように自然の光に近く、人のそばにそっとよりそうような光です。こんな光が夜に灯されていると、ノスタルジーな気持ちになり、誰もが柔らかい気持ちになりますね。

 

イサムはこう言葉を述べています。

「紙の提灯はすぐに壊れて、新しいものに替えられてしまう。これも日本から学んだことである。日本人は儚いものを大切にする。桜の花もそうだ。

でも芸術やいのちは受け継がれる」。

 

 

 

 

イサムはどんな想いで、柔らかい光をプロダクトデザインとして、世界の人々に届けたのでしょうか。

彼の平和や芸術やいのちの尊さへの思いをこのAKARIを通して、感じることができればきっとイサムさんは天国のどこかで微笑んでいることでしょう。

 

 

皆さんもご興味あれば、イサム・ノグチの作品をご自分の部屋に飾ってみてはいかがでしょうか?

イサム・ノグチについてはまたどこかで紹介します。

 

 

 

 

 

AKARIとイサム・ノグチについて、詳しいことはこちらをご覧下さい。

http://ozeki-lantern.co.jp/akari/isamu.html

 



Writer

Yuria Yoshida

Yuria Yoshida - よしだ ゆりあ -

青山学院大学文学部卒。在学中より音楽演奏奉仕活動や、NYでの美術館巡りなどを通して、日本と西洋のつながりを模索する。卒業後、The Art Students League of New York、Denison UniversityでのArt留学や日本語・日本文化教師をしたことをきっかけに、芸術教育に興味を持つ。現在は幼児芸術教育を勉強しつつ、バイリンガル幼児園にて英語を教える。

英国大学院留学を控えており、ルイスキャロルを中心に英国児童文学や教育等を研究予定。パリにある国連ユネスコ本部のお庭でコンテンポラリーなお茶会を開くことが夢。






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